13
「寒くないか?」
暫く無言で歩いていた奈々華に俺から話をする。街道まで出てきていた。ここもコンクリートやらレンガやらで舗装されているわけではなく、幾人もの旅人達が踏みしめて、自然と草が生えない道が出来上がっていた。黄土の土には小さく、黒い斑点が出来上がっていた。さっきまでの晴天が嘘のように小雨。
「ちょっと寒いかも」
奈々華がきゅっと手を握り直す。片手でシャツのボタンを外すと、掛けるではなく留め金に嵌め込むタイプで良かったとどうでもいいことを考える、それを片手で巻くって奈々華に掛けてやる。きょとんとした目で俺を見上げるが、すぐに何かにはっとしたような表情で捲くし立てる。
「いいよ。お兄ちゃんだって寒いでしょう。風邪ひいたら大変だよ」
冗談がきつい。俺が風邪なんてひいたこともないのを知っているくせに。
「大丈夫だから羽織ってなさい」
優しく笑ってやると、迷っていたような奈々華の顔も綻んだ。
「でも二人には何と言おうか?」
宿でぐっすり眠っているだろう二人のことだ。共同戦線を張ろうかどうかというところで最初の仕事をしくじって帰っていくわけだから、罵られることは二人の性格からないだろうが、心苦しいことには変わりない。
「二人とも良い子だよ?」
「そういう問題でもなくてだな……」
寧ろそれだから余計に心苦しい。
「お兄ちゃん気遣い過ぎだよ」
「え?」
「カナだって危なかったり嫌だったら帰って来いってくらいだったし、サナなんか始めから今日は疲れたから休もうってことしか考えてなかったと思うよ」
「そうなの?」
言いながら複雑な気持ち。全幅とまではいかなくてもハナからこれっぽっちも信用されていないんじゃないのか、それ。
「勿論上手くいけばいいなとは思っていただろうけど、私達に何がなんでもやらせようと思ってたわけじゃないよ。それは信頼されてないわけじゃなくて……」
なんて言ったらいいんだろう、と奈々華は首を捻る。
「まあ、兎に角素直に話せばわかってくれるし、怒ったりしないよ、二人とも。寧ろ見直すと思うな、お兄ちゃんのこと」
そうか、と微笑んでおく。それにしても見直すってことは俺の評価は二人の中でどうなっているんだろうと気になるが、奈々華に訊いてみるのもそれはそれで怖かった。
「カナはさ。お父さんが居ないんだ」
奈々華が何の脈略もなく言った。もう街が見えてくる頃だった。どう答えて言いかわからず、曖昧に苦笑してみる。俺達だってお父さんなんて居て居ないようなもんだろう、と。
「あんまり良いお父さんじゃなかったみたいで、カナが中学の時に離婚したんだって」
「うん」
奈々華はそれ以上語らなかった。まるで連絡事項を告げる淡白な担任のようだった。この情報から色々察せということなのかも知れなくて、果たして色々察する。彼女が高校生の身空で働いているのは、あのパンダみたいな化粧を保つツールを買うためだけではなくてそういう事情もあるのかもしれない。母親も忙しく働いているだろうから、小学生の弟の面倒も良く見ているのだろうか。乾さんのことも話したわけだから、近いうち彼女の口から直接そのことを聞くことになるのだろうか。いや、下手な同情を嫌いそうな彼女が話さなくても、万一込み入ったことを俺が聞いてしまって難しい反応を迫られる事態を予め回避するように今奈々華は話したのか。様々な憶測が頭の中を乱舞する。
「奈々華」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
君は賢いな。言葉にするのは野暮な気がした。