勝者と
避難所内。
静寂が戻った空間で、俺と吸血鬼――茜は二人仲良く並んで座っていた。
と言っても、俺と茜の間には先ほどとは違い人一人、いや二人分くらい空いているが。
遠くで鐘を鳴らしたような音がカンカンと響き渡っている。
松下さんと竹原の戦いも決着がついたようだ。
けれども……沈黙が、痛い。
「……あー。なんだ。……あっちも終わったみたいだな」
俺は、先ほどまでの「接吻」を脳内の隅に追いやりながら、冷静を装って言った。
正直、身体のあちこちがズタボロだ。
だが、それより目の前の銀髪が醸し出す空気がやばい。
「…………」
茜は顔をこれ以上ないほど真っ赤にして、俯いたまま微動だにしない。
「おい、茜。まただんまりか? 」
「……」
「茜、おーい」
「……」
「茜ぇ? ほら、必要ならまた『魔物通話』してやろうか?」
少しからかうように言うと、茜が弾かれたように顔を上げた。
「そ、そんな『茜』『茜』って言わないでよ!」
「えぇ……? なんでだよ」
あ、本当は嫌だったのか?
結構真面目に考えた名前だから、ちょっとショックだぞ。
「違うの! まだ慣れてないのよ! 素敵な名前で……は、恥ずかしいの! わかるでしょ!? わかるわよね!? わかりなさいよ! デリカシーないわね馬鹿!」
「馬鹿ってなんだよ。名前を呼ばれる度に定義されるんだろ? また魅了されて拗ねられたら嫌だし、だからしっかり定義してやってるんだよ。『茜』、『あかね』、『アカネ』〜? あ、顔が赤いからちゃんと定義されてるってこと?」
茜という名にふさわしいくらい顔真っ赤だし。
「〜〜っ!! 貴方、ほんっとにいい性格してるわね!」
「そんな褒めんなよ。褒めても……血しかあげられないぞ〜? また口移しであげたほうがいいか〜?」
視線を合わせず怒鳴る茜に、ニヤニヤと笑いながら言ってみる。
「く、くち……!? え、その……ていうか、な、なんでそんなに余裕そうなのよ、貴方は!!」
「余裕? いや、全身ダルくてそんなんないけど」
「そうじゃないわよ! さっき、その、……したじゃない! 」
「した? なにを?」
「〜〜〜っ!! ききき、キスよ! キス! 私たち、き、き、キスしたのよ!?」
「あー、まぁ、緊急避難的なアレだしな。魅了解除のためには一番手っ取り早かったし」
全身ボロボロだし頭殴るのも億劫だったしな。
頭の魔力を飛ばせばいいなら、俺の魔力で満たせば同じことだろうし。
あとはまぁ……こいつ、こんな性格だからテンパってすぐに表に出てくるだろうって。
「手っ取り早い!? 貴方……私の、初めてだったのよ!? な、なのに『くらい』ってなによ!」
茜が涙目で喚く。
……初めて?
百年以上生きてる吸血鬼が?
マジで?
「……お前、処女なのはもう知ってっけど、キスもしたことなかったのか? 嘘だろ?」
「しょ、処女言うなっ! あ、当たり前でしょ! 誰が好き好んで好きでもない男と口づけなんて……!」
「ほーん、好きでもない男とはしないのか、へぇ?」
ニヤニヤ。
顔真っ赤にした銀髪美人。
ヤバいな、見てるだけで顔がニヤけてくる。
「あ、ち、違う! そういう意味じゃない! あ、貴方がっ、すすす、好きって……意味じゃ……!
「なんだ……違うのか……」
ショボーンとしてみる。
「ち、違っ! ……わなくは……ないけど、その……」
顔がさらに真っ赤になる茜。
……何だコイツ。
可愛すぎんか?
つーか……やっぱりこいつチョロすぎる。
人をいじるのは好きなくせに、いざ自分が当事者になると一気にポンコツ化するじゃん。
「はいはい、わかった。お前の初めて貰っちまったのは、まぁ……すまん。ゴチでーす」
「……っ! もう、いいわよ! ほら、応急処置は終わったわ!」
茜がヤケクソ気味に、俺の肩をバシンと叩いた。
「いってぇ!? お前、力強ぇんだからさぁ! 俺が傷だらけなの分かって……あれ?」
確かめるように身体を動かす。
血の矢に貫かれた肩、穴が開いた足の甲、茜に刺された腹、あとは最後にザクザク刺されまくった胸。
そのすべてが、不思議と痛まない。
いや、痛まないつーか……傷口が完全に塞がっている?
「……これ、お前が?」
「……貴方の血と、私の血が、その……たくさん混ざり合ったからよ。今の貴方の中には、私の血と魔力が強く馴染んでるわ。……深い傷でも、私の血を媒介にして強制的に修復させたの」
茜はゴニョゴニョと説明を続ける。
「……それにしても」
茜がそう言って俺の胸元を指で指す。
「そこ、あんなに刺されたのに比較的傷が浅かったのよね……」
「ああ、これか」
俺はザクザク刺されて穴の空いた胸ポケットから、《《傷一つないスマホ》》を取り出した。
「上手いこと盾になってくれたらしい。いや、今度は股間に行かなくてセーフだったわ」
竹原に捕まったときは股間に戻ってきてたもんな。
あの時は……あれはあれでちゃんと大事なものを守られてたから良かったけど。
「不思議ね。壊れないし無くしても戻ってくるなんて……。どうなってるのかしら?」
茜は「魔導具みたい……」とかなんとか言って首を傾げている。
「まぁ、その謎仕様のおかげで助かったんだ。気にしたら負けだ」
「でも、もしそれが無くても……たぶん大丈夫だったわよ?」
いや、スマホが無かったら胸にいくつも穴が空いてたと思うんですが?
