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お前にだけは言われたくない

「でも、監視と言ってもどうするんですか? ずっと見張っているってわけにも……」


 梅野さんが竹原を見つめる。

 視線の奥には、不安と呆れが入り混じっていた。


「誰がどうやってやるの? こういうタイプはまたやらかすわよ。監視と言っても限界があるでしょ?」


 吸血鬼が小さい吐息を漏らし、その紅い眼を松下さんへと向けた。


「私と桐生くんが当たることになるでしょうね。他の者では……能力的に無理でしょう」


 他の部下はレベルが低いと言ってたしな。

 拘束してるとはいえ、そんな隙をこいつが見逃すはずがない。

 めんどくせぇことになるに決まってる。


「でも、松下さんはここの指揮があるからなぁ……。となると、桐生さんだけど……」

「な、なんだ? 俺じゃダメなのか……?」

「いや、駄目と言いますか……」


 俺はため息混じりに桐生さんに目を向ける。

 駄目じゃないんだけど……アンタ、竹原に甘いから心配なんだよ。


「ふぅん……あなた、タケハラに《《特別な情》》を抱いてるでしょ」


「「……え?」」


 吸血鬼の言葉に空気が止まる。


「今もコイツのことをどうにかして救えないか考えてる。顔を見ればわかるわ。ふふ、タケハラのこと……好きなのね。なら、尚更そんな人に任せられないわ」

「なっ、ちがっ……! 俺は……!」

「せ、先輩……!?」


 え、そういうこと?

 桐生さんて、そっち……?

 竹原も「マジかっ!?」て顔して驚いてるし。


 そんで、おい、梅野さん。

 何を期待してんだ。

 そんな目をキラキラさせて。


「貴方たち、何考えてんのよ。そういうのじゃないわ。……それも素敵だけど。彼はね、道を誤った後輩を気にしてるだけの、ただの甘い男よ」


「あ、そっちね! はいはい!」

「そ、そうだ! お、俺は竹原の、ことが……」


 いや、そこで竹原をチラッと見ながら言い淀むなよ。

 ホッとした竹原がまた変な顔してるだろ。


「……え、待って、そんなぁ……えぇ……」


 そんで、梅野さんはなんで残念そうにしてんの?

 まさかコイツ、腐ってやがる……!?


「……となると、取れる手段は限られてきます」

「もう面倒くさいし、さっさと魅了しちゃえば良くない?」


 俺の言葉に、吸血鬼がすかさず眉をひそめる。


「簡単に言わないで。アレ、使いたくないの知ってるでしょ」

「命の恩人とか言ってる場合じゃねぇだろ。お前も『どうでもいい』ってさっき言ってたじゃねぇか」


 吹っ切れたように見えたけど、まだ甘いこと言ってんのか。


「……それは、そうだけど。あれ、見た目以上に繊細なの。心の奥にまで踏み込むから、かける側も気を遣うのよ」


 小さく息をついて、吸血鬼は黙り込んだ。

 視線を落としたまま、何かを考えている。

 彼女の指先が、机の縁を無意識にたたく音だけが響く。


「ずっとってわけじゃない。どうせぶん殴れば元に戻るんだ。そこまで気にしなくていいだろ。とりあえずの対処ってことで」


「……他人事だと思って。まぁ、私の魔法でも解除できたし、考えすぎかしらね。……ふぅ、どうでもいいって言ったけど、やっぱりまだ抜けきらないわね」

「長い間それに縛られてたんだ、しょうがねぇよ」


 松下さんが、少しだけ目線を下げて頷く。


「……それが最善でしょう。精神への影響が心配ですが、今の彼には自制を期待できません」


 そのとき、話を静かに聞いていた竹原が、ゆっくりと口を開いた。


「へぇ……なるほどな。今度は魔物に俺を操らせるってわけか」

「なんだ、挑発してるつもりか?」


 俺が呆れたように言うと、竹原は可笑しそうに鼻で笑った。


「違ぇよ。ただ、面白ぇなと思っただけだ。自分の手は汚せねぇから、そこの魔物に押し付けて正義ヅラ。ハハッ、さすがは『魔物使い』だ、手慣れてんなぁ、お前」

「……はぁ?」


 その言葉に、場の空気がぴんと張り詰める


「どうした、事実だろ? やってる事は俺と同じだろ。なのに自分たちは正しいと思ってやがる。俺に言ったこと、そのまま返してやるよ。『正義の味方の偽善者』どもが」


「……いや、まぁ……」


「ハハッ、図星突かれてキレてんのか? どっちがガキだよ、おっさん。魔物がいないと一人じゃ何もできないくせに、偉そうに俺に説教してんじゃねえよ!」

「……」


 竹原はこっちが黙ってるのをいいことに、さらに調子づく。


「テメェもだ、吸血鬼。命の恩人だとか言ってた割に、やることが中途半端で何がしてぇんだテメェは。魅了が嫌だぁ? はっ、テメェの価値なんてそれしかねぇのに何言ってんだ!」

