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沼田と乾さんと合流すると、既に日は昇りきっていた。女の子は準備に時間がかかりすぎる。左手に嵌めて寝たはずの腕時計はなくなっていた。奈々華の説に一捻り加える。俺達が行動するのに都合がいいようにしているとは一概に言えないのではないか。とにかく時間はわからないが、十時くらいなんじゃないかと根拠なく思う、朝日に目を細めながら四人はメインストリートを歩いた。
爺さん婆さんの家は、夜見たより小奇麗に映った。眩い太陽の光か、周囲の軒先にアーケードが連なって元気の良い声が飛び交っているせいだろうか。レンガに鉄の枠を嵌めて、その鉄の枠に木の板を張った扉は手の甲で叩くとゴンゴンと鈍い音を響かせた。すぐに内側に開かれて、胡散臭いものを見るような目で爺さんが出迎えてくれる。
「朝早くに恐れ入ります」
「恐れ入るなら出直せ」
言いながらも戸を開け放って俺達を中に誘導する。前回のやり取りで爺さんの偏屈には多少は耐性がついたつもりの俺も思わず頬がつりあがる。素直に、よく来たくらい言ってくれないか。
「すみません。以前受けたお話なのですが……」
立ち位置も定まらないまま、俺は開口一番に本題を選んだ。変に回りくどくするとこの爺さんは嫌がりそうだ。そんな直感が働いていた。自分のロッキングチェアーに、婆さんが座るもののすぐ近くにある、腰掛けた爺さんは眉一つ動かさないまま、婆さんの膝の上に目をやった。編み物ではなく、猫を抱いている。
「アレはもういい。婆さんの気が変わって猫にした」
おいおい。まあ都合がいい。それじゃあなかったことに、という話の流れを予想していた俺は爺さんの瞳が品定めするように俺達を見ているのに気付いた。
「見たところ仕事はまだやっていないようだが、途中経過と言うところか? 中々律儀な若者だ」
「はあ」
いきなり話が変わった。一体何なんだ。人を律儀不義理判断する前に、アンタ俺達がローベルドッグを捕まえてきたらどうする気だったんだ。そうも言いたくなる。
「まあこちらとしては好都合だ」
「……何がでしょうか?」
受けながら嫌な予感がしていた。
「犬はいいから、少し火急の仕事をこなしてもらいたい」
的中。爛々と輝く爺さんの瞳。
「実は隣町の息子の畑で何チャラ言うサツマイモを作っているんだが、それがだいひっとしたらしくて人手が足らないと嘆いていてな……」
火急。取り急ぎの用。対策が急務の問題。イモ。ぐるぐる単語は頭を回るが、どれ一つ口にはしなかった。代わりに思いついた正論らしきものをぶつけてみる。
「そういうのは、ひょっとしたらあの職業斡旋所……」
俺の言葉を最後まで聞くことなく、爺さんは懐に手を入れる。黄ばんだのか元々なのか、淡い黄色の巾着袋をポンとテーブルの上に投げた。ゴツンと大きな音がして、思わず顔を顰める。
「金が四十。前金でやろう。路銀も要りよう?」
少し推測を立ててみる。あの職業斡旋所は中々ピンハネているんじゃないかと。それにしても…… 随分羽振りがいい。この爺さん達がどうやって生計を立てているのか気になった。働いているようには見えない。この世界に来て一番どうでもいい考察だ、とはわかっていながら思考の一端にそれを任せた。
「今までのような請けたはいいがウンともスンとも言ってこん連中とはお前等は違いそうだ」
もしかしたらコレも一種のツンデレというヤツではないだろうか。口では憎まれ口を叩きながら、この爺さんは今までも色々と仕事を頼んでみて、裏切られてなお、信用に足る人間を探していたのではないだろうか。ない話ではない。過去にも同じようなゲームが開かれていたと推察できるわけで、最初の街の最初の仕事なものだから遊び感覚でやる輩も居たかもしれなくて……
「上手くやればアイツからも幾らか払ってもらえるだろう」
そんな風に考えてしまったものだから、この強気な態度の裏には寂しさと期待と怖さが入り混じっているのかも知れないと深読みする。
「請けてくれんか?」
ついに深読みでも何でもないと悟ってしまう。その顔はまさしくさっき考えた裏の顔だった。懇願にも似ていた。違法行為にはあたらないだろうか、と思案する。俺たちがいた世界の民法典に照らし合わせれば勿論何ら問題はないが、こっちとあっちでは勝手が違う。職業斡旋所には多くの依頼があった。もしかしたらそこを通すのが筋なのかもしれない。
振り返った。奈々華も乾さんも沼田も、何となく爺さんの心中を理解しているようだった。
「請けてもいいか?」
皆バラバラだけど頷いてくれた。了承を伝えようと、もう一度顔を前に向けると、喜びを噛み殺したような雰囲気の爺さんを見て、婆さんが優しく笑っていた。