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母に仕組まれたポチャ化の呪いをへし折るため、公爵令嬢が運動としてモンスター退治に明け暮れた結果

作者: よどら文鳥
掲載日:2026/03/09

 ダンジョン深層にて。まだ15歳になったばかりのエフィナ=フォゲルダ公爵令嬢の悲鳴が轟いた。


「こんなに動いているのに全く痩せない!!」


 すでに生き絶えているエンシェントドラゴンの群れを見たドラゴンたちもエフィナに恐れをなして逃げていく。


「アンブレアお姉様の言われたとおりにダンジョンでダイエットをしてきたというのに……!」


 エフィナは自分自身の体型にひどく悩んでいた。

 5歳になってからというもの、急激に身体が横に成長していった。

 ついに150センチメートルという小柄な身長に対し、体重は100キロを超えてしまったのである。

 その原因は呪いだ。

 エフィナは何者かによる呪いを受けてしまった。

 何者かの脂肪分や太る要素は全て、呪いを受けたエフィナが全て吸収してしまうというものだ。


 そこで姉のアンブレアはエフィナに対して、ダンジョンで身体を動かせば痩せるかもしれないと提案をしたのである。

 だが名誉高き公爵家の次女。学園生活の履修以外でダンジョンに潜るなど許されることではない。本来ならば。

 エフィナは痩せたい思いで、5歳になったときから毎日コッソリと抜け出してはダンジョンに潜っていたのである。


「もうこのダンジョンでは私を満たしてくれる相手がいない! 明日から始まる学園で、もっといいダンジョンに入れればいいのだけれど……」


 王立学園に入学するまでに痩せるのが目標だったが叶わなかった。

 だがまだダイエットが終わったわけではない。

 もっと強いモンスターと戦い身体を動かし痩せる。

 それがエフィナの日常となっていた。


 倒したエンシェントドラゴンをアイテムボックス=ストレージに収納し、暗い表情のままダンジョンから脱出する。


「はあ……このままでは推しのライト=ファーゼント様に会う顔がない……」


 貴族界隈では、しっかりと体型を維持できない者は普段の生活も堕落したものだと認識される傾向がある。

 ライト=ファーゼントは第二王子である。エフィナにとって、ライト=ファーゼントは恋愛として好きというよりも、憧れ意識が強い。

 そのため、頑張ってダイエットをしていたものの呪いには勝てなかったのだ。



 ♢



 日も落ちて真っ暗闇の中。いつものようにコッソリと自室へと戻ろうとしたのだが、庭で話し声が聞こえてきた。

 エフィナは一度足を止め、誰なのかを確認する。


(お母様とアンブレアお姉様がなんでこんな遅い時間に?)


 楽しそうに会話をしていたため、好奇心で盗み聞きをしてしまった。


「エフィナはまだ帰ってないの?」

「ええ。きっと今日も痩せるためにダンジョンに潜っていますわよ?」


(え……どういうこと? アンブレアお姉様は私がダンジョンに潜っていることを誰にも言わないって話だったのに)


「あの子って本当にバカね。ま、そのおかげでアンブレアがどんどん美体型になっていくのだけれどね」

「エフィナには頑張ってもらわないと。まさかお母様が雇った術師が、この私を綺麗にするためにエフィナに呪いをかけていただなんて思わないでしょうから」

(は? 私の呪いってお母様が雇ったの!?)


 衝撃的な会話を聞き、エフィナは珍しく動揺していた。

 必死に気持ちを落ち着かせ、二人の会話に注視する。


「アンブレアは可哀想なことに、ずっと太ったまま育ってしまったわ。でもエフィナというちょうどいい逸材がいたから。アンブレアのためにも妹が尽くすのは当然のことでしょう?」

「お母様って、エフィナにはずっと冷たいですものね」

「あの子は望んでないのに苦しんで産む羽目になった子。男の子じゃなかったし、泣きたいのは私だった。しかも夫も同時期に他界。エフィナなんて捨てたかったくらいよ。でもね、役に立っているじゃないの。アンブレアが綺麗になってくれたのだから」


