噂のアイツ
――紅い雨が、俺たちに降りそそぐ。
「うおおっ!? くそっ、今度は何だよ!!」
とっさに腕で庇う。
刺さる、刺さる、刺さる。
針みたいな血の雨が皮膚を裂き、肉に食い込み、熱い痛みが全身を走る。
「望月さん、下がってください!」
松下さんが咄嗟に俺を引き寄せる。
その鉄腕に、無数の赤い針がガキガキと刺さっては折れ、刺さっては砕けていく。
「ちょっ……攻撃の密度がさっきより明らかに……!」
「増してますね。これは本格的に《《決め》》にきていますよ」
吸血鬼の周囲に漂う血霧が、まるで意志を持った生き物みたいに蠢いている。
反対に、吸血鬼本人には意志が全く感じられない。
虚ろな瞳に、操られた人形のような挙動。
まるでプログラム通りに動くロボットみたいだ。
「吸血鬼っ!! お前な……ほんと後で覚えてろよ!!」
ちくしょう、こんな酷い怪我しても労災出ねぇんだぞ!
あとでおっぱいくらい揉ませてもらわねぇと割に合わん!
だけど、怒鳴っても彼女からはやっぱり反応はない。
獲物を殺すように手を上げ、次の攻撃を構えるだけ。
血霧が、床を這うように染め広がっていく。
ズズズッ……。
「……下から来ます!!」
松下さんの声と同時。
――ズガァァッ!!
床板が破裂し、その下から血の柱のような槍が突き上がった。
「っぶな! マジでやべぇって!!」
転がるように避ける。
掠っただけで服がざっくり裂けて血が滲む。
まともに食らってたら身体に穴空いてたろ!?
松下さんもギリギリで跳んで避けた。
鉄腕をかすめた血の槍から、火花を散らすように赤黒い粒子が弾け飛ぶ。
「威力が、さらに上がってます……!」
吸血鬼がまた腕を振り上げる。
血霧が反応して、空中で球体になり――
「なんだ……血の、球?」
「マズい! 望月さん伏せて!」
――ボンッ!
「んなっ!? ば、爆発したっ!?」
空中の血球が破裂し、部屋中に凶器レベルの破片が飛び散る。
松下さんが前に出て俺を庇う。
飛んでくる血の破片を打ち払うが、鉄腕にビシビシ小傷がつくほどの圧だ。
「おい、今度はグレネードかよ! やべぇ……マジで一撃一撃が重すぎる……。てか、血の爆弾とか聞いてねぇよ!」
「先程までは使っていなかった能力ですね……。こちらの攻撃に適応して、手札を増やしています」
「適応!? 意識ないのにそんな厄介な……! 強すぎだろ『夜の吸血鬼』!!」
叫ぶ俺の横で、吸血鬼はまたゆっくりと指を上げる。
ただただ、障害を排除するロボットみたいに、無感情に。
「くそ……松下さん、正直これ、攻撃のバリエーション多すぎない? もはや俺の処理能力オーバーしてるんだけど」
「ええ、私でもギリギリです」
松下さんが冷静に言った瞬間、血霧がさらに濃密に――。
「……っ、これは……!」
――ズズズッ!
赤黒い霧が、まるで渦潮みたいに一点に向かって収束していく。
「なんかヤベェの来る匂いしかしねぇんだけど!!」
「所謂、必殺技というやつでしょうか。望月さん、避ける以外の選択肢はありませんよ!」
「必殺技って、漫画じゃあるまいし――って、うおぉっ!?」
松下さんが俺を掴んで離れた瞬間――
――ズオォッッ!!
耳が壊れそうなほどの空気の震え。
赤い渦が、一本の巨大な血の槍に変わる――いや、槍というよりドリルだ。
先端が渦巻いていて、「お前絶対殺す」っていう意志をビシバシ感じられてヤベェ!
「待て待て待て待て待て! でけぇ!! ロケットランチャーじゃん!!」
吸血鬼は表情ひとつ変えず、その槍を――投げた。
「望月さんっ!!」
松下さんが俺を抱えて跳ぶ。
直後、凄まじい衝撃。
ドゴォォォォン!!
衝撃で壁が揺れ、天井から埃が降る。
俺たちがさっきまでいた床がクレーターみたいに抉れていた。
「くそがっ……! あんなん食らったら死ぬどころじゃねぇぞ!!」
松下さんが着地した瞬間、息を切らしながら呟く。
「このままでは、本当に……ジリ貧です」
その言葉と同時に、外から悲鳴とざわめき。
「あ、あの人……笑って……」
「や、やめ……体が勝手に……!」
「うわああっ!!」
魅了だ。
竹原が、またやりたい放題やってやがる。
「松下さん! マジで……外がヤバい!!」
「分かっています。しかし、こちらも限界が近い……」
吸血鬼は、俺たちが弱るのを待っていたかのように、ゆっくりとその綺麗な白い指を上げた。
吸血鬼の頭上で、血霧がまた渦巻き始める。
さらに、紅く染まった天井や床、壁からは無数の血の刃が生み出される。
「あー、これ、次で終わらせるつもりか…… 一か八か、特攻でもしますか?」
「いえ、待ってください。まだ手はあります」
「手って、何かあるならさっさと出してくださいよ! このままじゃ……!」
「はい。聞こえてますね!? 《《影山くん》》!」
「影山……って、え? 誰それっ!?」
ここに来て新キャラ!?
聞いてないんだけど!
――ガチャ。
応接室の扉が、誰かの手によって開いた。
「誰だ!!」
思わず怒鳴る。
逆光でシルエットだけの《《誰か》》が、こちらを覗き込み――
「あ、あのー……す、すんません……呼ばれたので来ましたけど……あの、お取り込み中、だ、だったり?」
と、めちゃくちゃ場違いな声を出した。




