コンニチハ〜(´・ω・`)ノ
――冷たい。
バシャァッ!
「ぶはっ!? っつめてぇぇぇ!! おい!? なにすんだバカッ!?」
視界が一気に覚醒する。
冷水が頭から容赦なくぶっかけられ、全身ビショビショだ。
呼吸も整わず咳き込む俺の目の前で、男がバケツを放り出していた。
「おはよう、一般人。気分はどうだ?」
「……は? お前……なんで……」
目の前の男――竹原は、コチラを見てニヤニヤと笑みを浮かべている。
「はぁ、挨拶には挨拶を返せよ。これだから教養のないクズは……」
竹原が肩を竦めてやれやれとため息をつく。
「人にバケツの水ぶっかけるような奴に教養とか言われてもなぁ」
「ふん、そんな状態で余裕あるじゃねぇか」
「あぁん? あ、そうだお前! いきなり頭殴りやがったな! すげぇ痛かったんだぞ!」
身体を動かそうとする。
――動かない。
「あれ? なんだ、動けんぞ?」
「はは、自分の状況を見てみろよ、おっさん」
見ると、手足が椅子にガッチリ固定されてる。
しかもなんか妙に肌寒い。
「……ん? 肌寒い?」
チラッと視線を下げる。
目の前の光景に、脳が一瞬停止する。
「コンニチハ〜(´・ω・`)」
「…………は?」
俺の息子がコンニチハしてる。
寒さでしょぼくれて縮こまってらっしゃる。
「あ、コンニチハ……うわあああああああああああっ!?!?! なんで俺、裸ァァァ!?!?!」
竹原は鼻で笑った。
「……お前、なに自分のに挨拶してんだよ。ぐっすり寝てたからな、ちょっと観察させてもらっただけだ」
「観察ってなんだよ!? てか脱がすなよ!? どんな尋問方法だよ!? お前変態か!?」
「うるせぇな。ガキみたいに騒ぐな。いい大人が裸でキモいぞ」
「うわ、俺が言ったこと根に持ってんのか。しつこい男は嫌われるぞ! てか、裸なのはお前のせいだろ! キモいのはお前だ! 寒ぃから着るものよこせよ!」
怒鳴りながら必死に身を捩るけど、縄がきつくて逃げられない。
いやマジでこれ何プレイ?
俺、このあとどうなるの?
貞操の危機?
……こいつ、マジでそっち系の趣味だったのか?
あ、だから梅野さんにもあんなキモい絡み方してたのか。
やめてよ、伏線回収いらねぇからな、マジで。
「ははは、調子乗ってっからだ、バァカ! 俺のモンに手出したらこうなんだよ。分かったか、おっさん」
「俺のモンって……梅野さんのことか? 残念でしたー手出してませんー! 少しセクハラしただけですー! だいたい、梅野さんはお前のもんじゃないだろ! あのおっぱいは国の重要文化財だぞ!」
「国……? 何言ってんだお前。はぁ、黙れよ一般人。お前と問答してる暇はねぇんだ。……さて、これなーんだ?」
竹原がポケットから何かを取り出す。
――俺のスマホだ。
「あ、お前! それ俺のじゃねぇか、返せ!」
「安心しろ、壊してねぇ。ただ、こいつの中身が気になってな」
画面を操作しながら竹原は言う。
「『望月友人、レベル15、魔物使い』、ねぇ……お前、どうやってこんなレベル上げたんだ? まだ2日しか経ってねぇってのに、俺より上とかあり得ねぇだろ。それに、この『鑑定』のスキル。クズのくせに生意気なスキル持ちやがって、ズルしてんじゃねぇぞクソが」
「……は? 何言ってんの? ズルじゃねぇし。そういう仕様だし。ちょっと何言ってるか分かんないし」
「松下のジジイがお前に頼んだのもこれのせいだな。ふぅん、アイツの正体もバレたっぽいな」
竹原はスマホを指で軽く弾いた。
画面には、例の《鑑定結果》のログが映ってる。
――おいおい、勝手に覗くなよ。
こんな奴が警察官とか世も末だ。
「てめっ、マジで返せ!」
「いや、いいもん見せてもらった。だが、面白ぇ仕様だな、このスマホ」
「仕様?」
竹原はニヤリと笑い、窓際へ歩く。
「いや、《《あのアプリがインストールされたスマホ》》、か。このスマホな――持ち主から離れねぇらしいぜ。見てろ」
そう言って、俺の目の前でスマホを外に投げた。
「あっ!? お前何してんだ馬鹿ァァァ!!」
叫ぶ俺。
だがその直後――
ヒュッ、と何かが空気を切った。
次の瞬間、目の前にフッと影が現れる。
「……は?」
俺の膝の上。
スマホが、音もなく元の場所に戻ってきていた。
「マジかよ……なにこれ?」
「見たとおりだ。持ち主から離れねぇんだよ。それに、ぶっ壊そうとしても壊れねぇ」
竹原が近くの棚にあった金槌を持ち上げて、これ見よがしに見せつけてくる。
まさか……、
「え、お前それ……試したのかよ。勝手に? 警察官のくせにモラルとかどうなってんだ」
「だからうるせぇよ。壊れなかったんだからいいじゃねえか。細かいこと気にするとか……小せぇおっさんだな」
おい、小せぇって言った瞬間、お前《《俺の》》を見ただろ?
違うし、寒いからだし。
本気だぜばもっと大きいし。
「いや、違う。そういう問題じゃねぇだろ」
……ていうかこのスマホ、絶妙に俺の息子を隠す位置に落ちてきてるの、マジで助かる。
ありがとう神様。
神社燃やしてごめんなさい。
わざとじゃないんです。
竹原のせいです。
「俺のスマホにこんな機能あるとか知らねぇんだけど。どうなってんだ。お前何したん?」
「あぁ? 俺じゃねぇよ。このアプリのせいだ。『終末はじめました』、このふざけたアプリが入ってるスマホは全部こうなってんだよ」
「あの謎アプリかぁ……」
今まで気にしてなかったけど、そもそも謎すぎるんだよなあのアプリ。
気にしたところでどうしょうもないっちゃないんだけど。
「そんなことより、竹原! お前、俺をどうするつもりだ!」
「あぁ? 馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇよ! どうするかって? 決まってるだろ、お前もあの人形たちみたいにしてやんだよ。喜べ、殺さずにいてやるんだからな! お前は今日から俺の忠実な犬だ! ははは!」
「え……お前、やっぱりそういう趣味なの? 人形とか犬とか、そういう……? 性癖拗れすぎじゃね? 若いのに可哀想に……」
「違ぇよ! なに変な妄想してんだ変態野郎が! 頭イカれてんのか!」
「変態に変態とか言われたくないんだけど。おっさん裸に剥いて手足縛ってくるような奴に言われても、ねぇ?」
「この、減らず口を……!」
その時――低い靴音。
部屋の奥の扉が開く音がした。
コツ、コツ、とゆっくり近づいてくる。
銀色の髪が、光を受けてふわりと揺れる。
燃えさかる炎を背にしていたあの影。
黒いコートを纏った女――吸血鬼。
そいつが現れて、部屋の空気が変わった。
近づくたびに、空気が張り詰める。
それでいて、どこか香るような……冷たく甘い匂い。
「……出たな、親玉」
そいつ――吸血鬼は、その綺麗な顔に笑みを浮かべて俺の前に立つ。
「あら……貴方、起きたのね」
その声は、氷のように冷たいのに、不思議と甘く耳に響いた。