 エフィナはこのまま姿を現すか隠れているか悩んだ。


「しかも明日からは今までの苦労もなくなる。王立学園に通ってしまえば、二年間は事実上の追放のようなものだから」


 エフィナは悲しい気持ちよりも、どうすれば復讐できるかだけを考えていた。

 10年もの間ダンジョン内のモンスターと戦ってきたため、闘争心は人一倍強い。

 モンスターを倒してきた標的が、人間相手になっただけだ。

 躊躇と遠慮という言葉をエフィナは知らない。


 もう少しボロが出ないかと、むしろ興味深く聞き耳を立て続けた。


「ダンジョンで死んじゃったら意味ないのに、どうしてお母様はエフィナをダンジョンに潜るように促したのです?」

「呪いって永遠なんだって。だから永久にアンブレアは綺麗な体型を維持できるの。エフィナが死んだとしてもね」

「なんだ……だったらもっと言い方考えるべきでしたわ」

「ここだけの話よ。本当のところは、ダンジョンで死んでもらいたかったのよね。思いのほかしぶといから……」


 エフィナは両手をギュッと握り、歯を噛み締めた。


 死んでも問題がないということを知った。

 フォゲルダ公爵家には必要のない存在だと知った。

 情報としてはこれで十分である。


(こんな家、お望み通りとっとと出て、公爵家の恥さらしとして好き勝手生きてあげますからね!)


 エフィナの復讐計画はこうだった。

 公爵家としての由緒正しき秩序など糞食らえ。

 むしろ今までどおりに好き勝手に生きて、公爵家の恥さらしになろうと決めた。

 そのうえでダイエットは欠かせない!

