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「じゃあ俺からも」
と切り出しながら、頭の中でどういう言葉を使って説明しようか思案をめぐらせていた。伝えないでやり過ごすということは頭になかった。彼女等にも危険の一端を理解しておいてもらったほうが都合がいい。
「まずは街を変えようって話と連関するんだが……」
このゲームの本質と言ってもいいかもしれない。
「危険だということだ」
「危険?」
奈々華がきょとんとする。小さく頭を振って頷いてやる。
「マネーゲームって言ったら君らはどういうのを想像する?」
乾さんの反応が早かった。「お互いのお金を賭けてゲームして、騙して騙されて……」そこで俺は再び大きく頷いてみせる。
「禁則一項になんて書いてあった?」
続けて乾さんの顔を見て尋ねる。乾さんは少し思案顔をして、それから気付いたようだった。
「そう。このゲームってさ、一見真面目に働いて金を稼ぐゲームなんだけど…… 勿論そういうプレイヤーも居るだろうし、俺達はそうしようとしているからそれも側面としては正しくて」
結局言葉がくるくるとうわ滑るような気持ちだった。やっぱり俺はディベートに向いていないな、と。だけど聡明な我が妹も俺が言いたいことに気付いたらしく神妙な顔をしている。
「だけどもう一つの側面として、乾さんが思ったような互いの持ち金を奪い合う頭脳戦だって出来るんだ」
思えば法律の文言のように書かれたガイドブックは、穴を突く輩に隙を与えそうだった。
「詐取ってのは暴力行為にはどうあっても含まれないだろう?」
沼田も顎に手を当てて、テーブルを漫然と見つめていたが、なるほどと呟いた。そしてそのまま顔を上げて、
「でも普通、全く知らない人間に協力を持ちかけられたら警戒されませんか?」
「ああ。だけど、仕事の帳簿を見て気付いたんだが、専門的な技術を要求してくるものも散見された。協力が効率が良いのは明白だ」
足の上に肘を置いて両手を組む。ぐっと奈々華の下半身が近づいて見える。綺麗な足だ。
「自分に専門の知識や技術がないと、本来なら忌避するところも協力によって補える可能性が増える。それは他プレイヤーの可能性を摘むことにもなる」
当然にそういった仕事は割が高いのだから、誰でも出来るような内容の働き口で半日働くのとでは差が出る。お互いに違う畑の専門家チームが組めば、時間効率という点で他が及びようがない。
「だから協力が全くナンセンスではないんだ。だからこそ付け入る隙がある」
そして付け入られる隙もある。所詮このゲームの勝者は一チームなのだから、どこかでは協力は解消されるだろう。だけどそれまでは利用しようとお互いに思うのだ。そしてその解消は、自分達のツーマンセルが相手からビー玉を騙し取った後行われるのが尚良い。三人が三人難しい顔をしている。俺が言った内容を正しく消化していると良い。ややあって沼田。
「でも騙されることを警戒されているんなら、そう簡単に騙せないんじゃないですか?」
甘いなあ、と口には出さずに。口から産まれてきた様な輩なんてゴロゴロ居る。それに、
「最悪騙せなかったら隙を見て指輪を破壊するって手もある」
「え? でもそれって」
そう。ここからは実は不確実だ。だけどあの文言を読む限り、指輪への攻撃は暴力行為とは考えない。だけど、確証はないけれど、恐らく俺の推測は正しい。乾さんが「指輪への攻撃は暴力行為に当たらないかもしれない?」と聞いてくる。「そういうこと」と頷く。出来の良い生徒に教える教師のように、胸のうちがスカッとするような理解の早さだ。
「ダメならば明言してても良さそうだろう? それに殺人についてはゲームのホストが、傷害については治安維持機構がその裁量を担っているってのは多分このからくりのためだ」
「どゆこと?」
沼田がヘルプ。
「警察を思えばいい。いくら迅速な対応をする警官が居ても、指輪を壊されて、即座に失格となるんだから、普通は現場に到着しても誰も居ない。壊した側の人間はいるかも知れないけど。それにもし万が一にも鬼のように警官がパトカーを走らせてその現場に間に合ったとしても多分意味はない。一般人、つまりロボット達は指輪をしていない。浸透していないと考えると、たかだか指輪を壊したとして重罪に問われるとは到底考えられない」
ほとんど民事だ。あちらの世界の警察が民事不介入かは知らないけど、せいぜい示談を勧める程度だろう。殊更感心したように沼田が何度も首を振る。
「お兄さんて何も考えてなさそうで考えているんですね?」
「どうも」
過大評価とまでは言わないが、もう少し年長者らしく扱ってもらえないかなとは思う。
「だから最初の街には、当然に参加者が沢山居るんだから、そういう連中も居るだろうってことさ」
それに仕事も限りがあるようだから、競合が起きかねない。諸々考慮すると街を移動しておいた方が賢明だろうということだ。