やったらやり返される
「魅了されるのと殺されるの、どっちがいい?」
俺の問いに、竹原はぽかんと口を開けたまま固まった。
「……は?」
間抜けな返事しか返ってこない。
「いや、どっちがいいか聞いてんだよ。魅了か殺処分か。お前、どっちの方が良い?」
「ちょ、ちょっと待て。いきなりなんだよそれは……!」
松下さんが眉をひそめる。
「……望月さん。仮にも命に関わる決断を、そんな『今日の晩飯どっちにする?』みたいなテンションで言うのはどうかと」
「いや、こっちもいい加減めんどくさくなってきたんで」
俺が肩をすくめると、松下さんがやれやれと首を振る。
桐生さんが立ち上がる。
「待ってくれ! 殺すなんて……! いくらなんでも、それは――」
「桐生さん、座っててください。俺は本気ですよ」
静かに告げると、部屋の空気がわずかに揺れた。
「い、いきなり何言ってんだテメェ……」
「いや、何回も言わせんなよ。大人しく魅了されて犬になるのと、俺にこの場で殺されるの。どっちがいいかって聞いてんの」
俺はそう言ってポケットに手を突っ込む。
「俺的には――」
そして、果物ナイフを取り出した。
「この場で殺しちゃったほうがいいかなって思ってる」
「「「「!!」」」」
さっきまでのうんこマンいじりの笑いは完全に消え、応接室が静まり返る。
空気が少しだけ冷えた気がした。
「おい望月さん、冗談だよな……?」
桐生さんが眉をひそめ、視線で「冗談に聞こえなかった」という色を出す。
続いて、梅野さんが震える声で呟く。
「望月さん、やめてください……そんなの、望月さんらしくないです」
「……なぁ。『らしくない』って、俺ってどんな奴だと思ってんの? 最初から言ってたでしょ。俺は保身優先だ」
松下さんは何も言わない。
吸血鬼は笑いすぎで溢れていた涙を拭っていた手を止めて、俺をまっすぐに見る。
「……貴方、本気なの?」
「まぁ、な」
勿論、本気だ。
でも怒ってるわけでも、興奮してるわけでもない。
ただ。
「もうめんどくせぇんだよ。いつまでもこんなしょうもないこと、グダグダやってる暇なんてないの、こっちは」
「て、テメぇ…さっきまでガキみてぇなこと言って騒いでたくせにっ!」
竹原の声は震えているが、怯えはない。
「どうせ脅しだろ」という余裕すらある。
むしろ、挑発の色が濃くなってきていた。
「ハッ……ハハハ! やれるもんならやってみろよ! どうせお前ら、殺せねぇだろ! 偽善者どもが! 急に何言い出すかと思えば笑えるぜ!」
ほらな。
マジで殺されるとは思ってねぇんだよ、こいつ。
「いや、別に深い意味なんかねぇよ」
俺は脚を組み直し、軽く伸びをするように背筋を鳴らした。
「……なぁ、竹原。お前、俺が『魔物に押し付ける偽善者』で、『何もできないおっさん』だって思ってんだろ?」
「……ハッ、違うのか?」
鼻で笑いやがる。
話がこっちに戻ると急にイキイキしだすなこいつ。
うんこマンであれだけ取り乱してたくせに、メンタル強いんだか弱いんだかつくづく分かんねぇな。
「それで、吸血鬼と梅野さんは……コンプレックス(笑)が嫌だとか言ってるくせに、それに縋ってる面倒くせぇ馬鹿女で」
「言い方っ!」
「望月さん……私のこと、やっぱりそう思ってたんですか……?」
女子二人が不満顔。
「桐生さんは弟の影を追って自分に酔ってる勘違い野郎」
「あ、あんたに何が……っ!」
桐生さんの強面がさらに怖くなる
「松下さんは人の気持ちを省みない正義厨の老害」
「……」
松下さんは変わらない。
ただこちらを見つめてくる。
ちょっと怖ぇ……。
「お前、そこまで言ってねえだろ……。いや、それでなんだ? 反論があるなら言ってみろよ」
「竹原……お前――」
「わかってるじゃないか」
「は?」
「いや、マジでその通り過ぎてみんなぐぅの音も出なかったもんな!」
「ちょっと! なんで認めてんのよ」
吸血鬼のツッコミがバシッと飛んできた。
痛ぇな、頭叩くなよ!