 呪いなどに負けずいつか痩せられる日を願い、学園生活と並行して日々ダンジョンへ潜る。

 結局、今までと変わらないのだった。


 しかし、真実を知ったエフィナは今日のところは再びダンジョンへと戻った。

 今はダイエットのためではない。

 どうしようもないほどの怒りをそこらじゅうに、ウヨウヨしているモンスターたちにぶつけたのである。


 この日エフィナはさらに奥深くまで潜り込み、人類最高記録まで進んでしまったことを本人は気がついていない。

 一方で、母親とアンブレアの会話は続いていた。


「エフィナが毎日生きて帰ってくるのも、最浅層で入り浸っているのですよ。あそこならスライムしか出てきませんし」

「アンブレアにはもっと早く教えておくべきだったわ。そうすればあの子、もっと深層目指していたかもしれないのよね」

「でもよろしいのですか? このまま王立学園へ通えば公爵家としても大恥をかきますわ……。そのせいでフォゲルダ公爵の名前に傷がついてしまいますわよ」


 母親としては抜け目がなかったため、落ち着いていた。


「大丈夫。あらかじめ手を打っておいたから。傲慢でワガママで言うことを聞かない。教育も拒否されていたから学業は最低レベルだと予め学園長に伝えてあるの」

「それで教育をつけていなかったのですね。自由気ままに育てるって言っていた意図がわかりましたわ」

「エフィナっておバカちゃんだから。ダンジョンに入っていることも気がつかれていないと思っていたようだし」

「頭お花畑ですからね。仮に教育をしていたとしても、無駄だったかと思いますわよ」

「王立学園では貴族なら誰もが無償かつ強制全寮制。そのかわり著しく成績が悪いと国として相応しくない理由で貴族界から追放される。それに賭けているの」


 エフィナを合法的に貴族界隈から追放させる。

 それが母親の望みであった。



 ♢



 王都中央エリアに位置し、広大に土地を使って建てられたのが王立学園。

 貴族ならば誰もが強制的に2年間通うことが義務。また、学力や魔力が優れている者は試験に合格すれば平民でも入学ができる。


 エフィナは心底ワクワクしていた。

 2年間は公爵の恥さらしを目標に、面倒な貴族制度も気にせずに好き勝手過ごすと決めたからである。


 元々ダンジョンに潜るばかりの日々を送っていたため、破天荒な生活をしていた。

 貴族教育もろくに受けていなかったこともあり、怖いもの知らずである。


 しかし、どうしても悩んでいることからは逃げられなかった。


「痩せたい……ダイエットの勉強がしたい……」


 エフィナの推し、ライト=ファーゼントも同年代のため同じクラスになる可能性もある。

 だが、この体型のままでは話すことすらできないと思っていた。

 案の定、入学式では誰からも声をかけられないうえ、避けられている。

 エフィナは独りぼっちで着席した。


「ただいまより王立学園入学式及びクラス分けの適正検査を行う」


 白髭を生やした学園長が、祭壇で挨拶を行った。


「一年生諸君には主に基礎身体能力や武道武力を学んでもらう。特殊な石板を使い能力を測りクラス分けとする」


 王立学園や王宮、ギルドにしか存在しない石板。

 ほとんどの生徒が王立学園で初めて自分の強さを知れるため、全員がワクワクしていた。


「石板によりステータスが数値化されるが、この王立学園で頑張れば卒業する頃には今の2倍以上の数値にはなるであろう。国の防衛力が近年不足しているため、周囲の国や危険な外来種モンスターからも狙われ始めている。諸君らは特に頑張ってもらいたい」


 ワクワクしながら石板に触れる生徒たち。

 その結果を知り喜んでいる者や落ち込んでいる者など様々だ。

 主に身体能力レベル魔力レベルが10から20の生徒が目立つ。

 その中で飛び抜けて高いステータスを出した者がいた。


 ライト=ファーゼント。

 身体能力レベル91。

 魔力レベル95。

 安全な配慮を最優先しつつ様々な英才教育を受け、この日のために訓練をした結果である。


「さすが第二王子、素晴らしい。すでに王宮直属の騎士や魔導士になれる資格基準を突破されています」


 ステータスを見て学園長が必要以上に褒めちぎる。

 もちろん国に媚びるためだ。

 しかし、ライト=ファーゼントは『左様ですか』と一言だけ残し、元の席に戻った。


(ああ……ファーゼントでんかあ……ステータスもカッコよすぎるわあ……)


 エフィナがとろけるような表情をしているものの、ライトには全く気がつかれることもなかった。

 それもそのはず。エフィナだけではなく、生徒のほぼ全員がライトに注目していたからである。


 しばらくするとエフィナの番になった。

 周りの貴族たちは、エフィナの体型を見てクスクスと笑ったり、小声で悪口を言い合って楽しんでいたりする者が多い。


 しかしエフィナが石板に触れた瞬間、状況は変わった。


 エフィナ=フォゲルダ。

 身体能力レベル944。

 魔力レベル999以上。

 特記、呪い。


 誰よりも驚いていたのは、石板に手を触れたエフィナだった。

 目を擦ってもう一度石板に浮かんだステータスを眺める。

 変化はない。


「すまん、どうやら故障したようだ。予備の石板でもう一度計測してもらいたい」


 学園長の指示により、新たに用意された石板にエフィナは触れる。

 しかし、結果は先ほどと全く同じ数値が表示された。


「……ううむ……この国において最高レベルであらせられる国王陛下の専属護衛ですらレベル255。これはいったいどういうことだ。それにこの呪いとは……」


 エフィナもレベルに関しては全く心当たりがないと思っていた。

 ダンジョンに潜り深層まで進むのは、誰もがやっていることだと思い込んでいたのだから。


 生徒たちもざわつき始めた。


「あのデブ、いったいどんな不正をしたんだ? 卑怯者が」

「目立ちたいからってバレバレの嘘を作ってなにが楽しいんだか」

「身体もまともに管理できねえ奴がこんなに強いわけねえだろ」


 エフィナや学園長にも聞こえるほどのヤジが飛ぶ。

 学園長は戸惑っていた。

 石板にどのような細工をしたとしても不正などできるわけがない。

 だが、貴族として恥だと言われても仕方のないような体型をした令嬢が異常なまでのレベルということも信じるには難しかった。

 さらに、母親からのデマ情報も加わり、学園長は疑いの目から入った。


「静かにしたまえ……。ええ、こほん。ひとまず彼女は最高ランクAのクラスとする」


 さらにどよめきが起こるが、学園長は強めの口調で黙るよう促した。


「学園始まって以来の異常な数値に私としても驚いている。だが、この数値が本当であれば史上最高の防衛力を手に入れたも同然。万が一なんらかの不正だとしたら、授業で結果が目に見えてくるだろう」


 むしろ後者の意見が本音である。

 建前として、もしもの場合を考え本当だった場合のことも付け加えた程度だ。

 学園長はエフィナに対して疑いの目線を向けた。

 だが、誰よりも困惑していたのがエフィナだった。


(ダイエットのために四六時中ダンジョンに潜っていただけなのに……ステータス上がる前に体重下がって欲しかったんだけど!!)


