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イチャイチャ その2

 ――柔らかい。


 目が覚める直前、俺の脳が弾き出した感想はそれだった。

 何か、非常に柔らかくて、それでいて弾力のある上質な何かに包まれている感覚。


 シモ◯ズの高級ベッドのような?

 いや、ここは地方のドン◯の応接室だ。そんな代物があるはずがない。


 だが、この鼻腔をくすぐる甘い香り。

 そして、腕の中に伝わる確かな体温。

 こいつらが俺の覚醒をあえて遅らせようとしてくる。


 ……あぁ、これいいわぁ。

 ずっとこうしてたい。


 俺は無意識に。

 手元にあるその「柔らかい何か」の感触を確かめるように。


 指先を動かした。





 ――もみ。





 ふにょん。





 あ……わぁい、柔らかぁい。




 柔らかい、マシュマロのような感触。

 そして、



「ん……っあ……」



 吐息のような甘ったるい声が漏れた。



 ……なんだ、今の音?


 少し気になったが、それ以上にこの指に吸い付くような質感がたまらない。

 俺の掌に収まらないほどの柔らかい何か。


 しっとりすべすべ。

 つるつるでぷるぷる。


 俺はこの感触を楽しむべく、さらに深く、力強く、それを揉みしだいた。



 ――もみもみ、もぎゅっ。




「……んぁっ……!」




 ……『んぁっ……!』? え? 喋った?




「ちょ、望月……っ! いきなり、そんな……っ」


 聞き覚えのある声に、ようやく俺の意識が浮上した。

 重い瞼をこじ開ければ、そこには。



 サラサラの銀髪。

 少し汗ばんだ真っ白い肌。

 潤んだ紅い瞳。



「……何してんのお前?」



 顔をゆでダコのように真っ赤にした茜が、至近距離で俺を凝視していた。


「なに、じゃないわよ! 起きた!? 起きたわね、このセクハラ上司!!」


 茜はテンパりながらも、なぜか俺の腕を振りほどこうとはしない。

 視線を落とせば、俺の手は茜の――そう、非常に自己主張の激しい胸部を、文字通り鷲掴みにしていた。

 しかも布団の中で二人、抱きしめ合うような格好。



 そして、なぜか全裸。



 ……なるほど? あーね? またそういうパターンね。


 いや、なんでだよ。


「……あー。なんでお前、俺の布団の中にいんの?」


「貴方がいつまでも起きないから起こしに来たのよ! いくら声かけても起きないし、起こすために色々やったけど全くだし! それで、疲れてるのねって、顔を覗き込んだ瞬間にいきなり引きずり込まれて……っ」


 茜は口調こそ荒いが、目は完全に泳いでいる。

 待て、色々やったってなんだよ。


「……貴方、確信犯よね? 寝ているふりをして、私を誘い込んだのよね?」


「……いや?」


「い、いいわよ、もう。貴方……望月がその気なら、私は、こ、拒まない。むしろ、光栄、というか……こういう無理矢理っていうのも? 嫌いじゃないし?」


「……うん?」


「あれ、待って? ここで既成事実を作って、望月の戸籍に私をねじ込んで、周りに言いふらして逃げられないように外堀を埋めれば……」


「……おい」


「ふふ、これで私も、おとなの階段を全速力で駆け抜けて……っ」


「……」


 俺が寝起きでろくに反応しないのをいいことに、何やら恐ろしい方向へトリップし始めた。


 戸籍とか外堀とか、こいつ何怖いこと言ってんの?

 朝っぱらから物騒なこと言うなよマジで。

 つーか、なんでまた全裸なんだよ。

 しかもお前も。

 いや、ありがたいけど。


 と、内心でツッコミを入れつつ。

 でも、未だに掌に伝わるというか全身で感じる「柔けぇ……」という確かな感触だけは、しっかり脳のメモリに保存しておくことにした。


 ちらりと視線を下にずらす。

 うむ。さすが戦闘力バストサイズ95、感触そしてこの迫力。

 ここには書けないような《《あれ》》や《《これ》》や、その他諸々、数値に偽りなしである。

 あの《備考》は正しかったんだ!

 もみ。


「あん……ね、ねぇ? は、恥ずかしいから、その、あんまり見ないで……」


「あー、悪かった。寝ぼけてたんだよ」


 いや寝ぼけて全裸ってなんだよ。

 なんで乳もんでんだよ、意味分かんねぇよ。

 もみもみ。


 俺はそう言って、最後にダメ押しのふたもみをして手を引っ込めた。

 流石にこれ以上やったらマジモンのセクハラになるから自重しなきゃだ。

 既にセクハラ三昧な気もするが、これは完全に不可抗力である。

 本人もなぜか嬉しそうだし、まだ大丈夫だ。

 たぶん。


「……ところで、アリスは?」


「……は?」


 話題を変えようとしたところで、茜の動きがピタリと止まった。


「一応、寝床を共にした仲だしな。あいつ、昨日の夜は随分と情緒がブレブレだったけど、何だったんだろうな? 俺といるとあぁなるとか何とか……」


「……なにが?」


「よく分からんが最後は嬉しそうにしてたし、まぁいいか。で、アリスは今朝は……」


「……アリス? 寝床を、共にした? 嬉しそう? ……ねぇ、モチ月?」


「あ」


 俺が何気なく放った言葉が、部屋の温度を瞬時に氷点下まで下げた気がした。


 さっきまでうるうる乙女な茜の紅い瞳からハイライトが消える。

 ただでさえ大きな目がグワッと見開かれ、底知れない暗い色がじわりと広がる。


あ、これ知ってる。昨日と同じやつだ。


「……ねぇ。ねぇ? モチヅキ、ねぇ?」


「な、なんだ?」


「……あいつの、どこが良かったの?」


「え、いや、別に良いとか――」

「そうよね良くないわよねねぇ私のほうが柔らかいよね私のほうがモチヅキのこと見てるよねなのになんであんな奴と一晩同じ部屋で過ごしただけで――







 ――――そんな、親しげなの?」





「は?」



 ぎゅるり。


 茜の腕が、ぎゅるりと一瞬にして俺の首に回される。


 ぎ、ぎ、ぎぎぎ。

 ぎりぎりぎりぎりぎり。


「っ、ぁ、がっ……!?」


 ぎりぎりと締め付けられるそれは、抱擁というよりもはや絞め技に近い。


 ちょ、待て待て!

