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エグい

 吸血鬼の『魅了の魔眼』が奪われた。


「お前、人のもんとるなよ! モラルどうなってんだ警察官のくせに!」


「ハハッ! テメェに言われたくねぇな魔物使い。テメェも狙ってたんだろうが、さっさと奪わねぇからこうなんだよ。早い者勝ちだ馬鹿が」


 竹原は、わざとゆっくり口角を上げて笑った。


 その時。

 吸血鬼の表情が《《》泣きそう》》から《《何も感じてない》》みたいに、急にストンと落ちた。


「……ちょっと。『狙ってた』って、どういう意味?」

「あ」


「それに、『奪う』?」

「やべ」


 俺は両手で顔を覆いたくなった。

 あぁ、もうお前ほんと余計なことしかしねぇな竹原ァ!

 やるなら自我切っとけよ! なんで記憶も感情もそのまま使ってんだよ! 中途半端なことすんな!


「……『やべ』? 『やべ』って、何?」

「いや、その」

「ねぇ、貴方……私の魔眼が目当てだったの? さっきの『俺のもん』って、そういう……?」


 あ、まずい。


 吸血鬼の視線が、ゆっくりと俺にだけ突き刺さる。

 血の涙が流れて頬を伝ってるのに、その紅い瞳は氷のように完全に冷えてる。


「いや、ほらそれは――」

「貴方、『魅了の魔眼はどうでもいい』って、言ってたわよね?」

「えっと、それはだな……」


 お前、今操られてんだよな?

 自我残したままだから会話成立してるし、めんどくせぇにもほどがあるんだが。


 くそ、これが狙いか!

 さすが竹原、やることが汚え!


「なんだ、やっぱ何も言ってねぇのか? ハハッ、さすが詐欺師らしいやり口だな」


 竹原が楽しそうに割り込んできた。

 こいつ、何言う気だよ。

 嫌な予感しかしないんだが……。


 あ、まさか……!?


 竹原が、心底楽しそうに横槍を入れてくる。


「おい詐欺師、言ってやれよ。『都合よく裏切る気満々でした』ってなぁ!」

「お前ほんと黙れ!!」


 おい、お前余計なこと言うな!

 今関係ねぇだろ!


「……ふぅん。貴方、私に《《隠してること》》、あるのね?」

「違ぇし! 隠してねぇし! 聞かれてないから言ってないだけだし!」


 竹原がにやにやしながら口を開く。


「なぁ吸血鬼、お前がどういうつもりで俺を裏切ってこいつの仲間になったかは知らねぇが


――こいつは最初からお前の魅了の魔眼目当てだぞ」


「は? ……何、言ってるの?」

「おい、お前ふざけんなよマジで!」


 おい、やめろよ!

 マジでやめろよ!

 やめなってぇ……。


「吸血鬼。お前、こいつが『優しそう』だとか『信じられそう』とか、あまっちょろいこと思って仲間になったんだろ? ハハッ、笑わせんなよ」


 竹原は口角を歪め、わざとゆっくり、残酷な声音で言い放つ。


「こいつ、お前の魅了の魔眼しか見てねぇぞ。顔も体もどうでもいい。『魔眼さえ貰えりゃ用済み』だってよ」


「…………」


 吸血鬼の息が止まった。


 やめろ竹原ァ!!

 何をどうひねくれたらそういう言い方になるんだ!!

 今の俺に一番効くやつを正確に撃ち抜いてくるんじゃねぇ!!


 竹原が肩をすくめて、さらに刺すように笑った。


「こいつのスキルに『魔物解雇』ってのがある。仲間をクビにすんだが――あれな、その時にスキルを奪えるんだとよ」


 吸血鬼が、震える声で呟く。


「……スキルを、奪う?」


「『承継』とか耳障りのいい説明だったが、やってることは『搾取』だ。詐欺師にピッタリだなぁ、おい!」


 ……このクソ野郎、俺を捕まえた時にスマホ盗み見てたから全部知ってやがんな。


「大方、魅了の魔眼を奪って自分で使おうとしたんだろ。こいつの『魔物雇用』スキルは使い勝手悪そうだからな」

「……へぇ」


 吸血鬼の瞳が、ゆっくりと俺に向く。


「いや、誤解だ! 竹原! お前適当こくなよ!」


 誤解じゃないです。

 その通りです。

 なんなら、『血液魔法』も含めてスキルは全部もらうつもりでした!