 生徒たちはステータスを気にしているが、エフィナが気にしていたのは体重。

 ブーイングが巻き起こる中、エフィナは恐るおそるライトに顔を向けてしまう。

 ライトは無表情のままじっとエフィナを見ていたため、これが学園が始まってからは初の目線があった日となるのだった。



 ♢



 案の定Aクラスではエフィナが独り孤立していた。

 誰も話しかけようとはせず、むしろ警戒されている。

 一方でライト=ファーゼントに人が集まっていた。

 話は不正と疑っているエフィナの話で持ちきりだった。


「あの不正を王子としてどう裁くおつもりなのです?」

「由緒正しき王立学園でこのような卑怯行為。国外追放だけでは足りないでしょう?」

「同じ空気にいるだけで腹立たしいので、早く処分を」


 大きくため息をつきながらひたすらに無言状態のライト。

 同じ教室にいるのだから、エフィナにも当然聞こえていた。

 楽しみにしていた学園生活が最悪のスタートとなってしまった。さらに憧れのライトにまで悪印象を与えることとなったと思い込んだエフィナは、不貞腐れて教室をひとまず出た。

 それに気がついたライトは、ようやく口にする。


「用事がある。そこを通してくれないか?」


 人だかりを面倒くさそうにしているが、それでも一向に変わる気配もない。


(レベル900超え……本当ならばどうやったらそれが成し遂げられるのか聞いてみたかったのだが)


 その後もしばらくはライトの周りには生徒がごった返していた。



 ♢



 数々の理不尽な疑いをかけられ、たまらなくエフィナが教室を飛び出した。

 行くあてもなくなんとなく向かった先は、学園長室だ。


 ドアをノックして許可を得てから入室する。

 椅子に座っている学園長の周りには数名の教師も一緒にいる。

 入ってきたのがエフィナだと知ると、誰もが酷く驚いていた。


「先ほどはすまぬな。だが、どうしてもすぐに信用するわけにもいかず」

「いえ。私にもなにがなんだかわからなくて……」

「左様か。大変すまないが、緊急会議の結果決まったことを今ここで実践したいのだが……構わないか? これでキミのステータスが偽りか本物かハッキリするだろう」

「それなら是が非でも!」


 学園長の横にいたガタイの良い男がエフィナに近づき一歩止まる。筋肉教師である。


「彼は武道専門の教師。身体能力レベルは240。現役王宮直属の騎士でもあり、武力ならば国王陛下直属護衛の次に強い」


 エフィナは今までダンジョンに潜っていた経験から、次になにが起こるのか予想がついた。

 それほど目の前にいる男の殺気が強く、まるでモンスターと対面したかのような雰囲気があったのだ。


「安全のため魔法陣を頼む。魔力レベル200近い其方の魔法陣ならば、ある程度の魔法にも耐えられるはず」

「はい」


 杖を持った別の教師が、エフィナと筋肉教師の周囲に結界を作ったのである。


「これで部屋は壊れることはないであろう。思う存分戦ってくれたまえ。本当に高レベルなら簡単に倒せるだろう」

「レベルが桁違いならおまえさんは模擬刀など使う必要もないだろう? 俺にハンデが欲しいくらいだよ」


 筋肉教師はそう言うと持っている模擬刀を手にする。エフィナはなにも持っていない。

 それを知ったうえでいきなりエフィナに襲いかかった。


 エフィナとしてはあまりにも突然過ぎてどうしたらいいのかわからない。

 だが、ドラゴンの中でも最強種を倒した経験もあるエフィナにとっては、まるで筋肉教師の動きがスローモーションを眺めているかのようだった。

 とっさにこう思った。


(様子を見るために手加減してくれているのかな。でも、こっちは汚名を晴らすためにも、本当のステータスを判断してもらわなきゃ!)


