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責任

 店舗入り口を抜け、駐車場。


 そこに――竹原の王国があった。


 家具コーナーから持ち出されたデカいソファを玉座にして、竹原がふんぞり返って座っていた。


 その周囲を囲むのは、魅了された避難民の女たち。


 お菓子の箱を積み上げて謎の壁を作らされている者。

 飲み物を差し出すだけの係にされた者。

 デカいうちわで竹原を仰ぎ続けてる者。

 竹原の靴を磨き続けている者。


 その近くでは、下着売り場のカゴを抱えたまま「俺の好みを探せ」とでも命じられたらしい、半裸の若い女の子たち。

 延々と下着の色と柄を持ちかえては、引き攣った嬉しそうな顔で竹原に見せつけていた。


 ちなみに、竹原の趣味なんだろう……全員胸部装甲が薄い。


「……なるほど。あいつ、だから梅野さんや吸血鬼にあんな態度なのか」


「そうです! 竹原くんは……我々の、敵ですよ、望月さん! 神を蔑ろにする邪教徒なんです!」


 影山が今までにないくらいはっきりとした口調でそう言い、竹原を射殺すように睨んでいる。


 我々ってなんだよ。

 なんで俺が神乳教徒《巨乳好き》だと知ってるのか知らんが、覗き魔のお前と一緒にすんなよ変態。



 そして――竹原の背後。


 松下さんの部下である警察官たち、協力していた自衛官とオラついていた兄ちゃんたちが、そこに整列していた。


 全員、傷だらけだ。

 一度目の強襲で竹原に人質を取られて何もできずにボコられた痕が生々しく残っている。


 だが、彼らは倒れてはいない。

 それどころか、竹原の背中を護衛するように沈黙して整列していた。


 目だけは苦渋に満ちていて、今にも泣き出しそうなくらい悔しそうで――


 でも、身体は竹原の命令に逆らえず微動だにしない。


 言葉は一切発しない。

「黙って俺を守れ」とでも命じられたのだろう。


 竹原は満足げにニタァ……と頬を歪めながら、周囲を見渡している。


「おい! ビールがぬるいぞ! 『冷たくしろ』って命令したよなぁ!! あぁ!?」


「……は、はい」


「声ちいせぇんだよ、もっと腹から言えって言っただろォがぁ」


 魅了された女性の頬を指で弾き、ゲラゲラ笑う。


「……なぁ、なんだこれ」

「ひ、酷すぎますね……」

「……彼なりの王国なのでしょう」


 影山がドン引きして呟き、松下さんの声が低くなる。


 あいつ、前よりもなんか酷くなってないか?

