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ドッキリ

「……あァああぁ……タけはラァぁあ……」


「ひっ……! く、来るなぁぁっ……!」


 うめき声のような声を上げ、足を引きずりながら、ゆっくりと近づいてくる男。

 包帯の隙間から覗く昏い瞳。

 血に染まった作業着。

 その手に握られた金属バットが、床を引きずり――カラ……カラカラ……カラン……。


「ひ、ひぃぃぃっ……!」


 竹原が後ずさる。

 支配者ぶった態度など、もうどこにもなかった。


「ああぁ……よくも……俺を……あのまま置いていったなぁ……」


 亡者の怨嗟のような声が低く響く。

 血の気を失った竹原の喉がヒュっと鳴る。

 吸血鬼はその様子を見て、口元を押さえて笑いを堪えていた。


「ぷ、ふふ、すごい反応するじゃない」


「ひ、ひぃっ……く、くるなぁぁぁっ!!」


 竹原が壁に張り付いたまま、顔を真っ青にして泣き叫ぶ。


 望月らしきそれは、ゆっくりと竹原に迫りながら、さらに声を低くした。


「おまえがぁ……俺をぉ……殺したんだよぉぉぉぉん……!」

「うぎゃぁぁぁぁあ! 来ないでぇぁぁぁ!!」





 ☆





 避難民たちはただ呆然と見ている。

 松下も桐生も、何が起きているのか理解できないままだ。


「な、なにをしてるんだ、あいつら……」


 桐生が困惑した顔で声を上げる。


「顔は包帯で覆われていて分かりませんが……あれは間違いなく望月さんですよ」


 松下の眼が淡く輝き、苦笑する。


「ええ、でも竹原は……なんであんなに怯えてるんです? 服装とかを見れば望月さんだって分かるでしょうに」

「ふむ……」


「あ、すみません。それはたぶん……」


 二人の会話を聞いた梅野がぽつりと口を開いた。


「慎ちゃん、昔からお化けとか幽霊とか……そういうホラー系、大の苦手で。子供の時なんか、ゾンビ映画なんて見せたら一週間一人でトイレ行けませんでしたから」


「「……あぁ」」


 松下と桐生が同時に納得したように頷く。


「それで、今も望月さんだと気づいてるけど、たぶんゾンビかなんかだと思ってるんじゃないですかね……」


「なるほど……今の世の中なら、それもあり得ますからね」

「……あいつにも苦手なものがあったんだなぁ」


 三人は何とも言えない生暖かい目で、目の前で繰り広げられている茶番を見つめる。




 ☆




 その間にも、望月と吸血鬼は完全に悪ノリモードに突入していた。



「うわぁぁぁぁっ!! や、やめろぉぉぉっ!!」


 竹原の悲鳴。

 絶叫が響くたび吸血鬼は噴き出し、お腹を抱えて笑い転げる。


「ぶふぅっ! ぷ、あははっ、も、もう無理……顔が……ふふふっ……!」

「……おまえぇぇ……笑いすぎだぁぁあ……!」

「んぎゃぁぁぁぁっ!」


 全力で亡者ムーブな望月。

 顔面蒼白で泣き叫ぶ竹原。

 それを見て笑い転げる吸血鬼。

 ドン引きしてそれを見つめる松下たちと避難民。



 避難所の空気は、先ほどの絶望感はすっかり吹き飛んでいた。



「お、おまえのせいでぇ……俺はぁァァ゛あ゛あ゛っ!!」



 血まみれの男――望月は、さらに芝居を盛るように胸を押さえ、ここが見せ場だと、盛大に呻いた。



「あぁ……アァぁぁ……ごぼっ…ゲホ、げほっ! え、おい、ちょっ、待、てゲボぉぉろろろぉぉぉっっ!」


 その瞬間――望月の口から、ドバっと血が噴き出した。

 吸血鬼の血液魔法による血糊が、悲鳴を上げる竹原の頭上に無慈悲に降り注ぐ。


「ぎ、ぎゃああああああっっ!!」

「うぼぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 噴き出す血のシャワー。

 床一面に飛び散る、赤。

 そして、


「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああっっ……――あ――」



 竹原が絶叫し、悲鳴が途切れ――急に、スンッと、静かになった。



 じょわ。



 じょわわわぁぁぁ。

 もりもりもり。



 ズボンにじわりと広がる染み。

 そこから放たれるスパイシーなにほひ。



 望月と吸血鬼が、ぴたりと動きを止めた。


「うぼぁぁぁ……! げほ、げほ……おい、血糊の量多すぎだろ! って、ん? なんだこれ……うわ、くっさ!!」

「え、なに? ……え、ちょっ、きゃっ!? まさか……この子、漏らしたのっ!?」


「うわっ、おい嘘だろ!? ……あ、こいつマジで漏らしやがった! しかもこの臭い……大もかよ! うっわ、きったな!!」


 二人揃って後退る。


「ちょっと! 貴方やりすぎよ! 漏らすほど怖がらせるなんて!」

「はぁ!? お前だって爆笑してたじゃねぇか! 俺のせいにすんなよ!」


「それは仕方ないでしょ! 顔が反則的に面白いんだもん!」

「そもそも、これだってお前のアイデアだろ!  俺はそれに従っただけだし! わざわざこんなドッキリかますなんて、おっまえ性格悪ぃんだ!」


「あ、何よ! 自分だけ良い人ぶって! 貴方ノリノリだったじゃないの!」

「お前のほうがノリノリだったじゃねぇか! この血糊だってこんな出す予定じゃなかっただろ! 明らかにやりすぎだわ!」



 ギャーギャーワイワイと、避難所に響く声。

 竹原は真っ白になった顔で、丸まったまま動かない。


 ――そして、呆然と立ち尽くす避難民たち。




 ☆





 ……いや、正直やりすぎた。


 まさかあんなにビビるとは思ってなかったんだよ。

 最初はちょっと脅かしてやろうくらいのノリだったんだけど――気づいたら楽しくなっちゃってさ。

 あの血糊がダメだったな。

 オーバーキルだわ、アレ。


「……さすがに可哀想じゃない? いい年して漏らすなんて」

「……しかもこんな大勢の前でな。俺だったら死ねるわ」


 さっきまで「俺が王様」だの「俺が秩序」だの言っていたくせに、結果、脱糞だからなぁ……。

 王様や秩序がクソ漏らすなよ、臭。いや、草。


 まぁ、なんだ……竹原、可哀想に……。


 吸血鬼と軽口を交わす横で、竹原は床に座り込んだまま、頭を抱えて真っ白になっていた。


 ……まぁ、さすがに反省はしてる。ちょっとだけ。


「さて……タケハラもこんなだし、私は怪我人の応急処置してくるわ」

「ん、了解。じゃあ俺は……」


 そんな中、梅野さんが近づいてきた。


「望月さん……無事でよかった……! 心配したんですよ……!」


 梅野さんが目に涙を浮かべて、俺の腕を掴む。

 おっふ、柔らかい。

 これは当たってますねぇ。

 何がとは言わないけど、柔らかいのが当たってますよぉ。



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