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影山

 部屋を出ると薄暗い非常灯の下、十数人の避難民が無表情のままゾロゾロ歩いていた。


 足取りも視線もバラバラなのに、どこか共通して意志を感じない。


「……全部魅了されてるのか」


「意識も奪われていますね……」


 松下さんが小さく息を呑む。

 彼らは皆、ぼーっと宙を見たまま、竹原の言った通りに動いているのだろう。

 呼吸はしてるし、ケガはない。


 ただ……目が完全に死んでる。

 彼らも吸血鬼と、同じだ。


 扉の向こう側、応接室に置いてきた吸血鬼の姿とダブり、無意識に奥歯を噛み締める。


「影山くん、このまま奥の倉庫へ行きましょう」

「は、はい! 分かりました……」


「……行きましょう、望月さん」


 松下さんが低く、しかし決然とした声を出す。


「ここに留まっても危険が増すだけです。彼女の安全も保障できない。いったん離れて態勢を整えます」


「……分かってます」


 松下さんが俺の目を見ながら言う。


「必ず助けます。吸血鬼さんも、他の皆も。今はこれが、最善です」


「……はい」


 小さく息を吐き、俺はやっと一歩を踏み出し、応接室の前からそっと離れた。




 ☆



 通路を進む間、影山の能力がどれほどのものかよく分かった。


 目の前を通ったモップ掛け中のおっさんが、俺たちを完っ全に素通り。

 足音も擦れ違いも気づきすらしない。

 影山本人はめちゃくちゃ挙動不審で見るからに怪しいのに、それでも誰も見向きもしない。


 すげぇな……マジで俺たち、世界から消えてるみたいだ。


 影山は、避難民たちの群れの前を悠々と進んでいく。

 ビビりなくせにその歩みだけなんか堂々としていて、話してる時の態度とのギャップが少し面白い。


 倉庫へ向かう途中、二人組の高校生くらいの男子が、自販機の前でアホみたいに立ち尽くしていた。


「……何してんだあれ」


「おそらく竹原くんの指示で待機させられてるのでしょう」


「……アホすぎね?」


 吸血鬼は分かる。強いから。

 でも竹原……お前、こんな一般人まで手当たり次第かよ。

 何がしたいんだ、ほんと。


「ひ、左……行きます……っ」


 影山の案内で、魅了された避難民が佇む真っ暗な廊下を進む。

 俺と影山で桐生さんを抱え、松下さんが梅野さんを運ぶ。


 影山の体格は俺とさほど変わらない。

 身長は170後半、控えめに言ってもヒョロガリ。

 俺はレベルの恩恵があるからいいとして、影山は明らかにバランスが悪く運ぶのに四苦八苦してる。


「なぁ、影山はレベルいくつなんだ?」

「えっ!? ぼ、僕ですか!?」


「いや、言いたくなきゃいいんだけど」

「い、いえ! 僕は、レベル8になりました!」

「そうか……」


 レベル8。

 たしか、竹原と同じか。

 魔物が現れて2日でレベル8ってのは、一般的に言ってどうなんだ?

