表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された雑用係、実は神々の秘宝を持ってました〜辺境でスローライフしてたら勇者も魔王も頭を下げにきた件〜  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/28

第22話 大河の喉(のど)、渡樋(わたりひ)

Ⅰ 段丘の川


 北冠の白が遠くなり、空気に湿りが戻った。

 段丘のふちを幾筋も撫でて、大河はうねりながら南へ落ちていく。

 雨季のはしり。水面は鈍い鉄の色で、岸の草は寝ぐせのように一方向へなでつけられていた。


「戻りが、崩れてる」

 掌の輪に親指をあて、耳を澄ます。

 瀬の笑いが細く、ふちの息が溜まるばかりで返ってこない。

 堤の上で、褐色の肌の女が肩で息をしながらこちらに駆けてきた。


堤守つつみもりのマユです。三日前から“行き”ばかり。戻りで落とすはずのけ口が詰まって、左岸の棚がひとつ切れました。中洲の小社こやしろも、もう水に腰まで」

 背後では、太鼓の枠だけが並び、皮は外されて干されている。

川太鼓かわだいこは?」とラザロ。

「濁りで皮が伸びるので今は枠だけ。……代わりに“拍子杭ひょうしぐい”を打ってます」

 川面と堤のあいだに、等間隔で細い杭が立ち、上に小さな葦笛が結わえられていた。


 エルドは堤の天端てんばに立ち、流れを目で測る。

「たわみは俺が受ける。一拍だけ、全体を止める準備はできている」

 マリアは流心を見つめ、祈りを“器”にせず“道”にほどいた。「六の拍。二で沈み、四で溜まり、六で返るはずが……四で止まっている」


渡盃わたしさかずきは“とい”にする」

 俺は言った。

「受けて、返す“渡樋わたりひ”。木樋とやなで先に戻りをつくる」


 エリナが頷く。「つのが立ったら合図。——撫でて落とす」


Ⅱ 川のあぜを敷く


 段丘の折れ目ごとに“ふし”を置く。

 渡し舟の桟を“うね”に、古い蛇行の名残を“返り”に。

 俺は帯の撚りをほどき、糸で堤から中洲、そして対岸へ、目に見えない“行って戻る”の線を先に通した。


 ラザロは拍子杭の葦笛を三段の合図に調律する。

「渡す——低く一吹き、返す——二吹き、止める——鳴子なるこを足す三打」

 サラは砂市で覚えた手で、葦の節を削り、湿りで狂わない“川鈴かわすず”をこしらえた。

 エルドの“網”が堤と水の間に薄く張られ、マリアの撫で歌が瀬の角を丸める。


 木樋を三本、中洲の肩から斜めに据える。

 樋の内側には若木の光の実を薄く溶いて塗る。

 いったん受け、別の筋へ返す“渡す器”。

 簗が水を柔らかく“撫で”、魚道のように戻りを誘う。


「合図、一」

 葦笛が低く鳴り、拍子杭が順に応える。

 水は、わずかに“帰り道”を思い出した。


Ⅲ 大河の舌


 曲がりの内側、淵の縁から“黒い皿”が浮いた。

 渦。

 その中心から伸びるのは、水の舌。

 絡め取り、巻き下ろし、名を溶かして“同じ色”にする舌だ。


「来る」

 エリナが跳ね石の上に乗り、刃の腹で舌の根を撫でた。

 ひとかけ、見えない角がほどけ、泡になって樋へ落ちる。

 俺は帯の要を“吐け口”の手前に移し、先に深い返りを掘る。

 マリアの歌が渦の痛みを撫で、エルドの網が水塊の重さを一拍だけ支える。

 ラザロの二吹き。

 拍子杭の鈴が連なり、簗が笑った。


 だが渦は、一枚ではなかった。

 次の舌が堤の土に歯を立て、次の舌が中洲の祠の礎を舐める。

 “返り”が薄ければ、畦はすぐに切れる。


Ⅳ 偏りの堤


 雨脚が強まった刹那、対岸に緋の外套が並んだ。

 杖先に“祈りいのりつち”を集め、一本の“偏り堤”を川へ突き出す。

 一点で塞ぎ、静けさを“無理やり”作る術。

 流れは乱れず、しかし“戻り”は殺される。


「やめろ!」

 エルドの声が堤に響く。「縫うな、渡せ!」

 緋の長が叫ぶ。「差は濁流だ! 一点で堤を作れば、もう騒ぎはない!」

 偏り堤の脚が渦へ直に力を押し込み、俺たちの渡樋の筋を折ろうとする。


「受けて、返す!」

