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罰が当たる

「じゃ、いきまーす。せーの……ファイアー!」


 ヒュンッ!

 ガシャン!

 ボッ!


 空気を切る音。

 続いて、ガラスの破片が地面に散って、液体が地面を舐めるように広がる。

 ボッと赤い炎が跳ね上がり、神社の敷地を明るく照らしてる。


「あ、ミスった。奥の方に落ちちゃった。うーん、いまいち身体の感覚が掴めてないな。……まぁいいや、次だ次」


 レベルアップの恩恵で身体能力が軒並み上がってるけど、未だにその感覚に慣れていない。

 本当はお社の側面の壁を燃やしたかったが、強く投げすぎて飛びすぎた。


 ヒュンッ!

 ガシャン!

 ボッ!


「あれ、今度は手前か。次」


 ヒュンッ!

 ガシャン!

 ボッ!


「くそ、上手くいかんな……次!」


 ヒューンッ!

 ガシャン!

 ボボッ!


「……あっれー? まったく当たらん! 次だ次!」


 ヒュッ!

 ガシャン!

 ボッ!


「くそ、人に当てないようにすんのムズいな! 次、次、次!」


 それから数回トライしたけど、目標であるお社には一個も当たらない。

 意外と難しいな、コレ。


「よっ! またミスった! ゲームなら一発で成功するのに!」


 FPSなら放物線ガイドが視界に出て楽なんだけどな。

 いつもなら一擲一殺、余裕だったし。


「次! ……て、あれ? 火炎瓶、これで最後!?」


 リュックを覗くと、残り一本。

 さっき避難所で作った分、確かに一ダースはあったはずなのにいつの間にか無くなってる。

 どうやら全部投げきったらしい。


「そんな投げたのに的に当たらないとか、ノーコンにもほどがあんだろ……」


 パワ◯ロなら「肩力G」レベルのゴミじゃん。

 これ、レベルアップの恩恵とかじゃねぇな。

 そもそもの自分の投擲スキルの低さに呆れる。


「次に雇用した魔物、『教育』で投擲スキル覚えさせようかな……。そんで、またクビにしてスキル貰おう」


 苦笑しながら、残りの一本の火炎瓶に火を点ける。


「ラスト一本。今度こそ当たれ……ファイアー!!」


 ヒュッ!

 ガシャン!

 ボォッッ!


 ――当たった。

 お社の壁に、火炎瓶が見事に直撃。

 ガラスが砕けて液体が広がり、一瞬で真っ赤な炎が噴き上がる。


「よし! 当たった! やっと当たったよ、長かったー!」


 テンション高くガッツポーズを決める。


 ……が、すぐに首を傾げる。


「あ、あれ……?」


 投げるのに夢中で気づかなかった。

 神社の敷地が――木々、鳥居、物置、燃えそうなもの全部――メラメラと燃えて目の前が火の海だ。


「……やべ、やりすぎた。大火事になってる。うわ……ひでぇ」


 誰だよこんな酷いことしたの。

 神社を火の海にするとか罰当たりすぎるだろ。


 火の勢いがさらに強まり、境内に整列していた男たちが一斉に叫び声を上げて走り回り始める。

 さっきまで人形みたいに無表情で突っ立ってた連中が、今は必死で火を消そうとしてる。


「おぉ、動いた。……ってことは、こっちの刺激には反応するんだな。状況動いた。結果オーライだな! なら、ヨシ!」


 開き直って観察してると、燃えさかるお社の奥――炎の揺らめきの中で、黒い影がゆらりと立ち上がる。


「……出てきたか」


 燃え盛る火を背に、そいつは境内へゆっくりと歩み出る。


 人影。

 長いコートのようなものを羽織り、流れる長い髪が炎の明かりで銀色に見えた。

 その足取りには、妙な艶と気品がある。


 だって片手を腰に当ててクイックイッと腰を振るモデル歩きしてるし。

 ここはランウェイか?


 影は周囲の男たちに何かを怒鳴り散らす。

 すると、たちまち男たちは一斉に整列し直す。


「あれが親玉か」


 俺はすぐにスマホを取り出し、『魔物鑑定』を起動。

 ズームして、撮影。

 カシャッ。

 ピロン。


「成功! どれどれ……」




============

《鑑定成功》


・ヴァンパイア(♀)

 能力   : こうげき ☆

        まもり  ☆

        すばやさ ☆

 状態   : 空腹

 弱点   : 太陽

        火

 好み   : 人間の血液

        月夜

        読書

 性格   : 見栄っ張りで繊細

 スキル  :『吸血』

       『血液魔法』

       『魅了の魔眼』

 

《備考》

 吸血鬼の♀。季節外れの厚いコートは太陽光を遮るため。人間の健康な若い男の血液を好むが、タイプの顔じゃないと飲む気にならない。魅了の魔眼で他者を操ることができる。人間のような見た目をしているが、間違いなく魔物。その力は人間とは比べ物にならない。戦うなら力が半減する昼の間にするべし。ちなみに、コートが暑いのか、中身は全裸との噂。要確認。繰り返す、要確認!