「だって……貴方を治すために、私も私の血をたくさん流し込んだし」
以前、彼女が言っていた「錬金術師の話」を思い出す。
吸血鬼の血を摂取しすぎると……ってやつ。
「……これ、もしかして俺も吸血鬼っぽくなるのか?」
「……ええ。貴方くらいの摂取量なら、昼間が少しだるくなる程度よ。その代わり、身体能力や回復力は向上するわ。……い、嫌なら……魔力で分解するけど……」
なんでそんな残念そうなんだよ。
いちいち可愛いなこいつ。
「……いや、このままでいい」
俺は即答した。
「年中寝不足でだるかったブラック時代に比べりゃ、そんなの誤差みたいなもんだろ。むしろ死ににくくなるならラッキーだわ。……福利厚生ってことにしとく」
「……貴方って、本当に呆れるほど逞しいわね」
茜は呆れたように肩をすくめたが、その表情には安堵の色が混じっていた。
「……それより。望月」
「ん?」
「……ウメノ……梅野は? あのコ、大丈夫かしら。私が……私のせいでひどいことを、してしまったから……」
自分のこと以上に梅野さんの心配する茜。
さっきまで俺を殺そうとしていたのが嘘のような、お節介なほどの優しさ。
「大丈夫だ、安心しろ。安全な倉庫で寝かしてあるから。魅了もちゃんと解けてるよ。お前が頑張ったおかげでな」
「そう……良かった」
あの神乳に何かあったらと思うと、俺も気が気じゃないからな。
あと影山もか。
「……つーか、おい。俺の心配よりそっちかよ。上司だぞ、俺は」
「当たり前じゃない! 性格の悪い上司なんかより友達のほうが大事でしょ! あんないいコに何かあったら、それこそ寝覚めが悪いわ!」
性格悪いってなんだよ。
……やっぱり、こいつはこいつだ。
「はいはい。そろそろ行くぞ、茜。仕事の仕上げだ。松下さんも怪我してるんだ、早く治してやらないと」
俺と茜は並んで、ようやく月明かりの差す駐車場へと足を踏み出した。
☆
駐車場へ出ると、空気が一変していた。
白線の引かれたコンクリートの上。
そこに転がる気絶した男――竹原。
そのすぐ横で、松下さんが折れた腕を庇うようにして腰を下ろしている。
スーツは破れ、折れてない方の腕を血だらけで。
それでも背筋は伸びていた。
少し離れた場所には影山。
こちらも腹を押さえながら、壁にもたれかかっている。
「……あ」
影山が先にこちらに気づいた。
「望月さん……それに……」
一瞬、俺と茜を見て言葉に詰まる。
なんだ、複雑そうな顔してるけど……?
「あか……吸血鬼さん」
「……望月さん。終わったみたいですね」
松下さんが穏やかに笑った。
「ああ。なんとか……です」
「そちらも無事そうで何よりです」
無事、ね。
血まみれの俺と、顔真っ赤な吸血鬼を見てよく言う。
俺は苦笑しつつ、視線を下に落とした。
「……で、こいつか」
竹原。
仰向けに倒れたまま動かない。
白目を剥いているわけでもない。
だが、完全に意識は飛んでいる。
「気持ちよさそうに寝ちゃって、まぁ」
――と思った、そのとき。
「……正義が……」
か細い声が、竹原の口から漏れた。
「……俺は……正しい……」
「……」
夢でも見てんのか?
気絶しているくせに口だけは動く。
「……負けるわけ……ない……」
俺は思わず鼻で笑った。
内心、別の感情が湧き上がる。
あ……殴っていいかな。
よく考えたら、俺はこいつに一発殴られたまま、ちゃんとお返ししてない。
気絶してようが一発は一発だし。
俺は無言で拳を握り、意識を飛ばして寝転んでる竹原に、
すっと、振り上げ――
「ちょっと」
た瞬間、手首を掴まれた。
「貴方、何してるのよ」
茜だった。
ジト目で俺を見上げている。
「いや……ほら。寝てても楽しそうだから、夢見悪くしてやろうかと」
「いくら竹原でもダメに決まってるでしょ」
「……チッ」
惜しいことをした。
「……終わったんですね」
影山が少し安心したように息を吐く。
「ええ。彼はしばらく起きません」
松下さんがそう言って、竹原から視線を外した。
「……ですが、問題は山積みです」
その言葉に全員が黙る。
倒れている一般人たち。
竹原に奪われたスキル。
そして――竹原本人。
「……どうするんだ、こいつ」
寝ている竹原を安全靴でつま先で小突きながら俺が言う。
「スキルの件もあるしなぁ……。放っとくわけにもいかないし」
「……ええ」
松下さんが重く頷いた。
「完全に自由にするわけにはいきません。反省も……最後まで見られませんので」
「……やっぱり殺しちゃえば?」
俺は投げやりに言った。
場の空気が、一瞬凍る。
「じょ、冗談ですか?」
影山が慌てて言う。
「まぁ、半分な」
正直、こいつがどうなろうと興味はない。 ただ面倒ごとに巻き込まれたくないだけだ。
「……殺しは、論外です」
松下さんははっきりと言った。
「ですが……拘束し続けるにも限界がある」
「魅了の魔眼も……盗られちゃってもう無いしね」
茜が俯きながら言う。
「他の奪われたスキルもどうなってるか分からないし……」
誰も答えを出せない。
沈黙が流れる。
そのとき。
「――君たちがやらないなら」
聞き慣れない声が駐車場に響いた。
「僕がやるよ」
全員が、一斉に振り向く。
そこに立っていたのは――
見覚えのない青年だった。