 あ、でも『吸血』はいらないわ。血なんか吸いたくねぇし。


 心の中で竹原の言葉を全肯定してると、吸血鬼の紅い瞳が揺れた。


「……モチヅキ、貴方……本当に……」

「いや、ち、違うんだ! いや最初は……その……」


「――最初は?」


 空気が凍りついた。


「いや違う違う! 話を――」


「最初はそのつもりだったって、こと?」


「いやまぁ、そりゃあ……って違う! とにかく話を聞けって!」


 吸血鬼の声がさらに震え始める。

 怒りじゃない。

 傷ついたときの、あの震え方だ。


「……そっか。へぇ……そうなんだ」

「だから、違うんだって! 俺は……っ、おいマジかよぉ……」


 吸血鬼の声が、涙と怒りと哀しみでぐちゃぐちゃに震えていた。

 揺れる瞳から、赤い涙が、ぽた、ぽた、と落ちる。


 泣くなよぉ……マジで心がキュッとなるんだがぁ……。


「あーあ……私……嬉しかったのに。……貴方が優しい言葉くれたとき、『また、信じてもいいかな』って……そう思ったのに」


「待て、お前のことは――!」


「やっぱり、全部……嘘だったんだ」



 竹原が小さく、腹の底から笑う。


「ハハッ! いいねぇ……その顔。ほら、そいつも同じだ。今までお前を裏切った人間となぁ」


「……っ!?」


 吸血鬼の肩が震え、呼吸が乱れた。


「今までどれだけ裏切られた? 利用された? なぁおい吸血鬼、思い出せ! 全部!」


 竹原の言葉が、《《痛いところ》》だけをえぐるみたいに突き刺さる。

 竹原が言葉をかけるたびに、吸血鬼はそのきれいな顔を歪ませる。


「おい、竹原! お前マジでやめ――」



「――うるさい」



 瞬間、部屋の空気が重くなった。


「え」


「私が可愛いだとか、美人だとか……言ってたのは……やっぱり……」


「おい待て、違う!」


「貴方も……今までの男たちと同じ。……何が『仲良くなりたい』よ。そんなこと微塵も思ってないくせにっ!」


「だから違うってば! 俺はお前が」


「貴方も、結局っ……! 私の『魔眼』しか、見ていないじゃない!」 


 吸血鬼が自分の指を噛む。

 ぷつりと皮膚が裂け、滴り落ちた赤が床に落ち――その瞬間、血が生き物のように蠢きだした。


「待て待て待て! 話を聞けって!」

「うるさい、うるさいっ、うるさいっ!!」


 竹原が、くつくつと笑った。


「ハハッ、魅了の魔眼ってのは便利だよなぁ。ちょっと感情を刺激してやっただけで、この暴れようだ」

「なんだそれ! 何しやがった!」


「なぁに、テメェへの不信感とこいつの過去のトラウマをな。ちょいと煽って箍を外しただけだ。しかしまぁ、ここまでキレるとはなぁ」


 吸血鬼の瞳が、完全に俺だけを敵認定してる。 

 涙が溢れているのに、そこから放たれる殺気は鋭くて冷たい。


 ――やべぇ。


 紅い血が空中に浮かび、矢の形に尖り、刃の形に延びていく。


「……モチヅキ」

「……おい、マジかよ」



 ――『ずっと一緒って言ったのに』

 ――『私だけを見てくれるって……嘘だったの?』

 ――『あの日、置いていったくせに……!』


 ぶわっと、吸血鬼の肩が震える。

 血の涙が一筋、二筋、ぽたぽたと床へ落ちるたびに――

 その血が勝手に形を変えて刃となる。


「ま、待てって! それ俺じゃねぇだろ!? 今の完全に元カレか元主人だろ!?」




「――死ね」



 次の瞬間、血の矢が一斉に放たれた。


 ギィンッ!!


 一本目を、俺は先に動いて切り払う。

 ゴブ太郎仕込みの剣術で、血の矢を弾き飛ばす。


 血の矢が連射される。

 涙のせいで狙いがブレているのに、それでも十分危険すぎる威力。

 俺は慌てて横に跳び、ナイフを振るって弾いていく。


「吸血鬼! 落ち着けって! 操られてんだろ!?」

「黙れ! 詐欺師! 嘘つき! 最低の男!」 


 泣きながら叫ぶ声が痛い。

 でも血の弾丸は容赦なく、壁に突き刺さるたびにジュッと焼ける音を立てる。


「ちょ、待って!? 今の当たったら普通に死ぬだろ!!」


 俺は跳び、転がり、ナイフで弾き返す。

 でも、一発ごとに心臓が締め付けられる。


 泣きながら撃ってくるな!!

 こっちの精神が死ぬわ!!


「なんで嘘ついたのよ! なんで裏切ったのよ!!」

「裏切ってねぇって言ってんだろ!!」


 涙が散る。

 血が舞う。


 竹原がクソみたいに愉快そうに笑っている。


「ハハッ、いいぞいいぞ吸血鬼! そうだそうだ、そいつも他の男と同じだろ? どうせ最後は手のひら返してポイだ。魔眼だけ奪って逃げんだよ、なぁ詐欺師?」


「お前ほんっっっっとうに黙れやクズ警官!!!」



 床に落ちた血が次の刃となって俺の足元から襲ってくる。


「うおっ!? 足元!?」


 やばい、殺意高すぎる!!

