うんこマン
「いい大人がギャーギャーと泣き叫んであんな大勢の前で盛大に漏らしたくせに、テメェに言われたかぁねぇよ!」
「自分のやったことを棚に上げて、偉そうに説教とかしてんなよ。うんこマンがよぉ!」
「誰も言わねぇけどな、みんな心の中で思ってんだ。『人前でうんこ漏らした奴に言われたくねぇ!』ってな」
「でも、そこをツッコむのはいくら竹原でも『さすがに可哀想かな』って、大人として気を遣ってただけだぞ? なのに、お前ときたら『うんこ漏らし? そんなことありましたっけ?』みたいな顔して何食わぬ顔で座りやがって」
「お前が漏らした事実、絶対無かったことになんてしねぇからな! つーか、うんこ漏らしたくせにここまで偉そうにできるの、ある意味凄いわ」
俺が内心でボヤいてると、いつの間にか部屋が静かになっている。
「……って、ん? なんだ、どうしたみんな? あれ、竹原……?」
竹原は顔を真っ赤にしてプルプル震えてるし、他のみんなは口元を手で押さえて肩を震わせてる。
「お、おま、お前ぇ……っ!」
「……あ、まさかまた漏らすのか?」
「も、漏らさねぇよっ!」
竹原が立ち上がって叫んだ。
それに合わせて、手錠がじゃらじゃらと鳴る。
「……え?」
なんだと!?
こいつ、俺が考えてること……まさか、エスパー……!?
「……貴方ね、全部口から出てたわよ」
吸血鬼が顔をひくひくさせながら言う。
「あ……マジ?」
「はい。早口で一気にまくし立ててましたよ、望月さん」
梅野さんも、さっきまでの沈んだ顔が少しニヤけている。
松下さんと桐生さんも、視線を逸らして肩が小刻みに揺れてる。
完全に笑いこらえてるやつだ。
「マジか。いや、自分では我慢してたはずなんだけど……漏れちゃってたか! うんこだけに」
「ぶふぅっ!」
吸血鬼が盛大に吹いた。
そのまま机に突っ伏して腹を抱えてる。
「ちょ、望月さん、やめてくださいよ!」
「いや、そう言ってめっちゃ笑ってんじゃん」
梅野さんも口元を手で隠して少し涙目になってるし。
「お、お前ら……っ!」
「いや、そんな凄んでも怖くねぇよ竹原。あ、また漏らすのかなって思うだけで」
「うるせぇ! うんこマンって言うな! ガキかテメェは!」
「ガキじゃないよ〜? お前と違ってちゃんとトイレでうんこするし。お前みたいに漏らさないし〜」
「〜〜っ!」
竹原の顔が茹でダコのように真っ赤で、耳まで赤くなっててウケる。
手錠の鎖を握りしめてガタガタ震えてるのは怒りか羞恥か、あるいは――便意からか。
「『俺より潔癖な奴がいない』? ギャグで言ってんのか? 少なくともうんこ塗れのお前よりはみんな綺麗だぞ」
「そ、そういう意味じゃねぇ!」
「あ、臭っ! ちょっと口閉じてもらえます? うんこ臭がするんで」
「テメェ、望月ぃぃっ!」
「怖〜い! うんこマンが怒った〜! や〜い、うんこマ〜ン! 悔しかったらトイレでしてみろよ〜!」
「くそがっ! ぶっ殺してやるっ!!」
「はははっ! クソはお前だうんこマン!」
部屋中が笑いに包まれた。
松下さんまで小さく肩を震わせてるし、桐生さんは顔を背けてるけど絶対笑ってる。
「……望月さん、そのくらいで勘弁してあげてください。さすがにそれ以上は竹原くんが可哀想です」
「頼む望月さん。も、もうやめてくれ」
「あぁ、すみません。思わず」
「あははははははっ!」
いや、アンタらも完全に笑ってるじゃん。
吸血鬼に至っては笑い上戸なのか、腹抱えて転げそうになってる。
「……竹原、すまんな。でもお前が悪いんだぞ。世の中には言って良いことと悪いことがあるんだ。お前も、これで分かっただろ?」
「う、うるせぇ! ぶっ殺してやる!」
「だからすまんて。じゃあお前もあんまりドヤ顔でイキんなよ。漏れるぞ」
