勇者
――君たちがやらないなら。
駐車場に澄んだ声が響いた。
――僕がやるよ。
その場違いな声にみんなの空気が止まる。
全員が同時に振り向く。
白線の引かれたコンクリートの上。
月の光を背にして、いつの間にか一人の青年が立っていた。
背丈は俺より少し低く、百七十センチくらいか。
青く、さらさらとした髪。
琥珀色の瞳。
透き通るような白い肌。
鼻筋は通っていて、整いすぎているくらい整った顔立ち。
柔らかな笑みを浮かべているのに笑っていないような、どこか距離を感じさせる。
額にはサークレットのような金属の輪。
ちょうど額の中央に、青い大きな宝石が嵌め込まれている。
赤い――バカみたいに派手で、明らかに高そうなマント。
その下には金糸の刺繍が施された、聖職者めいた衣装。
腰には、厨二心を全力でくすぐる龍の意匠が彫られた鞘。
そこから覗く剣の柄だけは、不思議なほど質素だった。
そして足元だけが浮いている。
なぜかコンバットブーツ。
――なんだこいつ。
ガチのコスプレイヤー?
それとも、どこかのイベント帰り?
ドラ◯エに出てきそうな格好しやがって……ちょっとかっこいいと思ってしまった。
理解が追いつかず言葉を失う俺の横で、なぜか茜が硬直していた。
目を見開き、かと思えば苦虫を噛み潰したような顔になる。
……あ?
この反応、もしかして知り合いか?
言われてみれば異世界の人っぽいもんな。
沈黙の中、松下さんが一歩前に出た。
「……失礼ですが。あなたはどちら様でしょうか」
青年は少しだけ目を丸くした。
「ああ、そうか。普通は名乗るのが先だったよね。注意されたばかりなのに、また忘れていたよ」
そう言ってこちらへ数歩近づく。
「こちらは僕のことを知らない人間ばかりで……少し慣れないね」
その足音は妙に軽かった。
「僕の名はアリスティア。《《ただの》》アリスティアさ」
「ただの?」
俺の呟きにコイツはにこり、と笑う。
「そう、《《ただの》》。親しみを込めて、アリスって呼んでくれても構わないよ」
うん、分かった。
こいつの距離感無理だわ。
めんどくさそう。
「……そのアリスティアさんが、何のご用件でしょうか」
「アリスでいいのに。まぁいいや。うん。さっきも言ったけどね」
青年――アリスティアは、地面に転がる竹原をちらりと見た。
「君たちがやらないなら、僕がやろうかなって」
「……何を、ですか」
「? 僕がやることなんて決まってるでしょ?」
「だからそれを聞いてんだよ」
「悪を裁くんだよ」
いちいち勿体ぶった言い方に俺は思わず口を挟んでしまうが、今度は即答だった。
悪を裁く、ときたか……。
俺は竹原をちらりと横目に見る。
悪、ね。
あぁ、やっぱめんどくせぇわコイツ。
松下さんがわずかに眉をひそめる。
「失礼。あなたが誰を、裁くと?」
「そこの悪だよ」
指差された先には気絶したままの竹原。
「……理由をお聞きしても?」
「うん?」
アリスティアはまたしてもキョトンとた顔。
そして、少しだけ考える素振りを見せる。
「……理由、必要?」
「必要です」
「そっか」
納得したように頷き、それから言う。
「悪だから、かな」
「……」
松下さんの顔がスンッとなった。
短い付き合いだけど松下さん、今絶対イラついてるぞこれ。
黙ってしまった松下さんに代わり、俺が前に出る。
「なぁアンタ。急に出てきて裁くとか何言ってんだ。こっちはもうクタクタなんだ。余計なことすんな」
「うん。大変だったね」
「いや、同情いらねぇんだけど」
ヤベェな。話が噛み合わない。
「おい、言ってること分かるか? 部外者がしゃしゃり出てくんなって言ってんの」
「ねぇ、僕が名乗ったのに君たちは名乗らないの?」
「あぁん? なんだとコラ」
くそ、噛み合わなさすぎてイライラしてきた。
「あれ? 名乗られたら名乗り返す、当たり前のことだよね。そういう礼儀とか知らない?」
「……」
「《《こっち》》ではそういうの無いのかな? あれ? 聞いてるの? ちゃんと会話しようよ」
……あかん、キレそう。
コイツ、竹原とはまた違った方向でイカれてるくさい。
「……失礼しました。私は松下といいます。それで、アリスティアさんは――」
「アリス」
「……はい?」
「だから、アリスって呼んで構わないよ」
「……」
何だコイツ……あの松下さんが圧倒されてる。
マジで意味が分からない。
さっきから自由すぎんか?
「……松下さん、こいつ何言ってんですか?」
「……私にも、少々」
そのとき。
「――何しに来たのよ、アリス」
隣の茜が低い声で言った。
俺の前に出る。
さっきまでのポンコツ吸血鬼は影も形もない。
敵意を隠そうともしていない表情。
アリスティアはその声に首を傾げた。
「……」
何も言わない。
首を傾げたまま動かない。
ん、なんだ?
コイツラ知り合いなんじゃないのか?
「……ああ」
アリスティアはようやく思い出したように、ぽんっと手を打つ。
「君、誰かと思えばあの時の吸血鬼……」
「何しに来たのかって、聞いてるのよ!」
茜が叫ぶ。
今にも掴みかかりそうな勢いだ。
「おい、茜……?」
「……やぁ。数日ぶりだね」
アリスティアは変わらずに笑みを浮かべたまま穏やかに言った。
「逃げられるとは思わなかったけど」
「……っ!」
茜の肩が震える。
「せっかく奴隷に落としたのに」
その言葉に、場の空気が凍りついた。
「……おい。今、なんつった?」
俺が低く言う。
「まさか、あのタイミングで転移するとはね。……まぁ、君もそこの悪に『魅了の魔眼』を奪われて、魅了されて」
アリスティアは淡々と続ける。
「これで、今まで君が魅了してきた被害者の気持ちも、少しは分かったんじゃないかな?」
ニッコリと笑う。
「良かったね」なんて言いながら。
……あ。
こいつか。
茜が言ってた――
茜を騙して、売った勇者。




