11
依頼人は老夫婦だった。正確には老夫婦の出で立ちをしたロボットと言うべきか。この老夫婦が一癖も二癖もあって、「夜分に恐れ入ります」と戸口で挨拶をすると「恐れ入るなら日を改めろ」と言ってのけた。それは爺さんの方だったが、婆さんの方も茶も出さずにロッキングチェアーに掛けたまま編み物に没頭しているだけだった。ボケているのかな、なんて不謹慎なことを考えた瞬間に、物凄い形相で睨まれたものだから肝が冷えた。まさか人の思考を読めるなんてハイテクにも程があるだろと勘繰りながら、それでも下手なことは考えないようにした。
老夫婦はペットを限定してきた。「ローベルドッグ」という大型犬を所望したのだが、その犬に問題があった。非常に賢く毛並みの色艶もよく、市場では彼らが提示した報酬額よりも高い値で取引されているらしい。冗談じゃないと俺が契約の破棄を申し出かけたときに爺さん。「捕まえて来い」とのたまった。街を北に抜けてしばらく歩くと森に出る。そこに生息しているそうだ。
野生のローベルドッグは群れで行動する、そうだ。狩りや子育ても群れ単位で行うという話で、俺はどうにも狼を連想した。統制の取れた動きと鋭い牙を以って敵に立ち向かう一筋縄ではいかない相手。仔犬を捕まえて来いとの指令だった。もし俺の想像通り狼と似た生態なら、不安だけがいや増す。愛情溢れる生き物ではなかったか。想像が違っていてもこれからの群れの構成員を易々と手放す生き物はいないだろう。
期限を聞いてみると、特に定めないとのことだった。ただなるだけ早くとは注文がついた。「俺も妻も老い先短い身だからな」と言ってにやりと歯を見せた。軽口を叩いたのか、本気なのかわからないが、俺は辛うじて前者と判断して、苦笑いのような、愛想笑いのようなものを浮かべるしかなかった。ふと隣を見ると乾さんも同じような笑みを浮かべていた。
「どうするんすか?」
沼田に年長者を立てるなんて殊勝さがあるとも思えず、多分俺に丸投げしてきたのだろう。夫婦の家を後にした俺達はメインストリートをどちらに行くでもなく立ち止まっていた。空には半月とまばらな星が瞬いていた。夜だった。そこらへんのことも含めての裁量を求められているのだろう。
「宿を取ろう」
三万の入ったビーリングが四つあるのだから、今晩いきなり宿無しということもなかろう。乾さんが俺の手を掴んだ。ドキッとしたのは一瞬で、すぐに何かを俺の手の平に書いていく。「二十四時間しかないのにいいんですか?」と取れた。こっちに居られる時間は限られている。他のチームがしゃかりきに働いていることを思えば遅れを取ることになりかねない。
「いや、奈々華を休ませたい。それに仕事は俺一人でやったほうがやりやすい」
つまりはそういうことだった。単独行動でこれから犬たちと戯れてくるつもりだ。沼田がニヤニヤと笑って「優しいですね、お兄ちゃん」とからかう。ほっとけ、と取り合わない。分が悪すぎる。
「一人で大丈夫? 寂しくない?」
背中から奈々華。だから俺を何歳だと思ってるんだ。
「私なら大丈夫だよ? もう足なんて全然痛くないから」
「あれ? え? あれ?」
「まあ奈々華。お兄さんがああ言っているんだから任せよう。アンタのお兄さん結構強いんでしょう?」
薄情な。結構強いという評価で野犬の群れに突撃させるとか。
結局乾、沼田ペアを宿に残して俺達は、ついてこなくていいと言ったが奈々華は聞かなかった、街を縦断して抜けた。