第1話 無能と呼ばれた雑用係、追放される
――王都の冒険者ギルド、その奥にある応接室。
かつては仲間と笑い合い、未来を語ったその場所で、俺は冷たい言葉を浴びせられていた。
「リオン、お前は今日限りでパーティを抜けてもらう」
宣告したのは勇者エルド。金髪碧眼の若者で、神託によって選ばれたとされる“この国の希望”だ。
同じ部屋には、仲間だったはずの聖女、剣士、魔導師たちが並んでいる。だが誰ひとり、俺の味方をしようとしない。
「お、俺は……ずっと皆のために……」
「お前は無能だ。雑用しかできない。剣も魔法も中途半端で、戦場に立てば足手まといになる。正直、もう顔を見るのも鬱陶しい」
勇者の言葉に続いて、聖女マリアが冷ややかに口を開く。
「そうね。回復魔法も私の方が上手いし、補助も役立たないわ。正直、貴方の存在価値って何?」
胸の奥がきしむ。
俺は雑用係として、皆のために身を粉にしてきた。武器を磨き、装備を修繕し、食事を作り、寝床を整える。戦闘では盾を構え、最低限の回復を試みてきた。
それが、俺にできる精一杯だった。
だが――。
「リオン、今まで世話になったな。だがもう必要ない。さっさと出て行け」
勇者の一言で、俺の冒険は終わった。
ギルドを追い出された俺は、ふらふらと石畳の大通りを歩く。
秋風が吹き抜け、鮮やかな紅葉が舞い落ちるのとは対照的に、胸の中は暗く沈んでいた。
「……俺は本当に無能なのか?」
問いかけても、答えてくれる者はいない。
王都の喧騒の中を、俺ひとりが取り残されたような感覚に囚われる。
財布の中身は乏しい。宿に泊まり続ける余裕はない。
行くあてもなく、俺は“辺境”へ向かうことにした。王都から遠く離れた、地図の端にかろうじて記されている土地。人が少なく、魔物の脅威も大きいと聞く。
だが、俺に残された道はそこしかなかった。
数日後。
馬車を乗り継ぎ、さらに徒歩で山道を越え、ようやく小さな村に辿り着いた。
「ようこそ、リーネ村へ」
迎えてくれたのは、粗末な装束をまとった農夫だった。
村は質素で、畑は痩せ、家々は古びている。だがそこには、王都にはない“穏やかさ”があった。
「働き口を探している? なら畑を手伝ってくれ。食事と寝床くらいなら用意できる」
俺は深く頭を下げた。
勇者一行から“無能”と切り捨てられた俺に、こうして居場所を与えてくれる人がいる。
それだけで胸が熱くなった。
畑仕事は過酷だった。
鍬を振るうと、固い土が抵抗し、汗が背を流れる。
けれど、王都で雑用をこなしてきた俺にとって、地味で単調な作業はむしろ馴染み深いものだった。
――不思議なことが起こったのは、その翌日だ。
「おい、見てくれ! 畑が……!」
農夫の叫びに振り向くと、昨日まで枯れかけていた作物が、一夜にして青々と茂っていた。
黄金色の穂が風に揺れ、村人たちの頬を光で照らす。
「な、なんだこれは……? この土地は痩せていたはずだろう」
「リオンが耕した場所だけ、まるで楽園みたいに……!」
驚愕と歓喜の声。
俺は呆然と立ち尽くした。畑を耕したのは確かに俺だが、こんな奇跡を起こした覚えはない。
だが、その瞬間。
頭の奥で、どこか神秘的な声が響いた。
――《汝は“神々の秘宝”を持つ者》
「……っ!?」
眩い光が一瞬だけ俺を包み込み、すぐに消える。
気のせいかと思ったが、畑に広がる豊穣の光景が、それが現実であることを示していた。
「リオンさん! あなたは神に選ばれし人なのかもしれない!」
「これで村は救われる!」
村人たちが俺を囲み、口々に感謝を告げる。
勇者に“無能”と呼ばれ、追放されたはずの俺が――今、確かに誰かの役に立っていた。
その夜。
村の焚き火を囲みながら、俺は空を見上げた。
満天の星々が瞬き、まるで俺を祝福しているように輝いている。
「無能、か……。いや、もしかすると……」
勇者が切り捨てたものは、実はとんでもない“力”だったのかもしれない。
畑に続き、他の作業でも同じような奇跡が起こるのだろうか?
そんな予感に胸が高鳴る。
静かに暮らすはずが――もしかすると、俺の人生はここから大きく動き出すのかもしれない。