 俺はナイフでなんとかしのぎながら反撃の隙を探す。


 でも――


 こいつには、手が出せない。

 いくら操られてるとはいえ、こいつを傷つけるのは……!


 吸血鬼の声が震え、怒りとも悲しみともつかない嗚咽が混じる。


「なんで……なんで裏切るのよ……! 私、信じてたのに……!」


「だから裏切ってねぇっての! 過去の奴らと混ざってるぞ! 」


 いや、傷つける以前に近寄れねぇんだが!?

 明らかに俺より格上くさいぞ。

 オーガの時よりも無理寄りの無理ぃぃぃ!


 血が床から一気に浮かび上がる。

 その量がさっきの比じゃない。


 赤い涙が落ちるたび、攻撃が増える。


「全部……全部……私だけが馬鹿を見るの……!」

「聞いて!? 今すっげぇ自虐モード入ってるけど全部そこのクズ野郎のせいだからな!? 俺も悪いけど、今んとこ七割は竹原のせい!!」


 吸血鬼の涙は止まらない。

 血は涙の数だけ増えていく。


「……裏切られたくない……もう嫌……もう痛いのも、孤独も……いや……!」


「それ、全部俺に来てんだけど!! 俺にぶつけるなよ! 今それ聞きながら攻撃避けてるのマジで心折れるんだが!?」


 涙でぐしゃぐしゃの顔。

 その涙がぽたりと落ちるたび、血の刃が十本、二十本と生成される。


 ――完全に制御不能。

 ――感情の津波がそのまま攻撃になってる。


「……返してよ……信じた気持ち……返してよ……!」


「いやぁぁぁ!? てか俺そこまで信用されてたの!? それはそれで嬉しいんだけど今はめちゃくちゃ怖い!!」


 血の刃が暴風のように襲いかかる。

 近づくこともできない。

 一歩踏み出すたびに、涙で生まれた新たな刃が飛んでくる。


「うわっ、ちょっ、痛っ! お前こんな狭いとこでそんなんやるなよ! これ本気で殺しに来てるやつ!!」


 竹原がニヤニヤと煽り続ける。


「ほら見ろよ吸血鬼。お前は便利な能力持ちなんだ。そりゃ狙われるに決まってんだろ? こいつなんか特に、な!」


「お前は黙れって言ってんだろ!! てめぇの煽りがダントツで被害増やしてんだよ!! マジでお前あとでぶん殴るからな!」


 吸血鬼の血涙が、ぽた、ぽた、と落ちる。


 ――ぽた。


 その一滴だけで。

 俺の目の前に巨大な血槍が形成される。


「え、ちょ、ちょっと待っ――ぐっ……! しまっ……!?」


 死角からの血の矢が肩に刺さり、体勢が崩れる。

 そこへ、吸血鬼が放った血槍が俺を貫こうと一直線に飛んでくる。

 俺の喉元へと吸い込まれるように。




 あ、終わった――









 ガキィィン!!




 金属同士がぶつかったような甲高い音。


 血の槍が、真正面から止められた。


「――っ!? ま、松下さん!?」


 松下さんが、俺の前に躍り出していた。


 右腕一本で――血の槍を真正面から受け止めている。


「うおぉぉお!? え、すげぇ!」

「大丈夫ですか、望月さん」


 いつもと変わらないテンション。


「え、ええ……でも松下さん、腕が……!」 

「ああ、問題ありません」


 松下さんのスーツの袖が裂け、露わになった腕が――


 《《鉄のような光沢》》を帯びていた。


「か、かっけぇ!!」


 えぇ、ナニコレ!

 かっけぇんだけど!

 俺の心の中の中2が狂喜乱舞してる!


 松下さんは涼しい顔でほほ笑む。


「私のスキル『鉄腕』です。効果は見たまま、両腕を鉄のようにする単純なものですが」


「……こ、効果は硬化ですか?」


 いやいやいや、ただの鉄じゃねぇ。

 さっきの血の槍を素手で受けて無傷ってどういうことだよ、この人!!


 ヤベェ、ギャップがエグい。

 エグすぎてくだらんこと呟いてしまった。


 いや待って、この人指揮官じゃないの?

 バチバチの前衛スキルじゃん。


「ふふ、趣味でボクシングを少々嗜んでおりましてね」


 そう言って、松下さんは軽く拳を握り――


 目の前の血の槍を、衝撃波のようなワンツーで粉砕した。


 いや、ギャップよ!!

 



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