風邪ひきそう
「それでね、私は言ったのよ。『私は人間を信じる。それで裏切られても、私は構わない』って! 凄いでしょ!」
「……凄いねぇ」
「うん、凄いのよ私は! でもね、そこで終わりじゃないの。その後ね、『だったら望み通りにしてやるぜぇ』って、村の男たちがみんないっせいに襲いかかってきたの! 大変でしょ!」
「……大変だねぇ」
「そうなの、大変だったのよ! 実は村のみんな、その冒険者とグルだったのよ! あり得ないでしょ!」
「……あり得ないねぇ」
「あり得ないなんてもんじゃないわ! いくら私が人を信じるって言ってもね、限度ってもんがあるのよ! 屈強な男が次から次へと群がってきて、私、このまま陵辱の限りを尽くされるんじゃないかと覚悟したわ! でもね、そこで現れたのがあの『勇者様』なの! ヤバくない!?」
「……ヤバいねぇ」
「そうなのよ! それでね――」
☆
……長い。
いや、長すぎるだろクソが。
俺の対面で椅子に座って楽しそうに口を開き続けている女――吸血鬼は、かれこれ30分、いや、1時間はずっとお喋りが止まらない。
軽い気持ちで話を聞いてみたら、これだ。
途中から返事も適当にしてんのに、それに気づいた様子もない。
コイツは構わず喋りまくってる。
オチも何も無い、どう反応したらいいのか分からない話を延々と喋る吸血鬼。
最初に会った時の『理想のお姉さん感』はどこ行った。
今、目の前にいるのはテンション高いただのポンコツ女だ。
竹原も匙を投げるのもなんとなく分かる気がする。
いい加減、話が脱線しすぎてついていけなくなった俺は、強引に口を挟む。
「あの、話ぶった切って悪いけど……俺の質問にも答えてくれる?」
「え〜、ここから盛り上がるとこなのにぃ……まぁ、いいわ。あとでまた聞いてもらうから。貴方聞き上手だし。で、なに?」
「結局アンタ、なんで竹原と一緒にいたんだ?」
ようやく本題だ。
吸血鬼は「んー?」と首を傾げて、胸の前で指を組む。
「最初に会ったのは、偶然ね。昨日かしら、私がこっちに来た時に助けてもらったのよ」
「助けた? アイツが?」
「そう、最初はとても優しかったのよ、彼。日陰に運んでくれて、お水をくれて、服を掛けてくれて……まるで《《人間のいいところ》》の見本みたいだったわ」
うーん、竹原のあの性格なら、助けたっていうより《《拾った》》じゃね?
見た目も綺麗だし使えそうだったから飼ってた、ってだけだと思う。
「助けたって、どんな状況だったん?」
「うーん、本当は弱点だから教えたくないけど……貴方、さっき私を鑑定したのよね。だから知ってると思うけど……私ね、太陽の光が苦手なの。ステータスに書いてあったでしょ?」
「あぁ……確か、太陽と火だっけ? 吸血鬼の弱点と言えばって感じだな。他には、十字架にニンニクとかは弱点じゃないのか? あとは心臓に杭をぶっ刺されるのとか」
「弱点以前に心臓に杭なんか刺されたら誰だって死ぬわよ! ……あなた達の常識はよく分からないけど、私は太陽と火属性の魔法が本当にダメなのよ」
「へぇ、弱点っていうほどだから、なかなか致命的なやつなのか」
「そうよ、出来るなら勘弁してもらいたいわね。それで、タケハラと会った時、私、ちょうど太陽の下で死にそうになってて」
それを聞いて、真夏にアスファルトの上で干からびてるカエルのミイラを思い出してしまった。
いかん、余計なこと考えてないでちゃんと聞かなきゃ。
今はさっきまでのクソどうでもいい話じゃなく、それなりに重要な話をしてるはず。たぶん。
「私、あの時は馬車に縛られてたのよ。奴隷として運ばれてたみたい。人間たちに捕まって」
その声には一瞬だけ、笑いを消した影が差した。
「でも、気がついたら、見たことない建物ばかりの街並みに変わってて。空も……太陽も、いつもと違う。……今なら分かるけど、ここは私のいた世界じゃないのね。それで、周りを見たら運んでいた人間たちも消えてたの。だから、縛られたまま逃げ出して、気がついたら行き倒れてた。そこでタケハラに……助けられたってわけ」
「なるほどな……助けられた、ね」
「ふふ、まるで犬や猫みたいでしょ? ……それで、いろいろ話してみたらわかったの。この世界には突然魔物が現れて、倒すとスキルやレベルが上がるんだって。《《》人間族なら当たり前》》のことを不思議そうに言うのよ。変な話よね?」
……人間族なら当たり前? どういうことだ?
