第2話 辺境の村で芽吹く奇跡
リーネ村での暮らしは、王都の華やかさとは無縁だった。
けれど俺にとっては、不思議と心が落ち着く毎日だった。
朝は鳥の声とともに目覚め、畑に出る。
鍬を握りしめ、固い土を耕す。
王都で勇者パーティにいた頃は、誰かのために剣を磨いたり料理を作ったりしていた。結局やっていたことは“地味な雑用”だったのだ。
だが今は違う。俺の働きが、村全体の明日の糧になる。
「リオンさん、昨日まいた種が、もう芽を出しています!」
幼い少年が駆けてきて、嬉しそうに俺の腕を引っ張る。
畑を覗き込むと、確かに芽吹いたばかりの若葉が、朝露に濡れて光っていた。
「普通なら、芽が出るまでに三日はかかるのに……」
「やっぱりリオンさんが耕したからだ!」
村人たちが驚きと歓喜の声を上げる。
俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。
その日も作業を終えて休んでいると、村長がやって来た。
白い髭をたくわえた老人で、村人たちから慕われている人物だ。
「リオン殿、あんたの力のおかげで、この村は救われるやもしれん」
「いえ、俺はただ畑を耕しただけです」
「謙遜するな。あんたが来るまでは、村は餓死寸前だったのだ。感謝してもしきれんよ」
村長は深々と頭を下げた。
勇者に“無能”と呼ばれた俺が、ここでは“救世主”として扱われている。
その事実に、どうしようもなく胸が熱くなった。
数日が過ぎた頃。
村にひとりの旅人が訪れた。
「お邪魔します……道に迷ってしまって」
栗色の髪をポニーテールに結んだ少女。年の頃は俺と同じくらいだろうか。
腰には剣を帯びているが、その顔立ちは整っており、凛とした雰囲気をまとっていた。
「私はエリナ。辺境の街を巡っていた冒険者です」
彼女はそう名乗った。
村人たちは珍しい来訪者に色めき立ち、すぐに客人として迎え入れた。
だが、彼女の剣は刃こぼれし、鎧も擦り切れている。旅の途中で、よほどの苦戦を強いられたのだろう。
「……リオン殿、その剣を研いでやってはくれぬか?」
村長の頼みに、俺は頷いた。
夜。
焚き火のそばで、俺はエリナの剣を砥石で研ぐ。
王都にいた頃も、仲間の剣を磨くのは俺の役目だった。無数の傷を、何度も何度も撫でるように削り落とす。
やがて――剣が青白い光を帯びた。
「なっ……!?」
エリナが驚きの声を上げる。
ただ研いだだけのはずなのに、刃は新品同然どころか、神聖な輝きを放つまでに変貌していた。
「こ、これは……聖剣……?」
「いや、俺はただ研いだだけで……」
まただ。
畑と同じように、“普通の作業”が、あり得ない奇跡を呼び起こしている。
翌日。
村の周囲に魔物が出現したという報せが入った。
「ゴブリンの群れだ! このままじゃ村が……!」
村人たちが慌てふためく中、エリナが立ち上がる。
「私が行きます!」
だが彼女は傷だらけで、満足に戦える状態ではなかった。
俺はとっさに口を開いた。
「俺も一緒に行こう」
「でも、リオンさんは戦士じゃ……」
「俺は無能かもしれない。けど、誰かの力になることなら、できるはずだ」
剣を握りしめる。
俺が研いだその剣は、まばゆい光を放っていた。
村外れの森。
ゴブリンたちが唸り声を上げて迫ってくる。十体以上はいるだろうか。
エリナが聖剣を構え、俺は後ろで支援に回った。
「いけっ!」
エリナが斬りかかる。
聖剣の一撃が光の軌跡を描き、ゴブリンを一刀両断にした。
「す、すごい……!」
彼女自身も驚いている。
剣は彼女の力を何倍にも引き上げていたのだ。
その後も次々と魔物を斬り伏せ、群れはあっという間に壊滅した。
戦いが終わり、村人たちは歓声を上げて俺たちを迎えた。
「リオンさんが剣を研いだからだ!」
「エリナさんが勇敢に戦えたのも、あなたのおかげです!」
エリナは頬を赤らめ、俺に頭を下げた。
「ありがとう、リオン。あなたがいなければ、村も私も……」
その言葉に、胸が高鳴る。
勇者に追放された無能の俺が、ここでは確かに“誰かを救えた”。
その夜。
村人たちは焚き火を囲み、酒を酌み交わし、歌を歌った。
エリナは隣に座り、微笑みながら杯を差し出してくる。
「ねえ、リオン。あなたは本当に“無能”なんかじゃないわ。むしろ……すごい力を持っている」
「……そう、なのかな」
俺は空を見上げる。
星々は昨日よりも鮮やかに輝いているように見えた。
勇者に切り捨てられた俺の人生は、ここから新しく始まるのかもしれない――。




