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一線を越えて

 ……神?

 ……『警察官』?


 思考が一瞬止まる。


「神ってなんだよ。いや、そりゃお前は警察官だろ」


 急に何言ってんだ、こいつ。

 改めて言われなくてもみんな知ってっけど。


「今さら公務員マウントか? わざわざ今ドヤるんじゃねぇよ!」


 別に羨ましくはないけど、ちょっとイラつく。羨ましくないけど。


 俺が叫ぶと、竹原は実に楽しそうに笑った。


「違ぇよ頭悪ぃな。俺はジョブも『警察官』だって言ってんだよ!」


「ジョブ……? あ、職業じゃなくてね! リアルの職業も、選んだジョブもってことね! はいはいはい」


 ……は? いやいや! 警察官!?

 いやジョブといえばジョブだけど!

 ファンタジーどこ行ったんだよ!?


「まだ分かってねぇ顔してんな詐欺師。馬鹿にも分かるように説明してやるよ」


 鉄腕の拳を、ゆっくりと開く。


「俺の『警察官』は、テメェらみてぇなクズでもなれるようなありふれたジョブじゃねぇ。俺だけがなれる、唯一無二のジョブだ」


 竹原は鼻で笑う。


「松下のジジィにうぜぇ桐生、クズな同僚たちも、誰一人『警察官』なんてジョブはなかった」


そりゃねぇだろ、そんなふざけたジョブ。

なんで一人だけファンタジー要素ガン無視なんだよ。


「分かるか? つまり、世界が、女神が認めたんだ! 俺が! 俺こそが『正義』だと!」


竹原は再び拳を握って力強く言う。


「お前……マジで何言ってんだ? 頭大丈夫か?」


「そして、俺のスキルは――」


「いや、聞けよ」


「――『押収』」


 その言葉を、やけに大事そうに噛みしめてから続ける。


「警察官ってのはな――『市民を守る』のが仕事だ」


「……」


 松下さんが、微かに眉を動かした。


「そして同時に――『市民から危険なものを取り上げる権限』を持っている」


 空気が、重くなる。


「スキルだろうが、武器だろうが関係ねぇ。危険で、違法で、害を及ぼすなら――警察官は、それを取り上げる。そして有効に、十全に、いやそれ以上に! 使えるんだ、正義のためにな」


「……ふざけるな」


 松下さんが、低く言った。


「法を、都合よく解釈するな」


「ハハッ! 違ぇよ」


 竹原は首を振る。


「俺はな、誰よりも正しく使ってる」


 そして、こちらを見る。


「世界が変わった日、最初に魔物をぶっ殺した時にな。聞こえたんだよ、女神の声が」


 竹原は腕を広げて夜空を見上げる。

 背筋に、嫌な寒気が走る。

 もちろん、自分に酔ってるこいつの動きが痛くてだ。


「言っただろ? 天啓だって」


 竹原の目が、陶酔したように細まる。


「神は言った。――『正義の体現者よ。この力を使い、間違っている世界を正せ』ってな」


「……うわぁ、妄想に幻聴までかよ。行くとこまで行っちゃってんなこいつ」


 リアルの厨二病って見たことなかったけど、こんなんなのかぁ。

 恥ずかしすぎてこっちが死ねる。

 てか、既に何回か死んでる。


「だから俺は正しい。俺がやってることは、全部『正義』なんだよ」


 もう、なんか……相手にするのも面倒になってきた。


 すっかり冷めてしまった俺は、投げやりに言う。


「だったら最初からそれ使って成り上がれよ。ヒーローでも独裁者でも何でもいいけどさぁ、なんでこんなとこで、くだらねぇ王様ごっこしてんだよ」


 マジで他所でやってほしいんだけど。

 正義の体現者だかなんだか知らんけど、なんで地方のドンキでうんこ漏らしてんだよ……。


 竹原は、にやりと笑った。


「だが……俺の正義にも縛りがある」


 いやだから話をさぁ……。

 なにこれ、聞かなきゃいけないの?

