警察官
パァン!
破裂音。
松下さんの鉄腕が、竹原の頭――こめかみ辺りへと振り抜かれた。
「やったか……!?」
策が綺麗にハマった瞬間、俺の口からまた……反射的にその言葉が飛び出していた。
俺からだと竹原の背中しか見えていない。
それでも、あの拳は間違いなくうんこマンにクリーンヒットしていた、はずだ。
だが――
「っ……! 竹原くん、君は……!」
引いたのは、松下さんの方だった。
「…………は?」
俺の脳内で、今しがた自分が言ったセリフが嫌な感じに反芻される。
――『やったか……!?』
「……って、嘘だろ!? またこれかよ!」
思わず叫んでいた。
「いやいやいや! その流れもうやったじゃん! さっき! 吸血鬼の時に!」
案の定、防がれてましたー、ってか。
「マジかよ、また俺のせい!? くそっ、『やったか!?』って言うと防がれるやつ! そのくだりもういいよ!」
自分で言っといて胃がキリキリする。
分かってる。
分かってるんだ。
でも、言いたくなっちゃうんだから仕方ない!
「……ハハッ」
そんな俺の心の叫びを嘲笑うように、竹原が肩を鳴らして笑った。
「やっぱり出てきたな、松下さんよぉ」
倒れていない。
ピンピンしている。
竹原は完全に立ったまま、松下さんを見下ろしていた。
「ま、松下さん……!」
姿を現した影山が、息も絶え絶えに駆け寄る。
「……っ、想定以上ですね」
松下さんは歯を食いしばり拳を下ろした。
明らかに手応えがなかった、という顔だ。
「あんたが来るのは分かってたからなぁ」
竹原はわざとらしく両手を広げた。
「だから、《《あえて》》受けてやったんだよ」
「うっわ、なんだあいつ。待って、顔がキモいんだけど」
後ろから見える竹原の横顔、それがなんか黒い。
その辺に転がってる石みたいな……いや、コンクリートか、あれ?
「その顔……また、奪いましたね?」
松下さんの問いに、竹原は護衛の警察官の一人を指さした。
「御名答だ。スキル『石頭』」
ニヤついたまま続ける。
「あんたの『鉄腕』と同じだ。頭を石に変えるってだけの、クソみてぇなふざけたスキルだが――」
ドゴっ!
「なっ……ぐっ……!」
速い!
竹原が一気に距離を詰めて殴りかかった。
松下さんは腕でガードしたが……。
「なんだ? 様子が……」
避けられたはずだ。
あの人なら、あんな直線的な攻撃。
それなのに受け止めて……しかも腕が不自然な方向に曲がっている。
「ハハッ、それだけじゃねぇぞ。まぁ教えるつもりはねぇが、テメェらクズのスキルも俺が《《正しく》》使えば……ハハッ、こうなる」
「ま、松下さんっ!」
「それと……おい、ゴキブリ野郎。やっぱりコソコソ隠れてやがったな」
ドゴっ!
「ぎゃっ!」
続いて、影山が同じように殴り飛ばされた。
影山は反応すらできず、もろにボディーブローをくらう。
腹を押さえて、そのまま倒れて込んで起き上がらない。
「おい、ちょい待て! 竹原、お前何やりやがった!」
何が起きてるのか、ここからじゃ少し距離があって状況が掴めない。
それに――
「くそ、ちょっ、ちょっと待て! やめろアンタら!」
「「「……!」」」
魅了された女たちが、次から次へと俺に飛び掛ってくる。
それを避けるので忙しい!
幸い動きは鈍いので避けれてるけど。
「あぁ……おい、止まれ」
竹原が右手を挙げる。
ピタリと、女たちが止まった。
「……あ。マジか」
これ見よがしに挙げた右手。
鉄のような鈍い光沢。
「……やりやがったな。松下さんの『鉄腕』までっ!」
「ハハッ、分かるか?」
竹原は誇らしげに拳を握る。
――こ、こいつ、見せ方がさりげなくてかっこいいじゃねぇか。
「いやいや、じゃなくて! ポンポン人のもん盗るなよ、マジでお前さぁ!」
「うるせぇよ詐欺師。お前には言われたくねぇぞ?」
竹原は俺を見て、勝ち誇ったようにニヤつく。
「で? せっかくテメェのガキみてぇなしょっぼい挑発に乗ってやったんだ、もう終わりじゃねぇだろ?」
「あぁん? なんだァ、テメェ! 本気でぶちキレてたくせに、よく言う!」
「はっ! 演技だよ演技。テメェのやっすい挑発なんか乗るわけねぇだろ。あんなの痛くも痒くもねぇんだよ」
いいや、嘘だね!
うんこマン煽りで顔真っ赤だったくせに!
嘘ついてんじゃねぇぞ、うんこマンがっ!
「それにな。ビビリ野郎のお前がいるんだ、このジジィがいねぇわけねぇだろうが」
なんだそれ!
変な信頼すんじゃねぇよ!
「そこのゴキブリも姿が見えなかったからな。こいつのスキルで不意打ち狙いだったんだろうが――弱ぇ卑怯者の考えそうなことなんて、分かりきってんだ」
竹原は石頭を鉄腕の指でトントンと叩く。
ここ一番の澄まし顔で。
その仕草がすげぇムカつく。
「俺はお前らと違って、ここの出来が違ぇからな」
……ぐぅ。
何も言い返せない。
「しっかし、相変わらずだな松下さんよぉ? この状況でこの作戦とは……あんた、やっぱり《《立派》》だよ」
竹原の「ハハッ、立派立派!」という皮肉を投げられても、松下さんは無言。
それでも、ゆっくりと立ち上がり、構える。
「ハハッ、今度はだんまりか。いいぜ、あんたらしいじゃねぇか! 今までもずっとそうだったもんなぁ! だがなぁ――」
竹原が手を掲げる。
松下さんから奪った鉄腕を。
「「「……」」」
それに反応して、俺に向かっていた警察官たちが竹原の元へと戻っていく。
武器を構えて、竹原を守るように囲んで。
「どうする? なぁ、おい正義の味方さんよぉ!」
松下さんは彼らの顔を見て、頷いた。
そして……無言で一歩前に出る。
「……ああ、そうか。あんたにはこれじゃ足りねぇよな」
「……」
「あんたの正義は、部下の命くらい簡単に切り捨てられるんだもんなぁ? じゃあ――これならどうだ?」
すると。
俺に飛び掛ってきていた女の子たちがピタッと止まり、竹原の方へと踵を返し始める。
「この女たちを人質にすれば、あんたらは何もできねぇんだろ?」
竹原は周りの警官たちを見回し、そして松下さんを見る。
「偽善者のあんたらは、自分の手で一般人に怪我させるのが嫌らしいからなァ」
「お前、マジで性格腐ってるだろ! よくそれで警察なんて言えるなお前!」
俺が叫ぶと、竹原は心底楽しそうに笑った。
「何言ってやがる。俺が、俺こそが『警察官』にふさわしいだろ。なぜなら――俺は神に認められたんだからな」
「はぁ!? イカれてんのかお前!!」
「説明してやるよ。ガキ並みの知能しかない頭の悪いテメェらにな」
竹原は、胸を張る。
「神は言った。俺のジョブは――『警察官』だと」
「……」
「…………」
「………………は?」
一瞬、思考が止まった。




