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短編シリーズいろいろ

【短編】捜査官Pの調書~親指サイズの幼女失踪事件は本当に起きているのか〜

作者: 枝豆ずんだ
掲載日:2026/03/22


■証言1:老女の家に出入りする近所の介護士


 えぇ、えぇ。大変だったんですよ。最近やっと落ち着いてくれましたけどね。この家のおばあさん、あぁ、お名前は×××さんって言うんですけど、なんていうか優しくて穏やかで、いつもニコニコしていて、白いエプロンに曲がった腰、お庭はいつもお花が咲いていて素敵で、絵に描いたような「おばあさん」なものだから、わたしたちは親しみを込めて「おばあさん」って呼んでるんです。え?えぇ、そりゃもちろん。好かれていますよ。愛されている、なんて言葉じゃ足りません。皆大事にしているつもりでした。それがなんだって、こんなことに……。


 三か月くらい前だったかしら。おばあさんがね、珍しく村の商店の、クッキーを買いに来たんですよ。あんまりそういうものを召し上がる人じゃなくて、でも「こういうのが女の子は好きだろうと思ってね」って言うんです。誰かいらっしゃるんですかって聞いたら、「娘と食べるんだ」って……。

 あたしは驚きましたね。娘さんなんていたかしら?って。いえ、いないんですよ。いるはずないんです。だって、おばあさんは亡くなったご主人との間にお子さんは生まれなくて、だからみんなの「おばあさん」だったんですもの。


 でも不思議ね?なんだかその頃から、おばあさんは明るくなったの。元々穏やかで優しい人だったけど、なんていうのかしら。活気?もう終わるのを受け入れて周囲を優しく静かに眺めているだけだったような人が、目に力があるっていうのかしら、キラキラしてて、おばあさんの家から歌声が聞こえてきたことだってありましたよ。そりゃあもう楽しそうに。え?入って確かめなかったのかって?なんで?他人が、それも自分が好きな人が楽しそうに過ごしているのを、どうして態々誰と何をしているんだろうなんて確認しに行くの?楽しそうでよかったわ、って思うくらいでしょう。え?無関心?そんな、酷いおっしゃりようですこと!あたしだって仕事があるんですよ。実の親でもあるまいし、そんなにつきっきりになることはないでしょうに。



■証言2:役人

 はぁ、やれやれ。とんな目に遭いましたよ。え?あぁ、調査官?何の?へぇ、よくわかりませんが、その書状は本物でしょうから、私の知ることは何から何までお話しないとまずいんでしょうね?大したことは話せませんよ。ただのよくある、高齢者の妄想です。歳を取ると、現実と妄想の区別がつかなくなる、なんてのはよくあることで。まぁ、貴方のような立派な経歴の方には、普段相手にするのは正気の方ばっかりなんでしょうから、人が老いる現実の一番「悪いパターン」は見ないでしょうな。いやいや、嫌味ではなくて、そういうのを知らんで生きていけるのならそれでいいと思いますよ。好きだった人を嫌いになる、憎む、疎むなんてこと、経験しないほうがいいじゃありませんか。

 なんていうかね、やるせないですよ。あぁ、ちょっと愚痴になってしまいましたかね。私はね、この村の生まれで、おばあさんにもそれは良くしてもらったんですよ。うちは貧しくて、父は酒浸り。母は泣くだけの人でした。でも私や弟たちが、父に殴られて泣いて家を出てさ迷っていると、温かな家の光を背にしたおばあさんが「よかったらうちで夕飯を食べてくれないかな」って、招いてくれたんですよ。私たちだけじゃないんじゃないかな。食卓は良く、他の家の子もいたっけ。

 子供心にね、みっともないとか、恥ずかしいとかもあったんですよ。でも、皆があのひとを「おばあさん」と呼ぶでしょう。私達もそう呼ぶ。すると、あぁ、これは私のおばあちゃんなんだって気持ちになってきて、そりゃ、母や父に何か言ってくれるわけではなかったですけど、でも、いいんですよ。寒い時に、お腹がすいた時に、震えている時に「よかったら一緒に」って声をかけてくれるだけで、自分はこの世界で誰からも顧みられていないわけじゃないんだって思えるんです。


 あぁ、すいません。思い出したら涙がね。

 えぇ、えぇ、私だけじゃないですよ。皆みんな、おばあさんが大好きだったんです。


 ……老いた人の心や頭を壊す病っていうんですかね。はぁ、ちゃんとした「病名」ってのがあるんですか。ただまぁ、昔から、歳を取ると物忘れが激しくなって、昔のことを今だと思う、なんてのは言われていたでしょう。それが来ただけだって最初は思いましたよ。

