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縋る女とホストのような

 あー……頭が痛い。


 身体的にじゃなく精神的に。

 今日だけで何回、頭抱えなきゃいけないんだ俺は。


「アネモネ、君は何をそんなに怒っているの?」


「あんたのそういうところよ!」


 勇者と茜。


 ……なんなのこの状況。

 やっと竹原のクソ野郎を潰したと思ったら、今度は勇者とか訳分からん化け物がしゃしゃり出てきて。

 うちの新人もいきなり襲い掛かるし、本当になんなの?

 マジで意味分かんねぇよ。


「……望月さん」


 そんな俺の内心のボヤキを読んだかのように、横から静かな声がかかった。


「松下さん……」


 松下さんは怪我を庇うようにしてヨロヨロと立ち上がる。

 相変わらず満身創痍だが、それでも姿勢を崩してない。


「あの勇者と名乗る彼、アリスティアさんと吸血鬼……いえ、茜さん、でよろしかったですか」


「あぁ、さっき名前をつけてやったんですよ。仲間にするなら新しく名前つけろって言われてて」


「……いい名前ですね。さておき、その茜さんはなぜあれほど? アリスティアさんとは知り合いのようですが……」


 そうか。松下さんから見たら、いきなり茜が激昂して斬り掛かってるように見えるよな。


 俺は茜の事情を――と言ってもそこまで詳しく知らんけど――掻い摘んで松下さんに教えた。

 松下さんは少し考えて、


「なるほど……では、先ほどからの叫びを聞くに二人は男女の関係、だったのでしょうかね」


「……さぁ?」


 正直考えたくはない。

 部下の痴情のもつれとか知らんし。


「であれば、そこへ口を出すのは野暮、というものですか……」


 松下さんはそんなことを言って、何とも言えない顔をする。


「いやいや、野暮とか言う問題ですかね……?」


 松下さんと二人並んで、未だに戦っている二人を眺める。

 俺たちの視線の先では、戦っているというか、突っ立ってる勇者に茜が一方的に攻撃してるというか。

 戦闘とも痴話喧嘩ともつかない何かを続けている。


「なんでよ! 私たちあんなに――」

「覚えてないかな――」

「あんたはいつもそう! そうやって――」

「必要なことだったからじゃないかな――」


 感情に任せて叫ぶ茜。

 それを勇者は困ったように受け止め……てはないなこれ。


 聞こえてくる会話は、やっぱり全く噛み合ってない。

 というか、茜が痛い。痛すぎる。


 まるでホストに縋る勘違い女と、営業トークを一切覚えてないホストみたいな返しだな。


 俺は思う。


 ……茜って、もしかしなくても重い女かもしれん。


 勇者のこと好きすぎじゃね?

 ちょっと命の危機を助けられただけで?

 憧れの勇者だから? イケメンだからか?

 それだけでここまで?


 たかが騙されて売られて奴隷になったくらいで、あんな親の仇みたいに詰めるかね。

 どうせ全部、自業自得だろうに。


 そういや竹原にも恩がどうとか、ずっとうるさかったもんなあいつ。


「うわぁ、考えるだけでめんどくせぇやつじゃん……」


 またか。またなのか。

 そっち方向でもまたこういうの仲間にしちまったのか俺。


 見た目が滅茶苦茶良いから気にならなかったけど……改めて冷静になってみると。


 ……ハズレか、こいつ?

 もう魅了も使えねぇし。


「そういえば……先ほどの勇者さんから受けた圧、プレッシャーですが」


 俺はちらりと勇者を見る。

 さっきの突然襲ってきた意味が分からない圧力。

 影山が一瞬で落ちたあれ。


「あれは……スキルではありません」


「……は?」


 思わず間抜けな声が出た。


「私の魔眼にはそう、映りました。魔法や特殊なスキル発動の兆候もなかった。ただ――」


 松下さんは少しだけ言葉を選んで、


「魔力をただ、放出しただけのようです」


「……マ?」


「ええ、マジです」


 俺は無意識に乾いた笑いを漏らしていた。

 スキルも何もない。

 ただ魔力を出しただけで、あれ。

 戦う準備とかそういう以前の。


「……マジモンのバケモンじゃん」


 マジでレベルが違いすぎるわけだ。

 なんでそんな奴がこんな地方のドンキにいるんだよ……。

 そんで、そんな奴にうちの新人は喧嘩売ってるわけだが。


「ともあれ、彼が何者であれ彼女たちの関係がどうあれ」


 松下さんは目の前の光景を見ながら続ける。


「最初から暴力に頼るのはいけません。そもそも、彼ははまだ何もしていない。ただ魔力を放出しただけ。竹原くんに何を《《しようとしていたか》》、それすらも分からない段階です」


