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正義はブレない

 血の霧が、ゆっくりと空間を満たしていく。

 鉄と血の匂いが混じり合い、喉の奥がひりついた。


 ――やっぱり、来た。


 俺は金属バットを握り直しながら、竹原を睨む。


「……吸血鬼を切る、ってことはさ」


 息を整え、言葉を投げる。


「お前、自分で分かってるよな。それって、お前の正義を捨てたってことだぞ」


 竹原の眉がぴくりと動いた。


「結局お前さ、正義だの神だの言ってたけど、やりたいのはただの支配だろ?」


 俺は吐き捨てる。


「力持って、他人を跪かせて、自分が上だって分からせたいだけの――幼稚なクズだよ、お前は」


 なんだかんだ言って、こいつは自分が正しいって泣き喚くガキと一緒だ。

 自分の思い通りにならないのが気に入らないだけの自己中野郎。


 ……まぁ、そう思うよな。

 普通なら。


 だが。


 竹原は――嗤った。


「……ちげぇな」


 低く、ねっとりとした声。


「テメェ、ほんっと頭悪ぃな」


 ゆっくりと、こちらを見る。


「正義はなぁ……《《正しいから正義》》なんだよ」


「……は?」


「捨てた? ブレた? はっ、笑わせんな」


 竹原は胸に手を当てる。


「俺は、最初から何一つ変わってねぇ」


 その目には、確信があった。

 狂気じみた、ある種、信仰のような。


「法も、秩序も、市民も、暴力も、全部! ――正しい側が使うためにある」


「強い者が、選ばれた者が! クズどもが犯した間違いを正すためにあるんだよ」


 俺は思わず舌打ちする。


「で? その正しさのために吸血鬼使うのか?」


 バットを肩に担ぎ、問い返す。


「自分じゃやらずに、お前が嫌いな魔物に殺させて? それも正義だって?」


 竹原は、即答した。


「あぁ」


 迷いがない。


「これも正義だ」


 ぞっとするほど、まっすぐな目で。


「俺が判断し、俺が命じる。そのための道具だ。便利な道具を使うことの、何が悪い?」


「それが最短で、最も確実に《《悪》》を排除できるなら――使わない理由がねぇだろ」


 ……あぁ、ダメだ。


 こいつ、本気でそう思ってる。


「力は、道具だ。道具を使うのが賢い人間だ」


「血を流すのが吸血鬼だろうが、市民だろうが、正義の前じゃ同じだ」


 竹原は、両手を広げた。


「俺は正義を捨ててねぇ。逆だよ、望月」


「俺は、正義を徹底してるだけだ」



 ……なるほど。


 つまり。


 こいつにとっては、

 

――自分が正しいと決めた瞬間、すべてが正義になる。


 俺は乾いた笑いを漏らした。


「……マジで最悪だな、お前」


「はっ! 正義に従わねぇのが悪だ」


 竹原は余裕の笑みを浮かべる。


「話は終わりだ」



「まずいです、望月さん……!」


 松下さんが、低く叫んだ。


 視線を巡らせる。

 駐車場。

 倒れた避難民たち。


「ここで戦うのはまずい。彼女を暴れさせたら――」


「分かってます」


 俺は即答した。


 駐車場に倒れた避難民たち。

 吸血鬼が暴れれば、巻き込まれる。


 だから、ここから引き離す。

 同時に、竹原を自由にさせない。


「松下さん」


 視線を合わせる。


「竹原、お願いします」


「――っ!」


 松下さんが目を見開く。


「望月さん、それは……!」


 被せるように言う。


「吸血鬼は俺が引き受けます」


「無茶です! あなた一人で、彼女の相手は……!」


 正しい。

 応接室じゃ、防戦一方だった。


 あいつにやられた肩と足の傷が、まだ疼いている。

 この状態で夜の吸血鬼とのサシは、どう考えても自殺行為だ。


 だが、それでも。


「……あいつ、俺の部下なんでね」


 俺は肩をすくめる。


「竹原にはああ言いましたけど、やっぱり責任、取らないと」


 最悪、時間稼ぎに徹する。

 その間に松下さんが竹原を無力化すれば、


「ワンチャン、いけっかなって」


「しかし……!」


 俺は、軽く笑ってみせた。


「大丈夫っすよ」


 金属バットを握りしめる。


「松下さんに切り札があるように、俺にもまぁ……色々あるんで」


 松下さんは、一瞬迷い――


「……分かりました」


 松下さんは深く息を吐いて、拳を握る。


「信じます」


 その会話を、退屈そうに竹原が聞いていた。


「話は終わったか?」


 嘲るような声。

 キレたりキョドったりドヤったり、ほんとこいつ情緒が忙しいな。


「うるせぇよ」


 俺は即座に返す。


「自分じゃ何もできねぇチキン野郎が」


「そりゃテメェだ。言っただろ? これも俺の力だ」


 竹原は一歩、下がる。


 血の霧が、吸血鬼の周囲に集まり――


 刃の形を成していく。


 静寂。


 金属バットを握る手に、力が入る。

 松下さんは、拳を構えた。


 吸血鬼は、虚ろな目で――

 