 魅了の魔眼を奪って、完全にはっちゃけてるな。

 クズ野郎ムーブに更に磨きがかかってやがる。


 竹原はニヤニヤしながら、さらに新しい《《従者》》を探すように視線をさまよわせていた。

 まるでガチャでも引くみたいに、気に入った奴を拾っては侍らせるつもりなのだろう。


「そ、それでっ……ど、どうしますか……っ?」


 影山がさっきよりも荒く息をして問いかける。


「いや、どうって言われてもな……」

「ええ、少しばかり状況が悪いですね」


 この状況で「どうやって近づくか」を考えていた俺たちの脳みそは、しばらく動きを止めた。


 あの距離。

 あの人数。

 あの配置。


 竹原という王様の城は、見事すぎるほどに死角がない。


「このままじゃ近づけねぇ……」


 しかも、松下さんの部下まで全部盾にする形で並べられてる。

 自分の同僚を、よくもまぁ。

 あいつ本当に性根が腐ってんな。

 腐ったドブのヘドロみたいな色してるはず。


「……む、無理ですよ、このままじゃ……!」


 影山が小さく言った。

 辛そうに、声がわずかに軽い震えを帯びていた。


「この人数……私でも、乱戦になると一般人に傷をつける可能性が……」


「松下さんなら余裕で行けそうですけど」


「近づければ私が対処できます。警察官、自分の部下なら殴り飛ばせばいいだけですから。 しかし……」


 松下さんが眉を寄せた。

 周囲に並ぶ、魅了された一般人たちを見る。


「しかし、ここにいるのは私たちが守るべき市民です。押し返すだけならできますが、乱戦の中、全員に『絶対に怪我をさせない』となると……」


 かぶりを振る。

 珍しく、迷いが滲んでいた。


「部下たちと違って、彼女たちは鍛えてもいない。ステータスにも覚醒していない、ただのか弱い女性です。殴るわけにはいきません。力の調節次第では……最悪死人が出ます」


「じゃ、俺がやりますよ」


 自分でも驚くくらい、淡々とした声が出た。

 松下さんと影山が同時に俺を見る。


「望月さん。今のあなたは一般人だろうが止まらない。最悪どころか必ず死人が出ます。やめてください」


 松下さんが即座に止める。


「だ、だめですって! 人殺しなんて……!」


 影山まで必死に首を振る。


 そう言われりゃまあ、確かに否定できない。

 一般人がどうとか俺にとっちゃどうでもいいし。

 結果的に殺しちゃっても別にいいか、と頭の片隅では思ってたりする。


「……そうは言うけど――」


 胸の奥に、吸血鬼のあの顔がちらりと浮かぶ。

 血の涙を流して、壊れたみたいに泣いてた姿。


 彼女とは出会ってまだ数時間だけど、妙に馬が合って。

 人付き合いが苦手な俺が、あいつとは一緒にいて……心地良かった。

 まぁ……あいつ人じゃなくて魔物だけど。


 あの男がそこにいて、吸血鬼が泣いている。

 それで「一般人が……」なんて、そんな冷静な判断できるわけない。


 だけど……二人とも勘違いをしている。


「言っておくけど――このチャンス逃したら終わりなのは、俺じゃない」


「え……」

「……」


 思わずこぼれた言葉に、影山が黙った。

 松下さんも、ほんの一瞬動揺したように目を見開く。


「困るのはあんたたちの方だってのは……分かってますか?」


 そう、影山のスキルを使って最小限の被害で事態を終わらせるチャンスをものにしたいのは、警察官である松下さんたちの方だ。


 俺は別にこのチャンスを逃しても、いくらでもやりようがある。


「俺は竹原を殺す……かどうかは置いといて、吸血鬼の魅了がどうにかできればいいんです。それ以外がどうなろうと、ね」


 そう口にした瞬間、二人とも固まった。


 影山は、何か言い返そうとして――やめた。

 喉がひくっと震えて、唇がぎゅっと閉じる。


 松下さんは、ほんの一瞬だけ……本当に一瞬だけだが、俺から目を逸らした。

 たぶん、気づきたくない現実を見た顔だ。

 松下さんの魔眼って、やっぱり大変そうだな。


「き……気持ちは、わかりますが……っ」


 影山の声は震えっぱなしだ。

 だが、俺はそれにもう返事をしない。


 俺はあくまで《《手伝ってるだけ》》の人間だ。

 この作戦は、松下さんと影山が取りたい方法で、最低限の犠牲で済ませたい「警察側の都合」。


 俺は俺で、やりたいようにやるだけ。

 ぶっちゃけ、松下さんに付き合ってるから面倒になってんだよな、これ。


 吸血鬼の泣いた顔が頭の奥でざわついたまま、俺は深く息を吐いた。


 二人は何も言葉を発しない。

 影山は俺と松下さんの顔、そして駐車場の様子を交互に見ては焦った様子で小声を漏らす。


 松下さんは目を瞑り、何事かを考え込んでいる。


 そんな二人を見て。


「はぁ……」


 俺は、決めた。



「とりあえず――やり方はある」


 俺は静かに、しかしはっきり言った。


「えっ……」

「望月さん……」


 二人の視線が、同時に俺へ向く。

 影山は縋るように、松下さんは意外そうに。


「まずは……竹原の《《眼》》を全部こっちに向ける。魅了されてる連中も、護衛も。竹原自身も、俺に夢中にさせればいい」


「む、無理ですよ! あなたが近づいた瞬間――!」


