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宿に戻るとそのまま力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。ごろんと寝返りをうってみると、白いシーツに魚拓みたいに雨で湿った俺の身体の跡がついていた。

「そのまま寝たら本当に風邪引くよ?」

奈々華とは同室になっていた。ただでさえ安宿は少しでも経費を節減しようと考えた参加者達が埋め尽くして間に合わず、俺達はメインストリート沿いのそこそこ値のはるホテルに泊まっているのだから、当然といえば当然だった。何とかベッドだけは二つある部屋を取るという点は頑として譲らなかったが。

「大丈夫だよ。あんなのは心の弱いヤツがひくんだ」

「お兄ちゃんのメンタルが強い?」

失笑に近い笑み。バカにしやがって。何か仕返しの言葉がないかと思案しているうちに、コンコンと扉を叩く音がした。どうぞ、と奈々華。こんな時間に、信じられないことに時計のないこの世界では正確な時間を知ることは出来ないが空の具合なんかを見るととっくに日付は変わっているだろう、高校生二人は起きていた。平素と変わらない飄々とした顔の沼田。少し瞼が腫れぼったい乾さん。

「どうだった?」

とやはり表情を変えずに聞く沼田に俺は苦笑を返すだけ。奈々華があらましを話し出した。


乾さんが奈々華の手を取って何かを書き込んでいくのをぼんやり眺めていると、沼田が俺を慰めるように声をかけた。

「お疲れっす」

「ああ」

何にもしていないけどな、とは卑屈すぎて付き合いを悪くするので胸の内にしまう。

「ああ…… まあ仕方ないっすよ。そういうことがあったんなら。ウチが一緒でもけしかけやしませんて」

声にしなくても、顔に出ていたのか。アゴヒゲを触ってどう返したものか思案する。今朝剃ったってのにもう少し伸びている。

「家族が離れ離れになっても良い事なんてなんもないからね」

俺のベッドに腰掛けた沼田が小さく言う。やはり予め聞いていて良かったなと思った。部屋に備え付けられたソファーに乾と並んで腰掛けた奈々華の笑う声が聞こえる。あいつらは何をやっているんだ。

「……奈々華から聞いてますか? ウチのこと」

「ん? 君のことって?」

空とぼける。

「ウチの家庭。母子家庭なんですよ」

ふうん、と。沼田の顔を見ると、何かを勘付いているような雰囲気があった。多分奈々華に予め聞いていたことを悟っている。

「アタシが中二だったかな。ろくでもない親父とママが別れて……」

「それで君はバイトしてるの?」

「そ。まあ自分の小遣い稼ぎって意味合いが強いけど」

わかりやすい嘘だ。薄情に映ってもいいから、興味なさげに前髪をいじって気付かないフリをしてみる。

「まあそのワンコに同情するわけじゃなくて、単にサナのことだけ話して自分のこと話さないのはフェアーじゃないかなって思っただけっす」

つまんない話してスイマセン、と謝ってくる。

「それじゃあ俺もフェアーじゃないなあ。君ら二人は俺のことあんまり知らないよな?」

何か障害を持っているだとか、不如意だとかそういうことはないけれど。それでも話すべきなんじゃないかと思う。

「知ってますよ。奈々華がいつも、特に最近はすげえ話すから」

何となくそういう可能性も考えなかったわけではないけど、わざとらしく眉間のあたりを揉む。

「公衆便所の壁にションベン引っ掛けたこととか?」

「……初耳。何でそんなこと?」

「むしゃくしゃしていた」

沼田が有り得ねえ、とゲラゲラ笑う。良かった。

「凡夫は中でするんだろうけど、俺はむしろ外でやってやるって感じだね」

「もう…… あんまり恥ずかしいことしないでよ」

いつの間にか奈々華と乾が俺達の傍までやって来ている。

「盗み聞きとは感心しないな、マイシスター」

「私だって聞きたくなかったよ。そんな社会に迷惑をかけている話」

「かけたのは小便なんだがね」

今の上手くないか、と奈々華に目で問う。人形のように無感情な顔で首を横に振る。隣の乾さんを見る。視線を外された。

「話に聞くよりダメ人間すね」

沼田がそう締めた。

それからは四人がまとまって今後のことを話した。まず爺さん婆さんにも正直にわけを話して謝ろう。明日は違う街に行ってみよう。結局そんな話で落ち着いて、異世界での初めての夜は更けていった。



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