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結局俺の言いたいことを要点だけ伝えると、知らない人と不用意に話さない、付いていかないという子供に口酸っぱく言うような内容だった。そんなふうに考えてしまうと自分の話が急に照れくさくなった。つまり二人に偉そうに振舞っているように映らないか気になった。「気を遣いすぎ」奈々華が言った言葉が鼓膜に貼りついているみたいだった。
「そういうわけだから他のプレイヤーとは安易に接触しないで欲しい」
自分で言って、これも勝手な言い分に聞こえた。この子たちとはしばらく行動を共にするだろうが、実際に彼女等がどういう意図を持っているかわからない。俺は、多分奈々華も、そこまで必死に優勝を狙いに行っていない。そりゃ俺だって金は欲しい。だけど優勝を狙うのならそういう狡猾で、他者を蹴落とすことに微塵も躊躇しない輩とやりあわなければいけないかもしれない。単にリスクとリワードの話だ。奈々華の安全や心証を最優先するなら、論外ということ。奈々華はアキレス腱だ。狙われると弱い。だけどないと俺は歩けない。
だけどこの子達はどうだろうか。優勝を狙っているのだとしたら、俺達と組むより多少の危険を冒してでも他者を利用する側に回ろうとしないだろうか。特に沼田は…… 考えの途中でその沼田が俺を見て言った。
「でも…… ウチ等は無理に優勝は狙いにいかないって決めたんすけど…… 奈々華とお兄さんはどうなんですか? ウチ等足手まといになりませんか?」
驚いた。まるで脳内の思考を読まれたような言に、組んでいた指をほどき、のけぞるように背をソファーに預けた。乾さんがすかさず補足。「えっと。お金に執着したりするのは嫌だから。今のお兄さんの話し聞いて余計に。命は奪われないけど、そんな人たちと関わって嫌な思いするのは怖い」乾さんの小さな指が俺の手の平をくすぐるたび、頭で上った気温が冷めていくような気分だった。
「士気が低いって言うか、志が低いって言うか、やりにくくありませんか?」
冷めて、自分を殴りつけたい衝動に駆られていた。俺はさっき何と考えかけた。沼田の家庭環境を思って勝手に彼女の人格まで決め付けていたんじゃないか。最低だ。
「私達も無理に優勝は狙わないよ。ね、お兄ちゃん?」
俺の心中を察しているわけではないだろうが、口を閉じてしまった俺に奈々華が優しく問いかける。本当にこの子には頭が上がらない。「ああ」と情けない声が出て内心苦笑した。
沼田と乾の話は実に有益だった。
「銀行があるんすよ」
といつもの調子で始まった彼女の話に俺は途中から熱心に耳を傾けざるを得なかった。彼女の話では街のメインストリート、河を挟んだ西側に銀行を見つけたというのだ。「カルパッチョ銀行」と看板が出ていたそうな。カルパッチョがあるのかな。いやないだろう。イタリアがない。とか何とか、奈々華と二言三言かわす。話の腰を折られた沼田はぶう垂れて話をやめようとしたが、謝って宥めすかすと続けた。
「そこに二人、ウチ等と同じような格好の、つっても多分外国人だろうけど、女の人が入ってったんすよ」
乾さんがまた補足説明。彼女の立ち回りは、こと沼田とのコンビネーションにおいては、そういう役らしい。「他の人たちより話しが聞きやすそうだったから、私等も行ってみることにしたんです」さっきより文面は短いのに敏感なところに触れたのか、くすぐったい。
「その人たちがウチ等と同じような感じなんかなあって、後を追ってみたんですよ」
かぶったね、と乾さんをからかおうかと思ったが、また沼田がへそを曲げても面倒くさいのでやめる。
「そしたらそこってマジで銀行だったんすよ」
マジじゃない銀行ってのは、行員が野菜を売っていたり、ATMがオモチャだったり? まあ言いたいことはわかる。こっちで見るのとほとんど変わらなかったのだろう。
「ほんで女の人たちは銀行のATMに行って操作してたんすよね。話しかけようとしたんですけど二人で真剣な顔して話しこんでたから、話しかけづらくて」
「なるほどな。それで?」
「だからウチ等も仕方なく何もせずに帰るのは格好悪いから、隣の機械を触ってみたんすよ」
日本人根性丸出しだ。
「そしたらビーリングをかざす場所があって、かざしてみたら色々情報が出てきたんですよ」
口元に手を当てて考える。情報。
「もしかして三万入っているってわかったのはそのせいか?」
正確にはおよそ三万だが。「いえいえ、説明書に書いていますよ」と乾さん。後できっちり読もう。沼田が乾さんと俺の会話を待っている様子があって、ここらへんは慣れたもんだなと思う、俺は質問を変える。
「他にはどんな情報があったんだ?」
「参加者の名前と、その持ち金すね。あとは…… なんかあったかな? なかったと思う」
俺が気になったのは、その外国人の二人組だった。彼女等は銀行の機能を予め知っていたのだろうか。それとも単に入ってみただけだろうか。
銀行で確認できる情報。これは俺の先ほどの推測をほぼ裏打ちすることになる。黙認どころか、実はけしかけている。騙しあいの取り合いを。持ち金まで表示するということは、そういうことだ。ライバルを蹴落とせ、と暗に焚きつけている。気にいらねえ。
異世界の話はそれで打ち止めとなった。次の一日は老夫婦に仕事の失敗を謝りに行った後、そのカルパッチョだかトトカルチョだかに寄ってみて、それから街を移動しようという話で落ち着いた。