「そりゃごもっとも、です」


 俺は即答した。

 反論の余地はない。

 大人の意見だし、警察官としてと言うより人として正論だ。

 ……正論なんだけど。


「早く彼女を止めなければ、取り返しのつかないことになります」


「まぁ、勇者が痺れを切らして本気になったら、と考えたら……そうですね」


 あの何考えてるかわからない勇者が「もういいや」って剣を振るだけで、ここにいる全員死ぬ可能性が高い。


「なので、望月さん」


「はい」


「茜さん、止めてください」


「はい……え? 俺がやるんすか!?」


「はい。茜さんはあなたの部下です。部下のやらかしは上司に責任があります。故に――」


「俺の責任……」


「はい、そうなりますね」


「いや、俺のせいじゃなくね!?」


 こうやって話してる間も、茜は大技を繰り出しては勇者にいなされ躱され続けている。


「――だから!」


 相変わらず茜の声だけが浮いている。

 完全に元カレに縋る捨てられた女ムーブだ。

 まぁ、本当に元カレなのかとか知らんけど。

 どっちでもいい。めんどくせぇ。


「――アネモネ」


「……っ!?」


 茜が再び血の霧を展開しようとした、その時。


「もう、いいかな?」


 アリスティアが、ぽつりと。


 風が吹いた。

 また、一瞬で血霧が晴れる。


「そろそろ、悪を裁きたいんだけど」


 穏やかな声で。

 まるで、夕飯の時間を気にするみたいに。

 当たり前のことを言うみたいに。


「ふざけっ……!」


 茜はまだ懲りずに動こうとする。


「ほら、望月さん。今がチャンスです!」


「あぁもう! そんな背中をグイグイ押さないでくださいよ! つーか力強いなあんた!」


 この人、さては色々めんどくさくなったな!


