10
職業斡旋所は、メインストリートを折れた路地裏にあった。いかにもだねえ、と俺と沼田は珍しく意気投合。汚らしいドアをくぐるとそこには広場でも見た顔がいくつかあった。その中の白色人種の女性が「ハーイ」と気さくに声をかけてくれた。安ホテルの内装のようだった。板を張っただけのような室内には、分厚い眼鏡をかけた白髪の老婆が部屋の奥の長机からこちらを見つめた。
「外国の売春宿ってこんな感じだよね。偏見かも知んないけど」
攻めてみた。乾さんのむっとした顔が見れた。
「どれにするんだい?」
列は形成されていなくて、老婆は今しがた来た俺達に手元の帳簿を開く。狭い室内を歩くというより、身を寄せていくような感覚で老婆が座る机の前まで移動する。どれどれと奈々華が背中越しに覗く。背中の感触に、奈々華も成長しているんだなあと感慨深くなる。
帳簿を覗き込むとそれこそ色とりどりの仕事があった。不思議なことに日本語に見える。漢字まである。どういった仕組みなのだろうか、とやはり気になる。周りの明らかに日本人ではないだろう参加者達が特に不満を口にも顔に出していないということは、それぞれが読解できる言語で書かれている、ように見えるのだろうか。見る人間によって文字が変化する? なにそれ、魔法?
「コレなんか簡単そうじゃないすか?」
同じように隣から顔を出した沼田が言う。言ってから存外俺達の顔の距離が近くて、照れたように笑って引っ込めた。意外と可愛いところもあるらしい。帳簿に目を戻すと、沼田が言った仕事の見当がつく。ペットが欲しいという内容だった。買いに行けばいいんじゃないかな?
「なんせ成功報酬が金のビー玉三十個ですよ」
金のビー玉が一個どれくらいの価値があるのかもわからないので、俺は曖昧な顔をして振り返る。
「え? 貨幣価値もわからないんすかあ?」
まだ時折イラッとする。悪気はないのだろうが、小バカにしたような口ぶりが出る。法則性は見つけてはいる。彼女が知っていて、俺が知らないことを話すとき、彼女はそういう口調になる。きっとあまり知識をひけらかすように映って欲しくないという思いから軽く話すのだろうと好意的に解釈はしているが。
「どれにするんだい?」
先ほどよりイラついた感じの声は老婆。ロボットにしては感情豊かなことで。
「これにしますよ」
そのペット募集の仕事を請け負った。老婆は机の引き出しから判子を取り出して、そのページの上部にポンと押した。
仕事の概要は依頼人から直接聞いてほしいということで、俺達はその依頼人の家に向かうことになった。幸いメインストリートに沿うように縦長の道と、それらを横断する道。丁度網の目のような作りになっているものだから、道に迷うことはなさそうだった。道すがら俺は沼田にさっきの詳細を尋ねることにした。
「ビーリングとか言う変なのあるでしょ?」
別に変じゃないだろう、と思ったが話の腰を折っても仕方ないので続きを促した。
「ガイドブック読んでないの?」
またタメ口。首を横に振ってやると「ちょっとちょっと頼みますよ、先輩」とよくわからないノリで返ってきた。こっちは奈々華を背負ってるんだから何かを読むなんて出来ない。
「ビーリングはビー玉を吸い込むんすよ」
「吸い込む?」
「プール機能もあるってこと」
確かにしばらくやっていたら、この仕事が上手く行けば既に三十のビー玉を手に入れることになるのだから、玉をジャラジャラ言わせながら通りをねり歩くなんて事態は想像に難くない。そういう不便を解消するための機能なのだろう。
「俺の二つの金の……」
玉も吸い込まれるのか? と聞こうとしたところで奈々華が後ろから手加減なしに俺の頭を叩く。
「お兄さんモテないでしょ?」
「うるせえ」
沼田がハアと溜息をついて閑話休題。
「そんで最初に金のビー玉三つ入っているんです」
自分の右手の小指に嵌ったビーリングをかざして見せる。なるほど、文無しで放り出してグッドラックということではないようだ。
「そんでウチら早くこの街に着いたもんだから、試しに買い物してみたのさ」
「うん」
「パンを一つ買ったら、銀が九個、銅が一つ返ってきた」
なるほど。金が一万円札くらいに当たって、銀が千円札、胴は五百円玉くらいか。あくまで俺達の考える物価だが無茶苦茶な推量でもないだろう。
「だから金三十個って言うと……」
三十万。うまい。うますぎる。