「なっ! 俺の渾身の模擬刀を避けた!?」

「手加減ありがとうございます。でも、もう少しは本気出して大丈夫ですよ」


 エフィナは自分のステータスが間違っていると思い込んでいた。

 そのため、自分でできる最高の力を披露することにした。

 それを見てもらい、的確なクラスへ移動できることを望んでいたのである。


 最高の力を披露……。

 それがどのようなことになるのか、エフィナは想像もつかなかったのである。


 ――バゴッ……!!

「ぐわっ!?」


 いくら実戦とは言え、教師を殴るという踏ん切りはつかなかった。

 そのため、模擬刀に向けて渾身の平手をおみまいした。

 普段モンスターを倒すときにやっていることで、エフィナにとっては日常的な運動である。

 模擬刀はこなごなに砕け、反動で押された筋肉教師も後方に吹っ飛ばされた。


 魔法陣の外側から見ていた教師たちは絶句。

 さらにエフィナはまだ足りないと思い、次の行動にでた。

 すかさず止めようとした学園長だが、すでに遅かった。


 ――バキバキバキバキ……!!


 エフィナの魔力を解放した。

 今までは窮地に追いやられたときに、魔力を放ちモンスターを追い払っていたのである。

 しかしそれはエフィナが10歳になる頃までの話だった。

 久しぶりの魔力を使ったのだが、あきらかにおかしいと思ったのはエフィナ本人だ。

 結界が壊され、学園長室の部屋も乱されてしまった。


 慌てて魔力を止める。

 しかし……。


「これが……レベル999以上の魔力か……」

「私の渾身の結界が……国王様直属魔術師も騎士も壊せなかった結界が……意図も簡単に壊されるなんて……」

「が……あわわわわわ……」


 最も被害を受けたのは筋肉教師である。

 模擬刀を意図もあっさり壊されその衝撃で吹っ飛んだ。

 さらにその直後、同じ魔法陣の中で絶大な魔力に圧倒されたのである。

 今まで潜ったダンジョン内におけるどのモンスターよりも圧倒的な威圧。これにより、恐怖に襲われ床が水浸しになってしまうほどであった。


 エフィナは気がつかないうちに、本当に人類未踏の域へ踏み込んでいたのだとようやく知ったのである。


「す、すみませんでした。まさか本当だったなんて思わなくて……」


 エフィナが渾身の思いで謝罪する。これには学園長も違和感が残った。

 母親から聞いていた情報のエフィナとはまるで別人なのだから。

 だが母親の情報が事実であれば、このまま歯向かえば殺されるかもしれない。

 そう思った学園長はひたすらに謝罪する。


「いや、信じることができず試した私らに非がある。許してほしい……」


 学園長がエフィナに対して頭を深く下げた。

 エフィナへの恐怖もあるが、こんなにも優秀な逸材に対して無礼な行為をしたと知られれば、学園長の首も飛びかねない。

 とにかく必死だった。


「私は別に……」

「本当にすまない。だが、なぜエフィナ殿は力に気がつかなかったのか、両親も知らないのか?」

「お父様はすでに他界しておりまして、お母様が公爵当主です。そのお母様とも普段は顔を合わせることもありませんでしたので……」

「そうだった……。どのような生活をしたら前人未到の域に達成できるのか知りたいのだが……」


 エフィナはここで黙秘するのは悪手だと判断した。

 本来であれば呪いを打ち破るために学園のダンジョンで頑張ろうと思っていた。

 しかし、現状を見る限りではもしかしたら学園のダンジョンは普段潜っていたところと大差ないのではないのではないだろうか。

 だが王立学園ならばきっとダイエットに関しての方法をきっと見つけられる。

 ついでに学園生活もこのままでは水の泡。

 仕方なく全てを話すことにした。


 全てはダイエットのために!