夜はお前、力強くなってんだから!
「だってマジで事実だし。凄いな竹原。人をよく見てるじゃないか」
「開き直らないの! 私の雇用主なんだから、もう少しちゃんとしなさいよ!」
開き直るとかじゃねぇよ。
事実は事実として受け止めてるだけだ。
「でも、お前らも竹原に言われて否定できてないじゃないか」
「それは……そうだけど……」
竹原が鼻で笑って呆れた声を出す。
「けっ……お前、プライドもねぇのか。情けねぇおっさんだな」
「これもその通り過ぎて草。でもうんこマンには言われたくない!」
「お、俺はうんこマンじゃねえ!」
「もういいわよそれ! 何回やるのよ!」
そう言いつつニヤけてんなよ吸血鬼。
「……でもさ、竹原の言う通りなんだよ」
「……は?」
「全部、正しいよ。お前の言ってること。俺もお前も、全員、似たようなもんだ」
「じゃあ――」
「だけどな」
俺は指をぱちんと鳴らした。
「だからどうしたよ」
竹原の目が揺れる。
「……お前が何言おうが、正しかろうが間違ってようが、マジでどうでもいいんだよ俺は。正論なんざ誰でも吐けるし、犯罪者が正論吐いたところで何の価値もねぇ。そもそもお前の言葉なんて最初から聞いてねぇまである」
「……テメェ」
俺は竹原を指さした。
「でもな……お前は色んな人に迷惑かけた。それは事実だろ?」
「……っ」
「だったら、お前もやり返されるだけっつー話だよ」
魅了された男たち、避難民、人質にされた連中。
俺はどうでもいいけど、彼らはこいつを許さないだろう。
「……『やったらやり返される』」
竹原の肩がビクッと震える。
「世の中なんて大体そんなもんだ」
静寂。
笑いの残り香は完全に消えている。
「……別に俺はな、怒ってるわけじゃないんだ」
竹原の眉がぴくりと動く。
俺は淡々と続けた。
「正直、俺は他人がどうなろうと、お前が何しようがどうでもいいんだ。俺に迷惑かけなきゃな。どうぞ好きにしてくれ」
「……じゃあテメェはなんでここにいんだよ」
俺は椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。
「松下さんに頼まれたからってだけだ。……あと、うちの新人が気にしてたからな。それがなかったら、ここの連中が死のうが奴隷になろうが別にどうでもいいし。お前のこともスルーしてさっさと出て行ってる」
「も、望月さん……?」
梅野さんの困惑が刺さるけど、俺はアンタに前にも言ったはずだ。
「あぁもう、せっかく私が貴方の印象良くしてあげたのに」
さっき竹原と対峙してる時のやつか。
まったく、勝手なことしないでもらいたい。
頼んでねぇよそんなこと言えなんて。
吸血鬼が小さくため息をついた。
「いやぁ、なんかみんな俺のこと『優しい』とか『根は良い奴』とか『お人好し』とか、勘違いしているからさ。ここらで正しとこうかなと」
「別に言う意味ないでしょ。それも今」
だって、変に期待されると煩わしいんだよ。
そういうのが一番メンドイ。
「テメェら、うるせぇよごちゃごちゃと!
で? お前は何が言いたいんだ!」
竹原が苛立って吠える。
「あぁ、すまんな。話が逸れた。つまり、俺が何を言いたいかって言うと」
「あぁ?」
「お前は反省の色もねぇ。改善もねぇ。生かしておいて得もねぇし、害しかねぇ。だったらもう魅了するか、殺すかのどっちかしかないだろ」
「……お前、マジで言ってんのかよ?」
竹原が笑った。口元を引きつらせながら。
「マジだよ。自分の立場分かってんのか? 俺、お前をここの被害者たちの前に突き出すこともできんだぞ。そうなったら……さぞ地獄だろうな」
俺が彼らの立場だったら、出てきた瞬間に竹原をボコボコにしてやるね。
「選ばせてやってる時点で優しいだろ? ほら、選べよ。犬になるか死ぬか」
「……」
沈黙。
竹原は何かを考えているように黙り込む。
そして、しばらく俯き、顔を上げた。
「……バッカじゃねぇの。どうせ脅しだろ。お前に俺を殺す度胸なんか――」
「はぁ……もういいや」
その瞬間、俺の中のスイッチが軽く「カチッ」と入った。
「――お前、殺すわ」