「……なんですって」


「自分でもそう思ってんだろ? だから俺が聞いた時、一番に魅了の魔眼を教えてきたんだろ」

「違う! 私はそういうつもりじゃ……」


「魅了の魔眼を簡単に解除されて悩んでるのがその証拠じゃねぇか。『心を奪うしか取り柄のない化け物』って自分で分かってるから、怖ぇんだろ?」


 吸血鬼の肩がわずかに震えた。

 紅い瞳が竹原を射抜くが、その光には怒りよりも――迷いが滲んでいた。


「……あなた、何が言いたいの」


「簡単な話だよ。お前らは全員、口では正義だ仲間だ言ってるけどなぁ。結局、自分を守りたいだけの偽善者だってことだ」


 竹原の視線が、ゆっくりと梅野さんへ向かう。

 次の標的を見つけた獣のように、静かに、冷たく。


「おい、なぁ、美鈴。お前、俺がこうなって嬉しいか?」

「慎ちゃん……私は……」


 竹原は腕に付けられた手錠を見せつけるように掲げた。


「そうだよなぁ、お前はいつだって自分が可愛いんだからな。自分からは何もしないくせに、『私は悪くない』、『誰も私を理解してくれない』。はっ! 文句だけは一丁前に言いやがる」


 竹原は心底軽蔑したような目で梅野さんを見た。


「ガキの頃から、俺が何度お前をフォローしたと思ってる。楽だもんなぁ、流されるままに生きるのは。で、新しい依存先はどうだ? その気持ち悪いデケェ胸がコンプレックスとか言ってるくせに、それを使って取り入ったんだろ? そこの詐欺師によぉ。ハッ、お前も吸血鬼と同じだな!」

「ち、違うもん! 私はそんな……!」


 竹原は涙目の梅野さんを無視して、次は桐生さんへ視線を向けた。


「桐生先輩、あんたもだ」

「……俺が何だって言うんだ」


「あんたは俺にアレコレと構ってるきやがるが、俺に死んだ弟を重ねてんだろ?」

「……っ」


「俺のためにとか言って、全部自分のためだろ。弟を助けられなかった罪悪感を、俺で晴らそうとしてる。俺を救いたいとか、都合のいい自己満足だ」

「お、俺は……」


 桐生さんが下を向く。

 竹原は薄く笑った。

 勝ち誇ったような、けれどどこか壊れた笑みだった。


「で、だ。最後はアンタだ。松下さん」


 その瞬間、場の温度が一段下がった気がした。

 松下さんは動じず、ただ静かに視線を受け止める。


「あんたの正義は立派だよ。立派立派! 冷静で理屈が通ってて、いつも《《最善》》を選ぶ。……けどな、それでどれだけ人を傷つけてきたか、考えたことあんのか?」

「私は――」


「『それが最も被害の少ない選択だった』とか言うんだろ? 言葉で正当化すりゃ、切り捨てられた奴も浮かばれるってか? あんたの正義は、いつだって犠牲にされる側を無視してんだよ」


 松下の眼差しが一瞬だけ揺れた。

 それでも、声を荒げることはなかった。

 彼はただ、静かにまぶたを伏せる。


「……否定はしません」


 竹原の笑い声が響く。

 乾いた、刺すような音。


「ほらな。結局みんな同じだ。俺を裁けるほど、潔癖な奴なんてここに一人もいねぇ」


 その声に、誰も何も言えなかった。

 空気が、重く張り詰める。

 みんな、竹原に言われたことを重く受け止めてるのか、目を伏せ意気消沈している。


 そんな重い空気の中、俺は――




 「いやいや、待って。盛大にうんこ漏らしたやつに言われたくないんですけど(笑)」



 という言葉をこらえるのに必死だった。


 こいつ、何平気な顔してここに座ってんだよ。

 うんこマンのくせに。





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