 教師たち誰もが絶句する。


「ダンジョン内において左手の指につけられる特殊な指輪全てが経験値倍加……。本来誰もが身につけるであろう、瀕死時に自動で転送できる指輪すら身につけなかった……? しかも武器や防具は持たずダンジョン内へ潜る……?」

「帰還も転送陣を使わず自らの転送魔法で……どれだけの魔力を消費すると……」

「しかもその目的が全てダイエット……。ダンジョンを運動用具として潜るとは……」


 アンブレアからのダイエット方法はそのように教わっていた。エフィナはただそれを信じて実践していただけに過ぎない。

 なお、アンブレアや母親が理由で太る呪いを受けていることは伏せていた。

 公爵頭領が不祥事を起こせば、ダイエットができなくどころか国外追放もありえたためである。


「ゼムにリエルよ……ダンジョン中層を経験した二人に問う。左手五つの指全てに経験値増加の装備だけでダンジョンへ入れるか?」


 筋肉教師ことゼムは、考える必要もなく首を横に振った。


「無理です。なぜならば、ダンジョン用の装備は特殊。1度装備してしまえば3年間は変更ができない。仮に最浅層であってもまれに集団での出現や中層からの紛れ込みもあります。いざというときの対策もないまま潜るのは自殺行為と言っても過言ではありませぬ……!」

「仮に集団での潜入が条件であれば可能かもしれません。ただ彼女の話を聞く限りではソロでの潜入。聞いているだけで怖ろしくもありますよ」


 学園長が確認したのち、なぜ家族は止めようとしなかったのだと尋ねた。

 この問いがエフィナが最も困るものだった。


「母親は知らなかったと思います。私個人でコッソリと……ダイエットをしたかったので……」


 学園長が呆れながら大きくため息をつく。

 散々考慮したのち、学園長はこう決断した。


「この件は今ここにいる者とライト第二王子殿下及び国王陛下以外への他言は厳禁とする。むろん、エフィナ殿の家族にも伝えてはならん」

「しかし、彼女の実力は本物。すぐにバレることでしょう」

「学園側のミスで高レベルの者が触れると誤作動を起こすというものにしておこう。経験値倍加の指輪のみで潜っていたことは特に極秘だ。真似する者が増え、ダンジョン内での事故が増えてしまう」


 黙っていることはエフィナ自身へも命じられる。

 さらに、学園生活においては過度な力は使わないようにも忠告されたのだった。


「過去最高の記録は入学時に各レベル125。エフィナ殿にはすまないがそれぞれレベル130ということで頼みたい。当然ながら、ここにいるゼムとリエルに授業で勝ってしまうようなこともあってはならない」


 活発な運動を控えろと言われているようなものだった。

 ダイエット活動が全てのエフィナにとって、それだけは納得ができない。


「私、ダイエットをどうしても、どーしてもしたいのです! 運動の自粛だけはできませんよ……」

「わ……わかった。なにか策を改めて考えさせてもらう。だが今は未来のためにも、やり過ぎないよう注意していただきたい」


 エフィナは、学園長に対してこれ以上の無理強いはできなかった。

 元はと言えば世間的には絶対にやらないであろう手段で毎日ダンジョンにこもっていたのだから。

 なにか手段を考えてくれるという言葉を聞き、エフィナも従うことにした。



 ♢



 学園長室から教室へ戻ろうとしたのだが、エフィナは迷子になっていた。

 ひとつ上の階の高学年のエリアに紛れ込んでいたのである。


「なんでてめえみてえな平民風情が進級した?」


 男性用のトイレから怒声が響いてきた。

 エフィナは何事だろうかと様子を伺いに向かう。


 コッソリと覗くと、制服を着た者が4人。

 3人の男が1人の女を取り囲んでいた。


「す……すみません」

「てめえのせいで俺の舎弟は進級できなかったんだ。どう責任を取るんだ?」


 今まで人との関わりがほとんどなく、事情がわからないエフィナだ。

 どちらが正しいかの判断はまだわからないものの、3人の男がたった1人の女を責めているということだけは嫌だと思っていた。


(まるで私が6歳くらいのとき、大勢のゴブリンに囲まれたときみたいじゃないの)