 俺は今レベル15だけど、これはゴブ太郎無双の結果だし。


 ちらっと松下さんを見る。

 松下さんも俺よりレベルは下のはず。

 なのに、梅野さんをお姫様抱っこして余裕の顔。

 さっきの吸血鬼との戦闘もありえない動きしてた。


 結局、少しのレベル差があっても本人のスペック、それとジョブやスキル次第ではどうとでもなるって分かった。


 ……もっと圧倒的にレベルを上げて、スキルもガンガン覚えないとダメだな。

 それに、もっと魔物も雇用したい。使える魔物を。

 でないと、今みたいなことになる。


 そんなことを考えてたら、俺の魔力が揺らいでいたのか松下さんが声をかけてきた。


「……どうしました、望月さん」


「いえ……本当に認識されないんだと思って」


 なるべく小声で、足音を殺すように歩くが……


「小声で話さなくても普通に話して頂いて大丈夫ですよ」

「は、はい。僕のスキルは遮音もありますので……」


 だ、そうだ。

 そもそも完全不可視で最初からいないもの扱いだから、多少の音なら問題ないらしい。


「……やっぱりチートだな」


 言われても、なんとなく小声で話しちゃうのはなんでだろね。


「なぁ、影山。そのスキルって、こう……なんか、疲れるのか?」


「つ、疲れます……めちゃくちゃ、疲れます……! で、でも……今は、がんばります……」


 言いながら息を切らし、袖で汗を拭う。


 こいつ、いい奴だな。

 なんか悔しいけど、ちょっと好感度上がったわ。


「つ、着きました。中には、誰もいません」



 ☆



 倉庫に着いた。

 俺が偵察任務前に装備チェックしてた、あの薄暗い部屋だ。


 中に入り、そっと二人を床に寝かせる。

 薄暗いし寒さもあるが……動き回るよりは安全だ。


 俺と松下さんは自分の傷と、気絶している二人に簡単な応急手当を済ませる。


「桐生さんは頭打ってるけど、命に別状はなさそうだ」

「梅野くんも気絶してるだけですね」


 松下さんのあのパンチを食らってもタンコブ程度で済んでる桐生さんスゲェ。

 この人、見るからに頑丈そうだからな。


「メモを残しておきましょう」


 松下さんがメモを取り出し、簡潔に状況と、「動くな・ここで待て」「外に出るな」とだけ書き残す。

 字も綺麗で読みやすい。

 こういうところ、性格出るよなぁ。


「鍵は……はい、これでよし、と」


 松下さんが静かに扉を閉める。

 カチャリ、という音がやけに響いた。


「ふぅ。大丈夫かね、ホントに」


「彼らは大丈夫ですよ。目を覚ましても倉庫内なら吸血鬼さんの攻撃範囲にも入りません」


「そ、そう……です……。だい、丈夫……です……」


 影山の声は小さく、頼れるんだか頼れないんだか分からんな。


「よし……」

 

 吸血鬼を置いていく決断をした時と同じように、胸の奥で何かが引っかかる。


「……行くか」


 一拍置いて、それを飲み込む。

 今はとにかく前に進まなきゃどうにもならない。


 影山のスキルに包まれて、俺たちは再び倉庫を出た。



 ☆



 影山を先頭に、薄暗い通路へ。

 非常灯だけが赤くぼんやり光り、普段なら流れているあの陽気な店内BGMはもちろん無音。


 ド◯キの店舗構造は、通路が狭く、棚が高く、商品が積まれて視界が悪い。

 逆に言えば、死角が多くて助かる。


「こ、ここは……あ、あまり通る人いません……ふぅ……。向こうの通路は……人がいっぱいいるのでやめた方が……」


 影山は疲れたのか、少しだけ息が上がっている。

 まぁ、見るからにモヤシだからな。

 俺も人のこと言えないが。


 だが、影山は慣れた手つきで、店内の地図を完璧に把握した足取りで先導する――若干ビビりなのは変わらず。


 店内に出ると、真っ暗な天井のスピーカーの下を抜け、高い棚の陰に沿って移動する。

 ミラーボールや謎のポップの看板が揺れて薄い影を落としてくるのが妙に不気味だ。



 生鮮コーナー横を抜けたところで、影山が手で静止する。


「あ、あそこ……」


 棚の端から覗くと、魅了された避難民たちが通路のあちこちでぼんやり立っていた。


 カゴを持ったまま微動だにしない者。

 棚に手をついたまま固まっている者。

 床に座って天井を見つめ続けている子供まで。


「……マジで人形みたいだな」


「魅了の深度が高いようですね」


 表情も焦点も完全に抜けているけど、誰も倒れたり怪我している者はいない。


 竹原の命令次第で動くため、原則は待機なのだろう。


「こっちは……だめ……です……。この先の通路は……人がゴチャついてて……」


 影山は棚と棚の隙間へ入り込みながら迂回する。

 俺たちも身体を横にして滑り込む。


「……相変わらずド◯キの通路って狭いのな」


「私は好きですよ、混沌としていて。歩いていて飽きません」


「ぼ、僕は、苦手です……」



 ☆



 さらに進むと、自我を残したまま騒いでいる避難民たちがいた。


 泣きながら殴り合ってる高校生。

「ママどこ!?」と泣いて床を這う子供。

 意味不明なダンスを踊ってるおっちゃん。


 全員、目が少し虚ろだが、でも意識ははっきりしてる。

 混乱してるようで言動がバラバラだ。


 レジ前には、電源は落ちてるのに整列だけして動かない人たち。


「……あいつ、並ばせてどうしたいんだよ」


「命令内容がめちゃくちゃですね。魅了に酔っているのでしょう」


 レジ横でド◯キのテーマを叫びながら泣いてるおばさんたち……マジで何を求めてんだアイツ。


 俺たちはその間を、音も立てずに歩く。


「……本当に、誰も気づかねぇな」


 俺は小声で呟いた。


 すぐ横を、涙目で殴りかかってるサラリーマン風の男が通り過ぎる。

 俺の肩を掠めても、まるで空気みたいにスルーされる。


「ふむ、やはりすごいですねぇ、影山くん」

「い、いえ……三人同時は初めてで……ドキドキしてて……」


 影山が震え声で答える。

 具体的なスキルの効果が気になるので聞いてみる。


「隠せる数はどのくらいまでいけるんだ?」

「は、はい……やろうと思えば……十人、くらいは……」


「持続時間は、魔力量による?」

「は、はい……動いてると消耗が激しくて……それに、対象が多いとさらに……。あと、5分くらいで使えなく、なります……」


「5分か。……それだけありゃ十分だ」

「ええ、竹原くんの戦闘力は吸血鬼さんには遠く及びません。近付ければ対処できます」


 松下さんが短く頷く。


「松下さんは……まだ、あいつを生かして捕らえるつもりですか?」


 俺は歩きながら、ふと口を開いた。


「……望月さん」

「俺は、あいつを――」


「あ、あそこ……!」


 影山が立ち止まり、小さく指をさす。


 視線の先――

 店舗入り口を抜け、駐車場。


 そこに、竹原がいた。


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