 もう朝だってのに、なんでこいつこんな力が……!

 吸血鬼の朝弱い設定どこいった!?


「ねぇ、あいつ、何かした?」


「が……っ……」


「モチヅキの心に、余計な種でも植え付けた? もし、そうなら、私……あいつをズタズタにしてくるわ」


「……っ、ま、まてっ」


 首を締め付ける茜の腕を外そうと、俺はすぐさま手を上げて――



「無駄よ」


 ふにょん。

 ぷるん。



「……んな!」



 ……ダメだ。


 ダメだダメだダメだ、ちくしょう……!



 ――俺の手が、《《ふにょん》》と《《ぷるん》》に行く手を阻まれてしまった。



「貴方の中にはね、《《私》》がいるの」


 き、急に恍惚とした顔で何言ってんだこいつ。


 もみもみ。


「私の血が、貴方の中には流れてるわ。ふふ、だから、それを血液魔法で操作して……ね?」


 だから昼間は弱い吸血鬼でもこんなに力が……! いや、俺の身体が操作されてる!?

 つまり、この《《ふにょんとぷるん》》を揉む手が止まらないのも……!

 もみもみ。


 流石百年を生きる吸血鬼!

 攻防共に隙がない! なさすぎる!

 もみもみもみんちょ。柔らかっ!


「ねぇモチヅキ聞いて? 私のモチヅキでしょ? だったら、貴方の意識からあいつを消し去るために」


 至近距離。

 甘い吐息が鼻に口にかかる。


「その記憶ごと――私が塗り替えてあげようか?」


 弧を描く湿ったピンクのぷるぷるの唇。

 少しも微動だにしない昏い瞳が、刺さるように俺を見つめてくる。


「っ……ま、まて……あか、ね……!」


「ねえ……何か、言ってよ。なんで、黙ってるの。疚しいことでもあるの、あいつに何言われたの何話したのなんて声かけたのねえねえねえモチヅキ」






「――貴方の全部、もう、私のものよね?」






「あぁぁぁぁ! うぜぇっての!」

「きゃ、いや、ちょっ、あはは、くすぐったい! あははは、や、やめてっ……!」



 流石にこれ以上は色々アウトだろ!

 なぜかって?

 コンプライアンスに引っかかるからだ!

 このまま行くとこまで行きたいけども、なし崩し的に部下に手を出すと……あとでかなり面倒くさそうだし。特にこいつの場合。


 血の呪縛を根性で弾き飛ばし、《《ふにょんとぷるん》》――いや、あえて言おう、茜のおっぱいだ――からの魅了に打ち勝った俺は、手の位置をずらしてそのまま茜の脇腹をこれでもかとくすぐる。


「分かったから一旦離せ! つーかいい加減にしろよお前! あいつはもういないのかって聞いてんだよ! 物理的な所在の確認! お前脇腹もすべすべぷにぷになのな!? うわすっげぇ!」


「あははは! ちょ、も、望月、やめてったら……! 私、脇腹弱いのよ、あはは――んっ……あん」


 ここか、ここがええのんか!

 と、茜が身体をくねらせて声色が変わり始めたところで――


 「……二人とも」

 

 入り口から、冷ややかな声。


「え?」

「あん」


 撫で回していた手を止めて、バッと入り口の方を見やる。

 そこにいたのは、


「こんな朝から、お二人は、一体、何を、やっているんですか?」


 能面のような感情が何も読み取れないような表情の、梅野さんだった。相変わらず神乳である。

 

「う、梅野さん……いや、違くて。違うんです、そういうんじゃないんです」

「望月ぃ、ねぇ、もっと……」


「へぇ……違うんですか?」


冷凍マグロのような目。


「お前馬鹿、変な声出すなよ! 誤解されるだろうが! 梅野さん、違うんす。これは、その、不可抗力というか。茜が、その……」

 

「……茜さん。様子を見に行ったきり戻ってこないので来てみれば……もうお昼ですよ。いつまで堪能しているんですか」


 堪能。

 堪能?

 その単語のチョイスに俺の顔が引き攣る。


 そういや俺が全裸なのも、また茜がやったんだよな。

 茜のやつ、俺が寝ている間にナニを堪能してたんだよ。

 しかも、どんだけ時間をその堪能に費やしていたんだ。

 

「それと、望月さん?」


「は、はい! なんでしょう!?」


 冷たい、氷のような冷たさの視線。


「お盛んなのは結構ですが、ここには色んな人がいるんです。いい年した大人なんですから、ちゃんとしてください」


「はい……いや、はい、すみません」


「そういう事するなら……せめて、鍵くらいはかけてください。……あと、服を着てください」

 

 憐れみと呆れの混ざった視線を残し、梅野さんは去っていった。



 ――終わった。


 俺の、この避難所での社会的地位が、今、跡形もなく消滅した。



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