 グイグイと血だらけの手で背中を押され、しょうがなく俺は前に出る。


 そして


「はい、ストォォォップ!」


 俺は両手を上げて叫びながら無理矢理二人の前へ割り込んだ。

 ぱっと見でホストと勘違い女にしか見えない二人の間に入るように躍り出る。


 出たくないけど、松下さんが後で無言の圧かけてくるんだもの。


「はーい、作業中止! 現場判断での勝手な独断行動は禁止でーす! はい終了! 撤収!」


「なによ望月! 邪魔しないで!」


 茜が明らかに苛立った声で俺を睨みつける。

 さっきまでの殺意マシマシの鬼気迫る顔から一転、今度は完全に感情が前に出てる。


 あー、はいはい。

 その顔、その態度。

 完全にキレ散らかしてるけどな、誰に物言ってんだコラ新人。


「あ゛ぁ゛っ!? 邪魔するに決まってんだろヴォケがっ!!」

「……んなっ!?」


 思ったよりメッチャ低い声が出たことで、ビビったのか茜の勢いが若干弱まる。

 俺はため息をついて茜にビシッと指を差しながら言う。


「お前さぁ、何してるか分かってんの?」

「わ、分かってるわよ! だから邪魔よ退いて!」


 即答。

 しかも声デケェよ、うるせぇな。


「私はそいつに――」

「分かってねぇから言ってんだよ」


 あ、なんかイライラしてきた。

 もういいや、遠慮しない。


「なぁ、茜。いくつか確認させてくれ」


「な、なによ……」


 俺は指を一本立てる。


「俺、さっきお前に攻撃していいって言ったか?」

「……」


「そうだな、言ってないよな?」


 二本目。


「それどころか、待てって言ったよな?」

「……っ」


「そんで三つ目な」


 畳み掛ける。


「この現場、周り見てみろよ」

「……!」


「まだ一般人も、警察官も、負傷者もいるよな?」


 茜の視線が動揺したように一瞬、泳ぐ。


「次、四つ目ー」


 よし、怯んでる内にどんどん詰めていこうか。容赦しない。


「相手が何者かも、何が目的かも分からない状況。その状況でいきなり首狙って斬りかかるのってさ」


 ここで一拍置く。

 こういう時は発言を少し溜めて、相手に考える余地を与えるのが《《みそ》》だ。


「――社会人として、人として……どうなの?」

「で、でも私はっ……!」


 茜は何か言おうとして口を開くが、


「お前は魔物だ、っていうクソみたいな屁理屈は認めんぞ」

「……」


 言葉が出ない。


「ほら、納得できるまともな理屈があるなら反論してみろよ」


 淡々と。


「お前さ……『ムカついた』『許せなかった』

『裏切られた』『信用してた』だっけ?」


 大袈裟に肩をすくめて、やれやれ感を出してやる。


「残念だけどそれ、全部理由にならないんだわ」

「……でも!」


 やっと絞り出した声。


「私は……!」

「はい、その『でも』も禁止な」

 

 だが、即遮る。


「感情論は今いらない。今ここは戦場でも修羅場でもなくて――職場なんだわ」


 茜の肩がぴくりと揺れる。


「分かる? 仕事するところ。OK? で、お前さ。さっき俺に正式雇用されたよな?」


「……っ、だ、だったら何よ!」


 こいつ、マジでわかってねぇのか。

 正式雇用されるってことが。


「『だったら何』、だと? だったら……上司の命令はちゃんと聞けよ」


「はぁ!?」


「俺、言ったよな? それが嫌なら今すぐ退職願い出そうか」

「な――!」


「今すぐだぞ?」


 淡々と、事実だけを並べる。

 実際、こいつの面倒くささに気づいた今。

 こいつにゴブ太郎が重なって、内心ではまた天秤が揺れていたりする。

 欲しかった魅了の魔眼も手に入らなかったし、他のスキルはピーキーすぎて別にいらんし。


「正式に雇用されて、お前はもううちの社員として登録されてんの。じゃあ守るもんも分かるよな?」


 ゆっくり、指折り数える。


「命令系統。現場判断。安全確認。それ全部すっ飛ばして突っ込むの、新人が一番やっちゃダメなやつだぞ」

「……っ」


「し、か、も!」


 さらに追い打ち。


「相手がはるか格上なの、もう十分に分かったよな? 分からないとは言わせねぇぞ」


 何故かニコニコしている勇者の方を顎で示す。


「勝てない相手に勝算もなく突っ込んで、あまつさえ味方ごと巻き込みかねない攻撃を連打」


 盛大に溜め息を漏らしてやる。


「これ、俺が上司じゃなかったらどうなってると思う?」

「……」


「クビだよ。ク・ビ! 即。解雇解雇」


 きっぱりと。

 首切りのジェスチャーを交えて言ってやる。


「理由? 危険行為、命令違反、現場混乱の欲張り三点セットだから」


 茜は完全に黙り込んだ。

 拳は強く握ってるけど、もう前に出てこない。


「あぁ、だけど勘違いすんなよ」


 ここで少しだけ声を落とす。


「お前の感情を否定してるわけじゃない。お前がムカつくのも、許せないのも、分かるよ」


 茜の目を見ながら。


「お前もいろいろと辛かったんだろう。悔しかったんだろう。怖かったんだろう。それは、分かる」

「望月……」


 そこで、敢えて言う。


「――でもそれ、今やることじゃないよな?」

「……っ」


「今、関係ないよな?」


 沈黙。


「あのな、言っとくけど今のお前」

 

 この辺でとどめさしとく。

 真っ直ぐ見る。


「今のお前、ただのクソめんどくさい女だぞ」


 よし言った。言い切ってやった。

 茜の目が見開かれる。


「な――!」


「重い。痛い。周り見えてない。お前が一番嫌いそうなタイプのムーブ、今まさに自分でやってるよな」


 完全に黙った。

 よし、効いたな。


「正義でも復讐者でもなくて、ただの入社一日目の職場でいきなり感情爆発させた、『厄介な新人』なんだわ」

「……っ!」


 茜の紅い瞳がじわじわと潤んでく。

 下唇をキュッと噛んで、今にも泣き出しそうだ。


「ほら、もう分かっただろ?」


 俺は顎で示す。


「自分がどんだけ迷惑かけたか。分かったんならさっさと戻れ。俺の横に」

「……」

 

