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「なんでやねん」

「……なんだ、それ」


 竹原の声には、隠しきれない戸惑いが混じっていた。


 俺は肩をすくめる。


「なにって……ハリセン。ツッコミ道具」


「は?」


「攻撃じゃない。ツッコミ」


 言いながら、軽く振ってみる。

 スカッ、と情けない音が鳴った。


 「な、なんで背中にそんなもん入ってんだ!」


「なんだお前、知らんのか? その昔、背中から金属バットやフライパンを取り出して戦う主人公の漫画があってな。まぁ、それの真似だ。『うるァ!』つって」


 このくらい常識だぞ? ジャ◯プ読め、ジャン◯。


「知るかそんなもん! ふざけてんなよテメェ!」


「ふぅ。これがジェネレーションギャップってやつか。哀しいねぇ」


 やれやれと首を振ってると、魅了された警官の一人が俺に向かって突っ込んできた。


 相変わらず無言。

 苦しげな顔。

 でも、動きは速い。


「望月さん!」


 松下さんの声が飛ぶ。

 それと同時に、俺は躊躇なく踏み込んだ。


「えぃしゃコラ!」


 ドゴっ!


 ハリセンの乾いた音じゃない。

 俺の右手――ハリセンを握り込んだ拳部分で、警官の側頭部を正確に捉える。


「――がっ」


 警官は、キリモミしながら盛大に吹っ飛ぶ。


「怪我は……ないな! ならヨシッ!」


 殴るのはそこそこ練習した。

 手加減の具合もバッチリで、このくらいなら骨も折れてないし問題ない。


「……は?」


 松下さんも竹原も、気の抜けた声を出す。

 こちらに向かってきてる他の警察官たちも、みんな同じ顔で俺を見てくる。


 ――いや、殴るのかよ! って疑問の顔。


「ん? いや、だって警察官だし。鍛えてんだろ。殴っていい相手なら、そりゃ殴るさ」


 警官たちはレベルも上がっているだろうし、わざわざハリセンで手加減してやる必要もない。

 ハリセンじゃ意識を刈り取れない可能性もある。

 それに、警察官を殴れる機会なんてそうそうないし、後学のためにも殴ってみたかった。


「……望月さん」


「俺はね、松下さん。あんたの部下たちにも多少なりともムカついてんすよ」


 あっさり竹原に魅了されてんじゃねぇよ。

 普通に油断しすぎじゃね?

 警察官は市民を守るのが仕事なんだろ、仕事しろよ仕事! 公務員がよぉ!


 そんなことを考えてると、今度はまた一般人の男が飛び掛ってきた。


 パァン!


 今度はちゃんとハリセンを振るってツッコむ。

 乾いた音とともに、その場で崩れ落ちる男。


 血は出ていない。

 骨が折れた様子もない。

 ただ、意識を失ってるだけ。


「……は?」


 竹原が、また間抜けな声を出した。

 続けざまに、別の女。


 パァン!


 また一人。


 次。


 パァン!


 次。


 パァン、ドゴっ、パァン。


 軽快な音と鈍い衝撃音が、夜の駐車場に響く。


 倒れる人間は増えていくが――

 誰一人、致命的な傷を負っていない。


 はずだ……たまに来る警察官は知らんよ。


「うん、いい感じだ。ぶっちゃけ上手く行ってよかった」


 今の俺の全力ハリセン=一般人気絶(ほぼ無傷)。

 これが検証できたのはデカい。

 今後の参考にしよう。


「……おい」


 思い通りの結果にうんうんと満足気に頷いてると、竹原の声が聞こえた。


「なに……おい……なにしてやがる」


 俺は答えない。

 ただ、リズムよく振る。


 いや、正確には――


 《《振らされている》》。


 身体が、勝手に最適解を選んでいる。


 ――『剣術』。

 ――『先制切り』。


 まさか、ハリセンにもスキルが乗るとは思わなかった。

 ふざけた道具でも判定は判定らしい。

 いや、『剣』の範囲ガバ過ぎない?

 まぁ、助かってるからいいんだけど、身体が勝手に動く感覚ってのは少し怖いな。


「ほら、何やってんすか! 松下さんも!」


 振り返ると、松下さんはまだハリセンを握ったまま呆然としていた。


「いえ……分かってはいます。しかし、やはり一般の方に……」


「大丈夫ですって! ツッコんでるだけだし!」


 また一人、パァン。


 魅了された一般人が、よろめいて倒れる。


「見てください! 『なんでやねん!』」


 パァン!


「どうです!? 俺は今、何をしました!?」


「なに、いや……ツッコミ、ですね」


「そう、その通り! ほら、こいつらの顔見て!」


 泣き笑い。

 魅了から解放され、満足そうな顔で倒れていく。


「ぶっ叩く時に『なんでやねん』て叫ぶのがコツです!」


 そう言えば全部ツッコミに見える不思議!


「なるほど……。いえ、人が気絶するほどのツッコミ……? それはツッコミと言える……?」


 まだ納得してない様子の松下さんを横目に、俺はどんどんツッコんでいく。


「『なんでやねん』」


 パァン!


「『なんでやねん! なんでやねん!』」


 パァン!


 ぱし。


 うん、流石に子供はめっちゃ手加減しないとだな。


「待て……違うだろ……それはツッコミなんかじゃねぇ……」


 竹原からの冷静なツッコミ。

 うるせぇな、お前がツッコんでんじゃねぇよ。

 無視してさらにツッコみ続ける。


 竹原の顔が見る見るうちに歪んでいく。


「……おい……おいおいおい……」


 額に青筋が浮いた。

 あ、またキレてんなこいつ。

 そんな興奮して漏らすなよ?