 それでも、確実に俺たちを殺す準備をしている。


 竹原が嗤う。


「吸血鬼、やれ――」


「やれ! 影山っ!!」


 竹原の言葉に被せるように――俺は、叫ぶ。

 

 空気が、歪む。


 一瞬。

 本当に一瞬。


 吸血鬼と竹原の、《《認識が抜け落ちる》》。


 俺と松下さんが、世界からいなくなった。


「なっ――!?」


 竹原の目が見開かれる。


 駐車場の隅。

 倒れていたはずの影山が、血を吐きながら立っていた。


 やっぱりな。

 お前、絶対見てると思ってた!

 だって覗き魔だし!


「……魔力、ないから……!」


 声が震えている。

 限界だ。


「……一瞬しかっ、持ちません……っ!」


 苦しそうに叫びながら、影山がスキルを発動する。


「それで十分! よくやった!」


 一瞬でもいい。

 その一瞬で、決める。


「松下さん!」


「合わせます……!」


 俺が踏み込むのに一歩遅れて、松下さんも踏み込む。

 さすが松下さん、何も打ち合わせしなくても判断が早い。


 竹原の目の前まで、一瞬。

 俺たちは、もうそこにいた。


 俺達が殴ると意識すると同時に、影山のスキルが切れる。


 俺達が、世界に現れる。


「――くっ!?」


 竹原が慌てて叫ぶ。


「《俺を守れ吸血鬼ぃ!!》」


 反応は速い。

 命令は正確。


 血の障壁が、竹原を守るように即座に展開される。


 ――予想通り。


 だが、俺は――


 最初から、吸血鬼しか見ていない。


「狙いはお前だよ、吸血鬼!」


 俺は竹原の目の前から半歩ズレる。


 そこに、松下さんが折れた腕を気にも留めず踏み込む。


「――シッ!」


 息を短く吐き、もう鉄腕じゃない拳を全力で振り抜く。


「上司を困らせてんじゃねぇぞ新人!!」


 俺も金属バットにスキルを乗っけて、吸血鬼の頭目掛けて振る。


 ガキンっ!


 吸血鬼の前にも、血の障壁。


「ですよね! 知ってた!」


 まぁ、さっきみたいにどうせ防がれるよなぁ!


 でも、こいつに主導権握られると、攻撃され続けてジリ貧になるのは目に見えてる。


 だから、防がれても攻撃を続ける――



 ……パキ



 ――そう、思ってたんだけど、



 パキ……パキ……



 障壁に、ヒビが



 ……パキン!



 ――カキィン!!



 乾いた、金属音。


「……は?」


 手応えが、あった。


「……あれ? 割れた?」


 ……なんで?

 攻撃したこっちが困惑する。


 血の障壁が――薄い

 身体が霧になることも――ない。


 吸血鬼の頭に、俺の金属バットが確かにめり込んだ。


 ――ィィィン


 と、余韻を響かせながら、勢い良く頭から吹っ飛ぶ吸血鬼。


 同時に。


 竹原を守っていた血の障壁が、



 消える。



「なん――!?」


 竹原の驚く声。

 その一瞬の隙を、松下さんが逃さない。



 ドンッ!!



 拳が、竹原の頭に叩き込まれる。

 鈍い音。


 だが。


「っ……!」


 松下さんの拳から、血が飛ぶ。


 硬い。

 石頭。


 ダメージは、浅い。


 それでも。


 竹原はよろめいた。


「な、に……何、やってんだクズがァっ!!」


 竹原が頭を押さえて、吸血鬼に怒鳴る。


「守れっつっただろうが!! 俺をッ!!」


 でも、吸血鬼は答えない。

 ただ、ゆっくりと立ち上がり。


 ふらり、と体が揺れた。


「……もち……づ……」



 ――あ?


 掠れた声。


「……おお、マジか」


 虚ろだった目に、何かが戻りかけている。

 血の霧が乱れた。


……いや、あの……頭、おもっくそ殴り飛ばしたけど、大丈夫?

 パワハラ的な……。

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