ド◯キ会議 2回目
松下さんの言葉に、俺たちは無言で顔を見合わせる。
「起きたんですね。どんな感じですか?」
「はい。身体的な損傷はありません。精神的には多少ショックを受けているようですが……」
まぁ、いい大人があれだけ盛大に漏らしてぶっ倒れりゃ、誰でもショックは受けるわな。
「どうする? このまま放置ってわけにもいかないでしょ」
吸血鬼が髪を払って言う。
「はぁ、さすがに一度は顔合わせとかないとか」
「あの、二人とも」
梅野さんが俺を見上げて、小さく首を傾げた。
「その……慎ちゃんのこと、怒ってますか?」
「いや、怒るも何も。俺は別にどうでもいいって感じですね。勝手に絡んできて、勝手に転がって、勝手に漏らしただけだし」
「言い方がひどいです……」
「いや、事実だし……」
正直、あいつがこれからどうなろうと知ったこっちゃない。
あ、でも一発は殴りたいかな。
頭殴られたの、忘れてねぇぞ俺は!
「うーん、お前はどうなん?」
「私? そうね……私も貴方と同じよ。色々と思うことはあるけど、さっきのドッキリで満足しちゃったのよね。これ以上やるのは……貴方風に言うなら、"めんどくせぇ"よ」
「だ、そうです」
「そう、ですか……」
梅野さんは何かを考えるように俯く。
俺が肩をすくめると、松下さんが静かに頷いた。
「では、場所を移しましょう。応接室を使います。……話をつけるには、今が一番いいかと」
松下さんの目が一人ひとりを見渡す。
静かで、重たい目だ。
俺は息を吐いて、軽口の残滓を払い落とすように肩を回す。
「さて……美女二人からのご褒美タイムは終わりかな。ごちそうさまでした」
「まだ言ってるの? 心配しなくても、あとでた〜っぷり虐めてあげるわよ」
「……なんか響きが卑猥なんですけど、吸血鬼さん」
「あら、何を想像して赤くなってるのかしら。ウメノったらかわいい顔してやらしいわね」
「そんなんじゃないです! からかわないでくださいよ、もう」
「梅野さん、コイツ、大人のお姉さんぶってるけど乙女ですからね」
「ちょっ、貴方何言ってるのよ!」
「乙女……? あぁ……」
「ウメノ! その『あぁ……』は何!?」
「えっ!? いや、あの、意外と可愛いところもあるんだなぁ……と」
「はいはい、ほら行くぞ。どうせまたトラブルになるんだから、さっさと済まそう」
「……あなたの場合、黙っててもトラブルを呼びそうだから油断できないわ」
「ですよね、望月さんですもんね」
「……なんだよそれ」
「ふふ……ずいぶんと仲がよろしいですね。では行きましょう」
俺たちの軽口に松下さんはふっと息をつき、肩の力を抜いたようだった。
この人も大変そうだなぁ、まぁ頑張ってください。
冗談の残る空気のまま、けれどその笑顔の奥には、誰もがわずかな緊張を抱えていた。
そうして俺たちは避難所の奥にある応接室へ移動した。
☆
簡素な長机と椅子、白い蛍光灯。
壁には細いひびが走り、老朽化の影があちこちにある。
まるでこの避難所そのものを象徴するみたいに、空気がどこか重い。
全員が席につくと、自然と息が詰まるような沈黙が落ちた。
吸血鬼は足を組んで表情を引き締め、銀髪の毛先を指で弄ってる。
梅野さんは不安そうに指を絡め、桐生さんは腕を組んだまま、じっと何か思い詰めてるような顔で動かない。
松下さんがテーブルの上に腕を組み、落ち着いた声で淡々と切り出した。
「さて。竹原くんの処遇についてですが……正直、難しい問題です」
「そうですね。あんなことやらかしておいて、無罪放免はないでしょう」
俺が言うと、吸血鬼がうなずいた。
「そうね。彼、あれだけ人を傷つけておいて『ごめんなさい』で済むはずがないわ。避難民の人たちも納得しないんじゃないかしら」
「一応、彼は警察官としての立場でしたからね。拘束し、監視下で事情を確認。状況次第で勾留……それが現実的かと」
松下さんの意見は筋が通っているように思える。
だけど、その現実ってのは魔物が現れる以前の、平和だった頃の現実だ。
「現実的ねぇ……どう転んでも、正直俺は関わりたくないんですけど」
「同感ね。彼の顔を見るだけで血が不味くなりそうだわ」
おい、その血って俺の血のことだよな?
お前、やっぱりまだ吸うつもりなのか……ご褒美、ありがとうございます!
「吸血鬼さん、それ表現怖いです……」
「あらごめんなさい、つい本音が」
「けどまぁ、放っとくわけにもいかないですよね。……あぁ、めんどくせぇ」
俺が腕を組むと、松下が軽く頷いた。
「現状、彼は怪我もなく、気絶から覚めたあとも落ち着いています。抵抗や暴力の兆候もなし。ただ……」
「ただ?」
「静かすぎるんです。まるで、別人のように」
松下の言葉に、全員が顔を見合わせた。
「別人、ねぇ……」
「それ、演技でしょ」
「だな。あの性格でそんな殊勝な態度とるわけねぇじゃん」
梅野さんが不安げに口を開く。
「でも、もし慎ちゃんが本当に反省しているなら……」
「お人好しね」
「うっ……」
「いや、梅野さんが悪いわけじゃないけど、あいつが『本当に反省』なんて信じられる? さっきまで王様気取りで他人をボコボコにしてた奴が?」
「……それもそうですね」
梅野さんが小さくうなずく。
「いずれにせよ、まずは話を聞かなければ判断できません。桐生くん、呼んできましょう」
「……はい」
そう言って松下さんと桐生さんが立ち上がり、扉へと向かう。
残された俺たちは、なんとなく無言になる。
数秒の沈黙のあと、吸血鬼が小さく息をついた。
「……ねぇ、もし彼が本当に改心してたら、どうする?」
「は? 有り得ないだろ。つーか、反省したいなら勝手に反省してろ」
「冷たいわね」
「そりゃあ……マジでどうでもいいし」
「ふぅん……まぁ、そういうことにしておくわ」
なんだその含みのある言い方。
本音言うと、竹原とか放っといてさっさと出ていきたいんだぞ、俺は。
早くレベル上げしたいし。
そんなやり取りをしているうちに、ドアが開いた。
「失礼。……竹原くんを連れてきました」
松下に続いて桐生が入ってくる。
その後ろに――竹原。
髪は乱れ、顔色は悪い。
うんこ塗れの警察の制服からグレーのスウェットへと着替え、足元には健康サンダルを履いている。
いかにもド◯キにいそうな兄ちゃんて感じで、思わず笑いそうになる。
だが、目つきは……妙に澄んでいた。