「ふざ、ふざけるなよ……」


 俺は動きを止めない。

 むしろ、竹原を煽るようにさらにツッコミの回転を上げる。


 パァンパァン、パパパァンっ


「ふざけてねぇよ。俺は大真面目だ」


 振り抜きながら言う。


「つーか、ここまでお前に付き合ってやってんのに、なにが不満なんだよ」


「ふざけてんじゃねぇぞ! 俺の魅了を……!」


「お前のじゃねぇっての。あれは俺のも……吸血鬼のもんだ!」


 危うく間違えそうになったのを即座に誤魔化す。


 ……いや待て、間違ってないよな?

 吸血鬼は俺が雇っている、うちの社員。

 社員の能力は会社の資産、つまり――俺のもの。


 うん、間違っちゃいない。うん。


「そんな怒るなよ。俺はお前の言ったルール、何一つ破ってないだろ」


 パァン!


 だが、その度に竹原の勝ち筋も削れていく。


 このままツッコミ続ければ、魅了された人間は全員無力化されていく。


 魅了も解けて、《《松下さんに対しての人質》》としての価値もなくなる。


「……っ!」


 竹原が、歯を食いしばった。


 おぉ、怒ってる怒ってる。

 自分の思い通りにならないとキレるタイプだもんな、お前。


 まさに想定外、という顔だ。


「……なるほどな」


 低く、吐き捨てる。


「だが……ハッタリだろ。テメェは詐欺師だからな」


 今度は歪んだ笑み。

 本当、情緒豊かだなこいつ。


「なら、テメェのせいで無実のこいつらが死んでもいいんだなぁ?」


「望月さん! まずい……!」


 松下さんの焦る声を無視し、竹原は歪んだ顔で手を挙げ、


「《お前ら、全員――》」


 命令を――


「おい、いいのか?」


 俺は避難民を弾きながら、竹原を見据えた。


「……あぁ?」


 竹原の手が止まる。


「その命令でいいのか、って言ってんだ」


「なに、言ってやがる……!」


 やっぱり、分かってないなぁ……。


 俺と竹原の視線がぶつかる。


「だって、それをやったら――」


 ――もし、竹原がここで、


「自害しろ」

「誰かを殺せ」


 そんな命令を魅了した連中に出したら。

 それはそのまま、


「正義《お前》の負けだぞ?」


 松下さんになら通用するだろう。

 まだ人としてまともな、「市民を守る警察官」な松下さんになら。


「お前は、『正義《お前》が正しい』と証明したいんじゃないのか?」


 松下さんだけじゃなく、俺にも認めさせたいんだろ。

 だから、こんな回りくどい真似してるんじゃねぇのか。


「世界に、神に選ばれたんじゃないのか正義《お前》は」


「……っっ!」


 竹原は上げていた腕を、僅かに下ろす。


「お前は、正義《お前》をそんな簡単に捨てていいのか?」


「違う……俺、は……!」


 あれだけ松下さんを煽ってたくせに。


「まぁ……俺相手にそんな手札を切ろうもんなら――真っ先にお前の首を切りに行ってやるけどな」


「……っ!」


 こいつらが廃人になろうが、死人が出ようが、俺には関係ないってずっと言ってるだろ。

 結果が同じなら、俺は最短距離を選ぶ。

 だって面倒いもの。


「そもそもな……」


 俺はハリセンを肩に担ぎ、竹原をビシッと指差す。


「松下さんの『一般人は傷つけられない』って一線を無視すれば、とっくに終わってんだよ」


 でも、だからこそ今は。

 竹原の王様ごっこっていう《《茶番》》に付き合ってやってる。

 松下さんの正義を、ギリギリ壊さないために。


「お前は松下さんに何一つ勝っちゃいない」


 俺は一歩、竹原へと踏み出す。


「分かってるか? お前がまだ俺に殺されてないのは、松下さんのおかげだって」


「っ……!」


 竹原の喉が、ヒクリと鳴った。


「はぁ……やだやだ。その程度の覚悟で正義ヅラしてんじゃねぇよ」


 一瞬、竹原の身体がビクッと震え、視線がわずかに泳ぐ。


 周囲を見る。

 倒れている人間は多いが、数はまだいる。


 五十人近い避難民と、警官。

 全員を無力化したわけじゃない。

 竹原からの命令を守り、残りの奴らもどんどん襲いかかってきてる。


「……早いとこ処理しないとな」


 日和ってる竹原を無視して、俺は魅了された人間たちを無力化していく。


 でも――時間の問題だ。


 俺も分かっている。

 松下さんも分かっているはずだ。


 竹原が正義を捨ててなりふり構わなくなったら、きっと切り札を切る。


 そうなる前に片付けなきゃならない。


「……ふぅ」


 隣で松下さんが一度、深く息を吐いた。


 パァン!


 迷いのない動き。

 躊躇の消えた破裂音が響く。


 それを受けた一般人が崩れ落ちる。


 そして、


「……『なんでやねん』」


 小さく、そう呟いてから。

 続いて、もう一人。


 パァン!


 警官。

 一般人。

 区別はもうない。


 守るために止める。


 その一点に、覚悟が収束している。


「……大丈夫ですか?」


「ええ……。お待たせしました。では、急ぎましょう」


 松下さんはいつものあの顔で前を見据える。

 完全に吹っ切れたみたいだ。


 俺も息が上がってきた。

 吸血鬼から受けた傷がジンジンと熱を帯びて、正直くそ痛い。

 だが、止めない。


 パァン。

 ドゴっ。

 パァン。


 俺と松下さんは背中を預け合い、ハリセンを振るう。


 破裂音が次第に減っていく。


 そして。


 最後の一人が倒れた時。


 駐車場には、動ける兵士はもういなかった。


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