 ろくに会話もできねぇのか正義ってやつは。


「俺のスキル『押収』にはな、条件がある。スキルに対してだが、なんでもかんでも取れるわけじゃねぇ」


 竹原は鉄腕の手をこちらに向ける。


「まず、一つ」


 指を一本立てる。


「対象のスキルを、正確に把握していること」


「次に、二つ」


 二本目。


「そいつが、俺の敵であること」


「最後に、三つ」


 三本目。


「そのスキルで、実際に俺に敵対行動を取ること」


 指を折り、拳を握る。


「まだ細かい条件はあるが……な?」


 竹原は肩をすくめる。


 「ハハッ、クソ面倒だろ? だから『正義』なんだよ。分かるか?」


 ……なるほど。

 警察が犯罪者から武器を押収する、ってイメージまんまだな。


「だから、取らなかった」


 竹原は続ける。


「最初にクズ女に魅了させた連中は敵対者じゃねぇ。俺の犬だ。コボルトやオーク、薄汚ぇ魔物なんて論外だ。だから避難所でと思ったが……」


 ああ、避難所には神乳《梅野》さんがいるからな。

 彼女の『鑑定』なら誰がどんなスキル持ってるか簡単に分かる。


「ここに避難してくるような奴が当たりスキルを持ってるわけがねぇ。それに、いざやろうとしても邪魔されるだろうからな」


 竹原はちらっと松下さんに視線をやる。

 松下さんの表情がわずかに揺れた。


「そこに、あのクズ女だ」


 竹原はにやりと笑う。


「『魅了の魔眼』だとよ! ハハッ! まさに俺のために用意されたようなもんじゃあねぇか!」


 お前のじゃねぇよ。あれは俺のだ。


「……それで、こんな回りくどいことしたんか? 吸血鬼拾ったときに奪えばよかったのに」


「馬鹿かテメェは。話聞いてなかったのか? 条件が全部揃ったのはさっきなんだよ」


 竹原は、楽しそうに語る。


「あいつは最初、俺の駒だった」


 そして――


「だが、裏切った」


 俺を見る。


「まんまとテメェの仲間になって、俺の敵になった。ハハッ、なってくれたんだ」


 ああ、そうか。


 だから――


「条件が、揃ったのか」


 背筋がぞわりとする。


「魅了の魔眼。最後のピースは、解除方法だった」


 竹原は、にやりと笑う。


「本人すら知らねぇなんてな? ふざけてやがる。だがな……テメェらが動いたおかげで、分かった」


「……っ」


 ……なんだよー、俺のせいだって言いたいのかよー。


「で、松下さんよぉ?」


 竹原は一歩踏み出す。


「さっき、あんたは俺を殴った」


 奪った『鉄腕』。

 竹原の腕が鈍く光る。


「見たまんまのスキル。そして完全に敵対行動。条件、達成だ」


「……」


「そこのゴキブリ野郎。テメェのスキルは詳細が分からねぇからなァ。後でじっくりと教えてもらおうか」


「ぐ、うぅ……!」


 影山は床に伏したまま、歯を食いしばる。


「ハハッ、ちなみになぁ?」


 竹原は付け加える。


「敵対者って判定はな、魅了されてても自我が残ってりゃOKみてぇだぜ?」


 俺の血の気が引いた。


「だからなァ」


 竹原が、避難民たちを見渡す。


「俺が命令すれば、警官だろうが一般人だろうが、条件クリアってわけだ」


 それでさっきの『石頭』、か。


「……松下さん」


 俺は歯を噛みしめて聞く。


「梅野さんの鑑定、使ってなかったんですか? 竹原のステータス……」


 松下さんは、静かに首を振った。


「もちろん鑑定しました。我々警察官も、避難所の方々も全員です」


 松下さんが竹原を睨む。

 竹原は肩を竦め、ニヤニヤと笑う。


「竹原くんも、確かに鑑定した。ですが……そのようなジョブやスキルは、表示されていなかったはずです」


 竹原は、声を上げてケラケラと笑った。


「当たり前だろ。美鈴みてぇなただの一般人に、『警察官』の詳細が分かるわけねぇだろ?」


 偽装、か。

 潜入捜査中の警官みたいなもんか?