 一瞬、迷って。

 茜は血霧を小さく揺らしながら、しぶしぶ戻ってきた。


「……なによ。そんな正論で詰めなくても……私だって……」


 こいつ、しぶといな。

 まだ何かあるような、ブツブツ言いながら唇を噛んでやがる。


 だったら――


 そこで、俺はぼそっと言った。


「……あんま我儘言ってるとさ」


 一呼吸。


「もう――」


 隣に来た茜の耳元で、囁くように。


「――キス、してやらないぞ」 


「………………」


 一拍。

 本当に、一拍。


 茜の動きが、完全に止まった。


 ついさっきまで血霧を撒き散らしていた吸血鬼はどこへやら。

 目を見開いたまま、瞬きすら忘れて。


 茜は硬直している。


「…………………………え?」


 間の抜けた、抜け過ぎた声。


「……き、き、き、きす……?」


 ぽつりと、聞き返すように。


「そ。キスしてやんない」


「な、なななななな――っ!?」


 茜の顔が分かりやすいくらい一気に赤くなった。

 耳の先まで真っ赤……いや、首筋までいってんな。

 真っ白い綺麗な肌が、見事に茜色に染まってる。


「なに、なに言って……! 貴方なに言ってるの!? そ、そそそそんな話、今関係ないでしょ!!」


 言いながら視線が定まってない。

 俺と目が合いそうになるたびに、露骨に逸らして照れてんのかお前。


「キスっつーか、血の話な? 報酬。そんなに勝手なことするなら給料払わねぇぞって」


「べ、べべべつに? き、ききキスとか、私はそんな別にそんな……っ!」


 さっきまでの殺気はどこ行った。

 代わりに出てきたのは、完全に動揺した小動物だ。


「……あれ?」


 俺はわざと首を傾げる。


「俺とのキス、嫌だった?」

「い、いやっ! 嫌とかそういう話してないですが……!」


 即否定。 否定が速すぎるだろ。

 口調も変わってんぞ。


「ただその……っ」


 茜は口ごもりながら俯いて、無意味に指先をもじもじさせる。

 足元の血霧も心なしか薄くなってきた気がする。


「……い、今! 戦ってる最中に、そんな……不、ふ、不真面目なこと言われても……」

「へぇ」


 俺はにやりと笑う。


「じゃあ真面目な時ならいいんだ?」

「ち、違っ――!!」


 あ、噛んだ。

 もうダメだな。もう戦闘どころじゃない空気になっただろ。

 だが、まだ止めない。


「……お前さ」


 少しだけ声を落とす。


「さっき俺の血吸った時、めちゃくちゃ唇に吸い付いてきたよな」

「~~~~~~っ!!」


「しかも、こっちは傷だらけの瀕死だってのに、離さないと言わんばかりに抱きしめて」


「何回も何回も求めてきて……」


 茜が両手で顔を覆った。


「言わないで! 思い出させないで!!」


 血霧がぶわっと噴き出すが、勢いはない。  完全に照れ隠しのそれだ。


「なぁ、そんなに良かった?」

「〜〜〜〜っ、もうっ!!」


 茜は悔しそうに俺を睨みつける……が、目が潤んでいる。

 顔が真っ赤だ。

 ちょっと前まで俺を殺しかけてた吸血鬼が、

いまは告白を待つ中学生みたいになっている。

 かわいい。全然怖くない。かわいい。


「……ばか」


 小さく、そう呟いて。

 それから、しぶしぶ俺の横にぴったりと戻ってきた。


 肩をすくめながら、ぽつり。


「……ねぇ、その……。ちゃんと、言うこと聞くから」


 小さい声で、恥ずかしそうに。

 潤んだ紅い瞳が俺を見上げて。


「だから……」


 ちらっと俺と目が合って、でもすぐに目を逸らす。


「……その…………それは、取り消しで……、お願いします……」


 はい、完全に堕ちた。

 完全にただの扱いやすい新人だな。

 チョロすぎて助かったわ。


「よし、じゃあ大人しくしてろ」


 俺は大人しくなった茜に満足して頷いた。


「ねぇ……もういいかな?」


 勇者が困ったような顔をこちらに向けてる。


「望月さん……あなたは……」


 松下さんも額に手を当てて。

 

 なんでだよ。

 あんたが止めろって言ったんだろが。


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