 彼らの行動があまりにも卑怯。エフィナは我慢ならなかった。

 つい行動してしまう。


「はいはい、そこまで!」


 強引に女生徒の前に割り込む。

 男たちは突然のことで驚きはしたものの、すぐにゲラゲラと嘲笑った。


「見たこともねえデブが……おまえ下級生だな」


 デブと言われてカチンときたエフィナ。

 この言葉を聞き、どのような理由でっても女子生徒を味方することが確定した。


「そうですが。お姉様からは上級生の先輩を見習うよう言われたこともありましたが、1人の女の子に対して大勢で攻める。そーですか、勉強になりませんねえ」

「ああん?」

「まるでゴブリンの群れのようですよ。集団でないとなにも出来ない卑怯で卑劣なモンスターと全く同じことをしていますし」


 挑発に乗っかった首謀者の男が、エフィナの胸ぐらを掴んだ。


「てめえみてえなクソデブに言われる筋合いはねえ! 俺は子爵の跡取りなんだ。口の利き方に気をつけるんだな」


 貴族界隈といえど、一度も夜会などの集いに参加したことがなかったエフィナ。

 誰もがエフィナが公爵令嬢だということを知らないのだ。


 だがエフィナはそのことは伏せつつ言い返した。


「へえ。集団で攻めるのが貴族なんですね。それはともかくとして、学園生活においては貴族も民間人も関係なく平等だと聞いてましたが?」

「ああっ!?」

「彼女、別に不正して進級したわけではないのでしょう? それなのに理不尽に攻めるなんて……。ゴブリンだってそんなことしないですよ?」

「てめえ!!」


 怒声とともにグーパンチも飛んだ。

 エフィナは意図も簡単に掴まれていた腕を解き、難なくかわした。


「卑劣な行動はゴブリン以上なのに、動きはゴブリン未満ですね!」


 挑発的な言葉に我慢ならず、3人がかりでエフィナに襲いかかった。

 だが、エフィナが避ける前に静止せざるをえない事態になる。

 首謀者の男の腕が掴まれたのだ。ライト=フォーゼント第二王子によって。


「なにをしている?」

(なんでファーゼント殿下がこんなところに!?)


 エフィナは慌てて殺気を消し、被害者という演技を始める。

 憧れだった男が目の前に現れ、助けに来てくれたのかと思うだけで胸が苦しくなっていた。


 エフィナを殴ろうとした男たちも慌てて手を引っ込め、嫌な汗を流し始めた。

 王族に知られるのだけは、それほどにマズかったからである。


「い……いや……その……」

「先祖が建国された王都学園に対して、叛逆するかのような発言と行動に見えたが?」


 トイレ内であるにも関わらず、3人は慌てて土下座の大勢をとった。


「俺に謝罪ではないだろう。そこの2人に許しを乞うのだな」

「「「ぐ……ううう……」」」


 平民に頭を下げるという行為がどうしても出来なかったのである。

 しかし、王子の前では歯向かえなかった。


「「「申し訳ありませんでした!!」」」


 エフィナはなんとも思っていなかったが、女生徒は深く傷ついていた。

 1年間、ずっと頭を抱えて悩んでいたのだから。


「なるほど。これは父上に報告案件だな」

「く……くそう……こうなったら!」


 あろうことかライトに襲いかかった。

 しかし、ライトも軽々と躱す。さらに背後から腕を掴み、自由に身動きの取れない状態にした。


「あと少し動かせば肩の骨が外れるが、どうする?」


 あまりにも動きが滑らかかつ無駄のない動き。

 エフィナはレオンの可憐さを見て惚れ惚れしていた。


 観念し男たちはそのまま逃げだした。


「安心していい。あいつらの退学は間違いない。貴族界隈からの追放もありえるだろう」

「あ、あの……2人とも助けてくださり本当にありがとうございました!」


 深くお辞儀をしたのち、退室した。

 そう言って今度はエフィナに顔を向けた。


「こんな場所ですまないが、少々話がある」

「は……はい! その前に、助けてくださりありがとうございました!」

「大したことはしていないが」


 エフィナと反対に振り歩き出したものの、思い出したかのように止まる。


「明日早朝、学園裏の倉庫に来てもらいたいのだが」

「へ!?」


 エフィナの心拍数は急上昇だった。

 憧れであるライトからの誰もいない場所への呼び出し。

 思春期でもある年頃でもあり、あらゆる妄想も膨らむ。

 どのようなことになろうとも、エフィナにとってはご褒美である。


「ステータスに呪いと表示されていたな? それを解除しようと思う」

「え……えーーーーーっ!? 呪いを解除!? ふぐうっ」


 ライトは慌てながら、エフィナの口を両手で塞いだ。

 エフィナにとっては本来とてつもないラッキーハプニング。

 だがそれよりも呪いを解除できるかもしれないということに頭がいっぱいだった。


「静かに……! 王家には呪いを消し去る特殊な道具が極秘に存在している。それを使いキミにかけられている呪いを消そうと思う」

「大変嬉しいことですが、なぜ私なんかに……?」

「俺も少なからずステータスが偽りなのではないかと疑ってしまった。だが、先ほどの動きを見てハッキリとした。その罪滅ぼしというわけではないが、せめてもの償いだ。許してほしい」


