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正しさ

「竹原くん、座ってください」

「……」


 竹原の両手には銀色の手錠。

 軽く軋む音と一緒に、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。


「それで、竹原くん。何か申開きはありますか」

「……」


 竹原は何も答えない。

 ただ力なく項垂れたまま、こちらを見ようともしない。


 静まり返る応接室。


 ……いやいや、誰か喋れよ。

 特にそこの警察の二人。

 あんたらの仕事だろうが。

 こっちは巻き込まれただけの一般人なんだから、さっさと終わらせて休ませてくれないかね?


 誰も喋らない中で俺が内心でボヤいてると、やっと桐生さんが沈黙を破った。


「竹原……どうしてあんな事をした。お前があんな事するなんて、何か……何か事情があったんだろ!?」

「……」


 うわ……この人、相変わらずだな。

 まぁ、竹原のことを亡くなった弟に重ねてるって言ってたし、色々とあるんだろ。


 だが、そんな桐生さんの問いにも竹原は変わらず答えない。


「……竹原っ! 何か悩みがあるなら言ってくれ! 俺が力になる、だから――」



「うるせぇな」

「なっ……!」


 ゆっくりと顔を上げた竹原が言う。


「うるせぇって言ってんだよ、桐生先輩」


 その目には、懺悔も後悔もない。

 ただ、自分の正しさを確信しているようなそんな目だ。


「さっきも言っただろうが。俺は正しいことをしただけだ」

「竹原……」


「人々を魅了し、物言わぬ兵隊にして、何の罪もない避難民に対して一方的に暴力を振るう。それがあなたの言う『正しいこと』、というわけですか?」

「……ハハッ、分かってるじゃねぇか。そうですよ、松下さん」


 松下さんの問いに、竹原は小さく笑った。

 手錠の鎖がしゃらりと鳴る。


「俺はな、みんなを守るためにやったんだ」

「守るため、ですか?」


「あぁ。あんたらのやり方は甘すぎる。世界はもう変わったんだよ」


 竹原は顔を上げ、天井を見上げながら続けた。


「あんたらは、まだ元の生活に戻れると思ってるみたいだが――それはもう無理だ」


「何を言ってるんだ! 確かに魔物とかいう化け物が現れて混乱はしているが、すぐに救助が来て事態は沈静化される! お前があんな事をする必要は――」


 桐生さんの言葉に、竹原は鼻で笑って答える。


「救助が来る? はっ、やっぱり分かってねぇなアンタ」

「な、なに!?」


「もう本部ととろくに連絡が取れねぇんだよ。外は魔物だらけで、こっちに構ってる余裕なんてねぇ、向こうも手一杯だ」


「……松下さん、そうなんですか?」

「ええ、残念ながら本当です。本部とは今朝から連絡が取れてません」


 俺が聞くと、松下さんは眉を顰めた苦い顔で頷いた。


 まあ、隣の市でも警察はなかなか大変そうだったからな。

 こっちでも魔物の対応に四苦八苦してんだろ。


「それに、インフラは崩壊しかけてる。避難民を無制限に受け入れてたら、物資なんてすぐ尽きる。そうなったらどうなると思う、桐生先輩?」

「……」


「秩序が壊れる。魔物に加えて、人間同士が争い出す。物資の奪い合いだ。そこに理屈なんてねぇ、やらなきゃ死ぬんだからな」

「だ、だが、だからこそみんなで協力して――」


「アンタは自分を殺しに来る相手に『助け合いましょう』なんて、そんな綺麗事が通用すると思ってんのか?」

「っ……!」

 

 コイツと同じ考えなのはムカつくが、俺もそう思う。

 世界は間違いなく終末に向かってる。

 そんな世界で、桐生のような甘い考えは通用しない。


「現に、俺がこの避難所をすぐに掌握できたのが証拠だ。俺がやらなくても、遠くない未来に誰かがやるだろうよ。だから、誰かが導かなきゃ、この場所はあっという間に崩壊する。俺は……それを防ぎたかっただけだ」