「だから、近づかない」


 きっぱり言う。


「遠くからで十分だ。俺が姿を見せながら、竹原を煽り倒す」


「……え?」


「それだけでいい。煽ればあいつは魅了した奴らを止めてでも乗ってくる。絶対にな」


 竹原は自分を否定されるのが大嫌いなタイプだ。

 王様ごっこが大好きで、プライドと承認欲求が肥大化してるクズの典型。


 逆にいえば、そこを突けば簡単に理性が吹っ飛ぶ。


「俺が囮になって、竹原を完全にこちらへ意識集中させれば――」


 俺は駐車場の、竹原の王国を見た。


 竹原を囲む女たち、警官たち。

 みんな視線を下げている。命令で縛られているから。


「あいつらの配置は、簡単に崩れる」


 竹原が俺を殺したくてたまらなくなる。

 その瞬間に、竹原は少なからず護衛に「前に出ろ」と命じるだろう。


 女たちは恐らく俺に殺気を向ける。

 その時点で竹原の周りは手薄になる。


「そこに松下さんが行けばいい。五秒も視界が空けば十分だろ?」


「……っ、しかし……!」


「俺が魅了される? 殺される? どうでもいいんですよ」


 本当はどうでもよくはないが、言い切った。


「その五秒で全部終わるなら、それでいい」


 松下さんの目が揺れた。


「望月さん……よろしいので?」

「ええ、だって……松下さんもこれが最善だと考えていたでしょう?」


 頭が切れる松下さんならこんな簡単な作戦、とうに考えついてるだろ。

 でもそれを言わないのは、この人の優しさなのか甘さなのか、それは知らんしどうでもいい。


「……確かに考えてはいましたが、望月さんにそれを頼むのは」

「竹原に言われたこと、気にしてるんですか?」



 ――『それが最も被害の少ない選択だった、とか言うんだろ? 言葉で正当化すりゃ、切り捨てられた奴も浮かばれるってか? あんたの正義は、いつだって犠牲にされる側を無視してんだよ!』



「いえ……私は……」


 松下さんが目を伏せる。

 らしくない、疲れたような顔で。


「だったら――俺を《《切り捨てる役》》くらい、あんたが背負えよ。あんたの正義なんだろ。責任ぐらい持て」


 松下さんの肩が、わずかに揺れる。

 竹原みたいな若造にちょっと言われたくらいで何を気にしてんだか。


「……おっしゃる通りで」


 顔を上げる。

 そこには、いつもの仏のような顔をした松下さんがいた。


 影山は完全に目を潤ませて、口を開いたり閉じたりしている。


「じゃ、影山」


「ひっ……はいっ」


「まず、俺をスキル対象から外せ。それでスキルの持続時間、伸びるんだろ?」


「……はい、外せば、数分ほど」


「それで十分」


 俺は駐車場へ、一歩踏み出す体勢を取る。


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 影山が袖を掴んだ。手が震えている。


「な、なんで……なんでそんな……!」


 俺はゆっくり振り向いて影山を見る。


「……あいつ、泣いてたんだよ」


「え……」


「吸血鬼。あいつ、壊れたみたいに泣いてた。

 ……俺のせいなんだ」


 影山の表情が止まった。


 松下さんが息を呑んだ。


 上司の俺のミスで、部下のあいつが泣く。

 うちはホワイト企業なんだぞ。

 そんなの許されるはずがない。


「まぁ、三割くらいだけど! 残りの七割はあのクズ王様のせいだと思うんだよなぁ!」


 靴底がコンクリを踏む音が、やけに大きく響いた。


「勝手にうちの社員を引き抜きやがって……しかも不当に! 劣悪な労働環境に!」


 軽く肩を回す。


「終末には労基がないィ!? だったら――俺が正してやんないとなぁ!!」


 そのまま俺は駐車場へ踏み出した。


 影山のスキルが、俺からフッと外れる気配がした。


 守りが消える。

 こいつらが全員俺に襲いかかれば、間違いなく怪我だけじゃ済まされない。


 でも――


 そんなの、関係ねぇ!!


「オッパッピーだ、クズ野郎が!」


 一歩目が地面を踏む。


 二歩目で、魅了された者たちの視線がこちらへ跳ねた。


 三歩目――全員の殺気が、俺に突き刺さってきた。


 その瞬間、竹原が片手を上げた。


「――動くなァ」


 護衛も女たちも、一斉に静止。


 ソファの上で竹原が俺を見下ろし、醜悪な笑みを浮かべる。


「ハハッ、誰かと思えばお前……あのクズ女はどうした? 松下のジジイは? 一人だけ逃げてきやがったのかぁ?」


「……」


「おいおい、マジか? マジで逃げてきやがったのか! 仲間だった化け物とお前を信頼してたジジイを裏切って一人だけ!? ハハッ、ビビリの詐欺師はやることが違うなぁ!」



 竹原が好き勝手言ってるが、俺は鼻で笑った。


「うるせぇよ」


「……あぁ?」


俺は顔を上げて、竹原を睨む。




「うるせぇって言ったんだよ――うんこマン」




 竹原の顔がギシリと歪んだ。


 はい、釣れた。

 狙い通りだ。


 うんこマンなんて釣りたくないけど。


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