 第二王子であるライトがエフィナに対して頭を下げた。

 いくら学園内が平等とはいえ、エフィナは驚いていた。


(外見が美しいだけでなく、心も性格も美しいだなんて……)


 エフィナは本気で惚れてしまうと思ってしまった。

 だが、念願の挨拶ができて顔見知りになれたとはいえ、この初恋のような感情がうまく実るなどと微塵も思っていない。


「どうか顔を上げてください。私自身でも驚いていました。疑っても当然だと思いますし、怒ってもいません」

「そうか……」

「ですが! その呪いを消せるというものだけはどうしても使わせてほしいですっ!!」


 ライトはほんの一瞬だが、くすりと笑った。


「おかしなヤツだ。誠実かと思えば欲望にはまっすぐなのだな」


 もしも呪いさえなくなれば本格的にダイエットが上手くいくのではないか。

 エフィナにとってはそれが全てだった。



 ♢



 翌日指定された場所へ行くと、すでにライトは待っていた。


「待たせてしまって申し訳ないです!」

「たいしたことはない。俺が早く着き過ぎただけだ」


 とにかく人に見つかるわけにはいかなかったため、ライトは用件を手短に終えたかった。

 それはエフィナも理解していたため、スンナリとことが進んでいく。


 エフィナが受け取ったのは体力回復用のポーションに使われる見慣れた小瓶。


「それを全て飲み干せば呪いは消えるだろう」

「ほんっとうにありがとうございます!」


 エフィナはすぐに中身をごくりと飲み干した。

 実感はないものの、これで呪いは消えたとあっさりと信じていた。


「なぜ疑おうとしない?」

「え? むしろなんでそうなるんです? ファーゼント殿下が嘘をついているのです?」

「そうではない。だが、俺のことをあまりにも信じ過ぎているではないか?」


 ふとエフィナは考えてみた。

 しかし、どう転がっても王子がウソを言っているとは考えられなかったのである。


「私たちのことを助けてくれたからですかね?」

「なぜ質問なんだ?」

「疑う必要なんてないかなと思ったまでです。むしろ、罪滅ぼしにしてはものすごいリスクなことをしてくださったなとは思いますが」

「この回復薬のことか? キミが悪人だとは思えなかった。そうでなければあの場で男たちに立ち向かうはずもないだろう。あれほど正義感ある者が不正をするとはありえない」


 エフィナにとって、初めて褒められたようなものだった。

 ただでさえ嬉しいのに、さらに追い打ちをかけられる。


「昨晩、学園長から聞かされ驚いた。まさかダイエットのために危険なダンジョンへ潜っていたとはな」

「へ……変ですよね」

「そんなことはない」

「え?」

「呪いにも負けず、争い続け前を向く姿。俺はむしろ好きだが」


 エフィナは初めて自分のやっていたことが認められた気持ちになっていた。

 たとえダイエットは成功していなくとも、それを好きと言ってくれたことが本当に嬉しかったのだ。


「ありがとうございます……!」


 エフィナは心の底から感謝の気持ちを伝えた。

 それに対し、ライトは照れ臭そうにしながら一言。


「ん」


 そう言ってライトはこの場から去った。


 呪いは消えている。

 そう思っているエフィナは改めてダイエットを頑張らなければと心に誓う。

 今度こそは絶対に痩せてみせる。

 そして、ライトと友達になれることを目標にしたのである。


 とはいえ本来のステータスがバレないように色々と気を使わなければならない。

 エフィナの力を自重する学園生活は始まったばかりである。


 一方で、エフィナの呪いが消えたことなど知る術もないアンブレアは、今日もまた欲望に正直で甘いものや脂身の多い肉などをたくさん食べていた。

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