 警察官って言うなら、求められたら手帳見せるみたいに開示しろよ!


「で、だ。……俺が聞きたいのは一つだ」


 竹原は、両手を広げる。


「まだ、やるか?」


 竹原の周囲には魅了された警官と女たち。


「それとも――ここであんたの『正義』を引っ込めるか?」


 勝ち誇ったかのように嗤う竹原。

 松下さんは鋭い視線を向け、ゆっくりと息を吐いた。


「……あなたは」


 一歩、前へ。


「警察官ではありません」


 竹原の眉が、ぴくりと動く。


「制度の穴にしがみついた犯罪者だ」


 松下さんは片腕だけで構える。


「松下さん……!」


 だよなぁ!

 あんたはこのくらいじゃあ、折れちゃダメだ。


 いやだが、できるのか?

 松下さんは鉄腕を奪われて、もう片方の腕も折れて使えない。

 さっきの動きもなんか悪かった。

 部下の人たちが竹原を取り囲んで守っている。

 それに女たちも。


 これを突破するには、それこそ――


「でも、それは……」


 ――《《それ》》は、あんたの《《譲れない一線》》じゃないのか。



「ハハッ……! 最高だ、松下さん。あんたはそうじゃなきゃなぁ!」


 竹原が、腹を抱えて笑った。


「あんたなら本気を出せば俺に届くかもな。俺も知らねぇ切り札があんだろ?」


「……」


「切り札?」


 俺が偵察に行く前にちょろっと言ってたやつだよな。

 てっきり影山のことだと思ってたけど、違うのか?


 松下さんへ視線を向けると、目が合った。

 松下さんは微かに、俺へと頷く。


「犠牲がこれだけで済むなら、そうするだろうよ。まぁ切り捨てる範囲に一般人こいつらが入るってだけだ」


 竹原は、楽しそうに言って軽く手を振る。


「このくらいの人数ならあんたは背負うんだろう。……だがなァ、それだけじゃ面白くねぇよなァ?」


 竹原が避難所の方に顔を向ける。

 避難所の奥から、ざわりと気配がした。


「……おい、今度はなんだよ」


 俺の呟きを消すように、聞こえてきたのは複数の足音。


 ぞろぞろと。

 まるで、引き寄せられるように。


「おい……おい、まさか」


「ハハッ、そのまさかだよ」


 竹原が、バチンと指を鳴らす。


「来い」


 ――ぞろぞろ、ぞろぞろ。


 建物の奥から、魅了されていた一般人たちが列を成して現れ始めた。


 年寄り、主婦、学生、子供。

 誰もが青ざめた顔で、しかし体だけは命令に従って歩いてくる。


「……な、なんだよ、これ……!」

「体が……勝手に……」

「ぐすっ、ママァ……!」


 皆、口々に怯えた言葉を漏らしている。

 自我は、確かに残っている。

 皆、命令に逆らえない。

 だが、目は違った。


 怯え、恐怖し、助けを求めて――それでも、体だけが前に出る。


「はぁ!? ちょっと待て待て待て! 遠距離でも命令できるとか、どうなってんだよその魅了!!」


 元の持ち主の吸血鬼でもそんなのできないって言ってたのに!


「今からこいつら一般人に、テメェらを襲わせる」


「……っ!」


 松下さんの顔が、はっきりと歪んだ。


 一般人を傷つける。

 しかもこんな大量に。


「さぁ――」


 竹原の口が弧を描くように吊り上がる。


「どうする?」


 詰んでる。

 完全に。



 まぁ……《《松下さん的には》》、だけど。


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