 桐生が震える声で言う。


「……お前、それで本当に守ったつもりなのか?」

「守ったさ。俺は『現実』を見て動いた。それだけだ」


 竹原の言葉が止まり、薄く笑みを浮かべる。


 松下さんが静かに言う。


「竹原くん……最後にひとつだけ、よろしいですか?」


 黒い瞳の奥に、淡い金色が滲む。


 ――魔眼。


 人の魔力の流れ、感情の揺らぎ、嘘の濁り。

 すべてを見透かす瞳。


「あなたは……本気で、自分が正しいと信じているんですね?」

「当たり前だろ。俺は間違ってねぇ」


 竹原の声に、一切の揺らぎはなかった。

 息ひとつ乱さず、信念だけで出来上がった歪な静けさ。


「……そうですか」


 松下さんが、わずかに目を伏せる。

 それを見れば分かる。

 こいつはマジで言ってんだと。


 室内は静まりかえる。



 ――一見、筋は通ってる。

 だが、通ってるようで根っこが腐ってんだよなぁ。


 俺と吸血鬼は顔を見合わせて、同時にため息をついた。


「お前……言ってることは、それっぽいけど」

「中身スカスカね」


「結局、自分が王様やりたかっただけだろ。『俺が導く』とか言って、要は支配して悦に浸ってただけじゃん」

「そうそう。人の自由を奪っておいて『守ってる』とか、詐欺師の常套句だもの。あっちでもたくさん見たわ、こういう男」


「てめぇら……っ、何も分かってねぇ一般人と魔物風情が! 口出しすんじゃねぇ!」


 竹原の声が一瞬荒くなり、すぐに押し殺される。

 眉を寄せて俯くと、唇が小さく震えた。


「俺だって、怖かったんだよ……。こんな世界になって、何が正しいかも分からなくて……。誰かがルールを作らなきゃ、みんなバラバラになる。そう思っただけで……」

「竹原……」


 竹原の言葉に、桐生さんが言葉を飲み込む。

 でも、そんなの俺らには通じねぇんだわ。


「ほら、やっぱり詐欺師じゃねぇか。今度は泣き落としか? ベタベタすぎて笑えるわ」

「『怖かったの〜』って、あなたそんなキャラじゃないでしょ。キャラブレてるわよ、大丈夫?」


「つーか、笑いながら人を殴ってたお前がそれ言っても、全然説得力ないの分かってるか? どういう風に育てばあんな事できんだよ。お前の方が怖ぇよ」

「……無表情で何も言わず、人をいきなり殴り倒して回ってた人も怖いわよ?」


 おい、こっち見んなよ吸血鬼。

 俺に矛先向けんな、今は竹原をおもちゃにする時間だろうが。


「違う! 俺は……! 本当にっ!」


「はいはい……ねえ、これどこまで本気だと思う?」

「いや、どこまでも何も全部自己弁護だろ。癇癪起こしたガキが『僕は悪くないでちゅ〜』って喚いてるだけだ。聞く価値もない」

「ふふ、辛辣ねぇ。でもその通りだわ」


 煽り散らす俺たちに、竹原は射殺すような視線をぶつけてくる。

 こいつ、反応が素直でいいな。


「お前ら、いい加減に……!」

「あ、あの、みんな落ち着いてください……!」


 そこへ、梅野さんが戸惑い気味の声を出した。


「そ、そんな風に決めつけなくても……。やり方は間違ってますけど、慎ちゃんなりにみんなを思っての……」


「ウメノ、気遣う必要ないわ。こいつ、最初から聞く耳持ってないもの」

「……ああ。たぶん、何言ってもムダだよ」


 竹原が、ゆっくりとこちらを見た。


「……そうだな。何言っても無駄だ。俺とお前らじゃ、見てる世界が違うんだよ」


 蛍光灯の唸りが、やけに耳に残る。

 張り詰めた空気の中、松下さんが静かに口を開いた。


「……つまり、自分が上に立たなきゃ混乱すると。そう、言いたいわけですね」

「そうだ。誰かが決めなきゃ、人間は群れじゃいられねぇ。甘やかすから歪むんだ。俺は、それを正しただけだ」


 その言葉に、吸血鬼がふっと笑った。

 冷たい、けれどどこか哀れみの混じった笑い。


「『正した』、ねぇ。あなたがしていたのは、支配。他人の幸福を奪っておいて、正義を語るなんて滑稽よ、タケハラ」

「ふん、黙れよ。魔物が人の理屈を語ってんじゃねぇぞ」


 吸血鬼の紅い瞳が細められる。

 だが反論せず、わずかに肩をすくめた。


「――で、処遇をどうするかですが」


 松下さんの声で、空気が戻る。


「監禁も処刑も非現実的です。放置も危険。現実的には、監視下で行動を制限しつつ、戦力として利用する……でしょうか」

「まぁ、それが無難よね」


 吸血鬼が、仕方ないとばかりに渋々頷いた。



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