 ただね、顔つきがどんどん厳しくなってくような、怒りっぽくて、そして、物を取られたと周囲を疑うようになってくる。それが辛くてね。あんなに優しかったおばあさんが、朝早く徘徊して、「娘が消えた」「お前達が隠したんだろう」なんて喚いて半狂乱になる。周囲がどんなに「おばあさんに娘はいないじゃない」「私達がおばあさんの孫で家族だよ」と宥めても、おばあさんは納得しないんです。「いいや違う、あの子は、私の娘はどこ!」って、泣くんです。

 最初は皆、哀れに思うんですよ。かわいそうに、寂しくて、年老いて、とうとう、なんてそんな風に。それで近所の人たちでおばあさんの話し相手になりに行こうとか、家のちょっとしたことを手伝いに行こうとか、善意で、優しさで、愛情からで、おばあさんの家に出入りし始めたんです。私も行きましたよ。役所の制度でおばあさんを助けられるものがあるんじゃないかって、あの頃の恩返しを少しでもできたらって、独居老人が受けられる制度を色々調べました。


 でもね、なんていうかね。限界があるでしょう。

 罵られて、盗人、人さらいと言われて、「私が嘘をついていると、どうして皆言うんだ」と、明らかにおばあさんの方が「本当」じゃないのに、それをどうしても受け入れてくれない、納得してくれない。これは辛いですよ。地獄のよう、あ、すいません。不謹慎な例えでしたね、でもそれくらい「むごい」ことでしたと。

 なまじみんなの記憶には、おばあさんが「まとも」だった頃の記憶がありますからね。悲劇ですよ。誰も彼も、苦しみましたよ。どうすればもとの優しいおばあさんに戻ってくれるんだろうって、えぇ、集会まで開いて相談したり。でも、老いはどうしようもないじゃないですか。


 攫われた娘の捜査?え?なぜです。

 おばあさんに子供はいませんよ。役所の戸籍も確認しました。娘が攫われた、なんて、ですから、おばあさんの妄想なんですって。


 


************



「夢の中の住人として神秘に取り込まれた女性を狂人だと判断するのは構いませんが、それはそれとして、誠実に向き合うことは必要だった思いますが。まぁ、いいでしょう」


 こほん、と枢機卿は報告書を読み顔を上げた。


 先日声の出ない娘の死亡報告書を提出してきた部下が今度は謎の幼女失踪事件の報告書を出してきた。丁度妖精国の結婚式から帰って来たばかりの枢機卿は茶請けのバームクーヘンを食べている調査官に視線を向ける。


 仙女に認められる程の人格者、愛情深く、行いの正しかった老女が掴んだ幸運はどうも周囲に理解されるものではなかったらしい。その上その「幸運」は、元々求められた「彼女を幸せに」という役目をすっかり忘れて「私と同じ大きさのひとがいるのね!」と感動し感激し、立派な身なりの王子さまと幸せになったとか。


 せめて手紙の一つでも寄越せばいいのではと思わなくもないが、老眼の彼女ではその手紙を見つけることも読むこともできないだろう。それならそれで周囲がサポートしてやれば、とも思うが、気の毒なことに、一度神秘の世界の住人になり、周囲からは「気がふれた」と思われた人間は、彼らの望む振る舞いをするように戻らなければ、そこからは「同じ」世界の生き物だと扱われない。


「まぁ、母親というものは娘の幸せを願うものでしょうから、知らずとも、娘が幸せに玉の輿になっているのならいいのでしょうかね」


 ほそり、と枢機卿は呟く。


「それにしても貴方、よくこう、次から次へと妙な事件を見つけてきますね」


 感心し、捜査官に声をかけるが、人の話を聞くことが得意な寡黙で勤勉な調査官は、聞き上手であっても話し上手に回る気が皆無である。


 一応赤ずきんの調査をするように命じたが、この事件の前に「こんな事件に遭遇した」とのことです。


 無言で茶請けの菓子を食べるだけ。枢機卿は溜息をつき、さて、今度はどんな神秘の住人の「事件」を報告書に上げてくるのかと苦笑した。


シリーズ3つ目ですね。

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― 新着の感想 ―
赤ずきんの事件になかなかたどり着かない……ww 普通に認知症のせん妄に聞こえるのでたちが悪いですね…
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