「で、私、その時にね、『たぶん、私もその魔物の一人よ』って言ったの」
「そしたら……あら不思議。人が変わったみたいに冷たくなったの」
あ、なんか目に浮かぶ。
あのゴミを見るような目で人を見下ろす顔。
モラハラ野郎め、魔物差別は良くないぞ。
「さっきまで優しかったのに、目がぜんぜん違ったわ。なんていうか……値踏みするみたいな。動く宝石でも見てる感じ」
彼女は指先で自分の紅い瞳を軽く押さえ、肩をすくめた。
「それからよ。いきなり殴ったり蹴られたり、何をできるか聞かれて……。弱ってる上に昼間だったから、甘んじて受けるしかなかった。それで、正直に答えたの。怖かったしね。魅了の魔眼を持ってるって」
「……その先、アイツがなんて言ったか予想つくわ」
竹原なら「力を貸せ」くらい言うだろ。
しかも、自分に協力するのが当たり前だと思ってそう。
「ふふ、貴方の予想通りよ。そしたら急に優しくなって、『協力したら助けてやる』って。優しいというより、妙にニヤニヤしてたわ」
うわぁ、予想してたけどお前さぁ……。
予想通り過ぎて引くわ。
アイツ、ほんと救えねぇな。
「『お前には利用価値がある』って言って笑ってたわ。……あの人、ああいう顔、慣れてるのね。笑ってるのに、目が冷たいの」
「利用価値、ね……」
やっぱりそうか。
竹原のやつが魔物を助けるなんて、あり得ないと思った。
「……私、あの時はまだ弱ってて力も上手く使えなかった。だから抵抗できなくて。……また、同じだったの。あっちの世界と」
「同じ?」
「私のいた国でも、人間が上で、魔物は下だったの。『人間と動物と、それ以外』――それ以外を全部、魔物って呼んでたのよ。先天的に魔法を使えるだけで、魔物扱い。差別されて、追い出されて、時には狩られるの。……だから慣れてるのよ、こういうの」
小さく笑うけど、笑顔は痛々しい。
「じゃあ、そっちの世界では魔物と人間って争ってたのか?」
「争ってた……というより、一方的ね。魔物の中には人間を襲う者もいたけど、多くはただ生きてただけ。でも違うってだけで、敵扱いされた」
彼女の声は静かで、どこか遠くを見ていた。
「血を吸うから、って理由で私たちは恐れられて。中には本当に人を殺す吸血鬼もいたけど、私は違った。私はただ、村で……穏やかに暮らしたかっただけなのに」
「それで捕まったのか」
「ええ。さっき話したとおり、味方だと思ってた『人間の勇者様』にね」
彼女は笑いながら淡々と話す。
「そのまま奴隷商に売られて、馬車に繋がれて運ばれてたの。娼館行きだったみたい」
……待って、さっきの話ってそんな重い話だったの?
勇者に売られたって何?
ゴブ太郎の時といい、相変わらず世界観がよく分からん。
つーか、だから話長ぇよ!
要点だけ言えよ、要点だけをよ!
あとさぁ、どうでもいいけど……そろそろ俺の服、返してくんない?