「くっ……くそ野郎が!」
「いや、だからそれはお前だって」
「ぶふふぅっ!」
吸血鬼がまた吹いた。
こいつ、涙流して笑ってるけど、ここに来てポンコツ感がさらに加速してんな。
うんこでこんな笑うって小学生か。
「俺を……俺をうんこマンなんて呼ぶんじゃねぇ! 俺はうんこマンじゃない!」
「竹原くん、落ち着きなさい」
「そ、そうだ竹原。誰しも間違いはあるんだ。そんな気にするな。また漏れるぞ」
「うるせぇうるせぇうるせぇっ!!」
竹原は手錠付きの両手で頭を抱えて、まるで駄々っ子のように頭を振っている。
「えぇ……何なの急に。こいつ、ヤベェ薬でもやってんのか? 怖ぁ」
「貴方がいじめ過ぎるからよ! だいたい貴方、デリカシー無さすぎなの! そういう事言う空気じゃなかったじゃない! もういい大人なんだから、言っていいことと悪いことくらい分かりなさい!」
「俺が悪いのかよ! めちゃくちゃ笑ってたお前に言われたくないわ! そもそも俺はみんなを思ってだなぁ!」
「他人のせいにしないの! タケハラのこと言えないわよ貴方!」
吸血鬼が完全に理不尽。
ちょっと「うんこマン」て言っただけだぞ?
そもそも一番笑い転げてたのお前だし!
「あのー、たぶんなんですけど……」
急にキレ散らかした竹原に皆がドン引きする中、梅野さんがそっと手を挙げる。
「! 何か知ってるのか、らい……梅野!」
「な、なんですかそのノリ……。えと、慎ちゃん、子供の時も漏らしたことがありまして……」
出た、梅野さんの幼馴染トーク!
フォローしてますって顔して、実はさらに追い打ちをかける!
実は梅野さんが一番根に持ってる説!
もうやめて! 竹原のライフはゼロよ!
「えぇ……こいつ、ガチの生粋じゃん」
「ええ、まぁ……慎ちゃん、生粋のうんこマンなんですよね」
「……ウメノ、あなたも結構酷いわね」
そりゃあ生粋のうんこマンの幼馴染なんかやってんだ、嫌にもなるだろ。
「その時もクラスの子の仕掛けたドッキリで……漏らしちゃって。その時からあだ名が……」
「あぁ……うんこマン」
「はい……。それで一時期いじめられて不登校に……」
「トラウマになってるのね、可哀想に……」
「望月さんがピンポイントで抉るから……」
吸血鬼と梅野さんがジト目で俺を刺してくる。
「貴方、謝りなさいよ」
「そうですよ。いくら慎ちゃんが悪いことをしたからって、こんな酷いこと……」
「何でだよ! お前らなんで竹原に同情してんだよ! これだからトラウマ持ちのめんどくせぇ奴らは!」
だから俺のせいじゃねぇ!
俺は何も知らなかったんだ。
俺は悪くない。
悪いのは、竹原――そしてうんこだ。
「で、冗談はさておいて……」
部屋の笑いがようやく収まったところで、俺は咳払いして椅子に腰を下ろした。
吸血鬼はまだ腹を抱えてるし、梅野さんは涙を拭ってる。
松下さんと桐生さんは苦笑いで顔を見合わせて、竹原は……まあ、うんこマンは手錠のまま俯いて震えてる。
「……なぁ、竹原」
俺が声をかけると、竹原がびくりと肩を跳ねさせて顔を上げた。
目はまだ赤い。涙目か、怒り目か、知らねぇけど。
「なんだ! 俺はうんこマンなんかじゃねぇ! 」
声は震えてるけど、さっきみたいな勢いはない。
完全にトーンダウンだ。
うんこマン、ライフゼロ。
「うん、すまん。言い過ぎた言い過ぎた。で、ちょっと聞きたいんだけどな」
「……なんだよ、詐欺師。他に何か言いたいことでもあんのかよ」
言いたいことはあるよ。
うんこマンって叫びたいよ。
「ああ。竹原、お前さぁ――」
俺はあえて軽い調子で言う。
「魅了されるのと殺されるの、どっちがいい?」
「は?」
俺の質問に、竹原は固まった。