 俺は渡樋の角度を一息で変え、偏り堤の足元に“受け口”を開いた。

 樋がいったん受け、簗の斜面で“別筋”に返す。

 押しつけられた“静けさ”は留まれず、緩い瀬へほどけた。


 緋の若い術者がひとり、杖を下ろした。

 マユが、びしょぬれの布越しに彼らへ叫ぶ。

「静けさは要る! でも、沈黙は要らない! ——この川は、行って、戻る!」


 偏り堤の先が痩せ、渦は迷い、角が立つ。

 角が立てば、落とせる。


Ⅴ 淵の名


 轟きの底で、小舟が一つ、祠の根に引っかかっていた。

 うずくまる小さな影。

 マユが叫ぶ。「ミズキ!」

 舟の中の子が、顔だけこちらへ向けた。唇は青く、声は水に削がれている。


「名を返す」

 俺は帯の糸を舟べりへ滑らせ、ミズキの手に輪を触れさせた。

 名は差だ。差は勾配だ。

 名が結ばれれば、道は“自分の場所”へ傾く。

 ラザロの葦笛が“返す”を二吹き、マリアの撫で歌が冷えをほどき、エルドの網が一拍の重さを受けた。

 渡樋が“受けて返す”を繰り返し、舟の下の渦がひと息、弱まる。


 エリナが跳ね石から舟へ軽やかに移り、刃の腹で舌の根をそっと撫でる。

 ひとかけ、角がはじけ、泡は樋に吸われた。

 ミズキの喉が、小さく音を返す。「……ただいま」

 中洲の祠が、わずかに鳴った。


Ⅵ 欠け目をつくる


「仕上げだ」

 俺は帯の要を蛇行の外側へ移し、“戻り筋”を先に太らせた。

 エルドの網が川全体を一拍だけ支え、マリアの撫で歌が淵の痛みを撫でる。

 ラザロが三吹き。鳴子が鳴り、拍子杭の列が一瞬だけ静まる。

 その“”に——


 エリナの刃先が、水面すれすれで輪の縁の“ひとかけ”を、やさしく掬った。

 コト、と小石が茶碗の外へ落ちるような手応え。

 渦の白が薄く欠け、そこから“無”が息のように抜ける。

 渡樋が一度だけ高く鳴り、瀬が笑った。

 水は——戻った。


Ⅶ 川の畦図と凪堰なぎぜき


 流木の裏に、薄い刻みが眠っていた。

 川の畦図。

 蛇行を畝に、旧川きゅうせんを返りに、祠と拍子杭を節に。

 端に小さな文字。


川は吐き、息で返る。

偏りは堤。

堤は、受けて返せ。


 俺は笑って流木をマユに渡した。

「ここは自分で守れる。渡樋と唄で」

 マユは濡れた髪を払い、頷いた。「“凪堰なぎぜき”も作る。嵐に一拍だけ“間”を置く堰。布の“凪幕なぎまく”みたいに」


 耳の奥で、薄い囁きが鳴る。


――《凪、一拍。

  川にも置く。

  名を呼べば、返る》


 祠の鈴がふっと鳴り、葦が揺れる。

 ミズキが母の胸でしゃくり上げ、笑った。


Ⅷ 緋の人の迷い、王都からの文


 偏り堤を立てた緋の一団は、半身を雨に濡らしたまま立ち尽くしていた。

 若い術者が杖を肩に置き、こちらへ短く一礼する。

「……“縫い留め”は楽だ。けれど、誰も帰ってこない。……“返す器”を、教えてくれ」

 エルドは頷く。「列に入れ。戻りたいなら」

 マリアが彼の杖に手をかざし、祈りを“道”に結び直す。


 その時、堤の上に王都の騎馬が現れた。

 封蝋の輪。

 文は雨で縁を濃くしながらも、はっきり読めた。


『王都西丘“文庫もんこ”にて、書き物の声が均され、名が読めず。

 渡盃の術を求む。

 ——王は“凪の間”を文にも置きたい』


 書の声。

 名が読めないなら、帰り道は失われる。

 川、海、空、地、砂、氷——すべてが“言葉”に結ばれている。


 ラザロが葦笛を拭き、肩へ差す。「鐘だけじゃねえ。太鼓も笛も、本も渡す」

 サラは川鈴を糸から外し、包みにしまう。

 エリナが刃を拭い、鞘に納めて俺の肩を小突いた。「行こ。紙の角も、撫でて落とす」

 エルドはいつもの短い言葉で締める。「行って、戻る」


 掌の輪は、まだ濡れていたが、温かかった。

 若木の返りは遠く、確か。

 祠の鈴が背中を押し、凪の囁きが一拍だけ空を軽くした。


 俺たちは堤を下り、王都の西へ向いた。

 畦はどこにでも引ける。

 差は歌になり、名は帰り道になる。

 書にも、きっと。


――続く――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