        

============



「……吸血鬼?」


 画面を二度見する。


「いや、備考の情報よ。最後のなんだよ」


 コートの下が全裸?

 変態か?

 確認しねぇよ。


 スマホに映ってる情報を眺めて軽く引いていると、火の海の向こうで、そいつ――ヴァンパイアは、ゆっくりと顔を上げた。


 目が、こちらを向く。


 その瞬間、心臓が一拍、ズキンと跳ねた。


「――っ、やばっ!」


 思わず顔をそらす。

 見られた。


『魅了の魔眼』、たぶん、あれだ。


 目が合った。

 慌てずステータス確認。


 よし、魅了はされてない。


「やっぱり射程距離があるのか? でも、スキルを使われた感覚はなかったしな。まだ分からんか」


 なんにせよ、敵の情報は得られた。

 これで俺の仕事は終わり、これで帰ろう。

 頼まれた仕事は果たしたし、これ以上やるなら残業だ。

 俺は定時で帰りたいんだ、残業するなら残業代よこせ。



 スマホをポケットにしまい、神社を見下ろしたそのとき――



 ――ジィィィィィィィィィィィ。



 燃えさかる炎の中で、男たちの全員の目がこちらを向いている。

 虚ろな目で、誰ひとり声を出さず、ただじっと俺を凝視している。


「ひぇ……!?」


 その中心に立つヴァンパイアが、こちらを指差した。

 口元がかすかに動く。命令だ。


 次の瞬間、男たちは一斉にこちらへ走り出した。


「いやいやいや、怖ぇよ!」



 バルコニーから身を乗り出し、雨樋を伝って地上へ飛び降りる。

 地面に足が着いて顔を上げた瞬間、目の前に禿げたおっさん!


「うおっ!? 近っ!」


 反射的に避けて、おっさんの腹に膝蹴りを叩き込む。


 ドゴォっ!


と、派手な音をして吹き飛ぶおっさん。


「あ、やっちまった! 死んだ!?」


 だが、吹っ飛ばされて道路に転がったおっさんは何事もなくのそっと起き上がる。


「マジかよ……、割と全力だったんだけど……っ!?」


 後ろから来ていたもう一人が、手にした木片を振り回して襲いかかってくる。


 咄嗟に金属バットで応戦。

 木片目掛けてフルスイング、木片を吹き飛ばす。

 そのまま、回転を利用して回し蹴りを放つ。


「よいしょぉっ!」


 ドンっ!


 脇腹に蹴りを食らい、ちょうど後ろにいた一人目のおっさんを巻き込んでゴロゴロと吹っ飛ぶ。

 ……が、すぐに立ち上がる。


「くそ、ゾンビかよお前ら!」


 さらに、続々と追っ手がやってくる。

 しかも、みんな無表情で変な走り方――巨人駆逐漫画の奇行種みてぇ――で迫ってくる。


「待て待て待て! 怖い怖い怖いって!」


 松下さんの話だと衝撃与えれば正気に戻るんじゃなかったのか!?

 意識を刈り取らないとダメなのか、でもそれだと頭を狙わないといけない。

 この状況で手加減なんかできんし、さすがに頭を殴ったら殺しそうで躊躇してしまう。


「ええい! 逃げるしかないか!」


 逃げ道確保しつつ、道路をひた走る。

 視界の端にママチャリが見えた。


「いた! 救世主っ!!」


 走ってきた勢いのままに、ママチャリを掴んで飛び乗る。

 ペダルを全力で踏み込むと、タイヤがキュッと鳴いた。


「行けぇぇぇぇぇ!!」


 強化された脚力が火を噴く。

 立ち漕ぎのママチャリは地を滑るように加速。

 背後では操られた連中が立ち止まり、またじっとこちらを見ている。


「っぶねぇぇぇ! 俺、今日生きて帰れる気しねぇ!」


 逃げる道中、何度も後ろを振り返る。

 大丈夫、追いかけてはきていない。


 マジでトラウマもんだぞ、あれ。

 怖かった……やべ、ちょっとチビッたかもしれない。




 ☆




 

「……はぁ、マジで疲れた。足プルプルすんだけど」


 神社からある程度離れた人通りのない路地に入り、自転車を止めて座り込み息を整える。


 背中に冷たい汗が張り付く。


「……とりあえず、任務は達成。鑑定完了。うん、上出来だ」


神社は燃えたしバレて追っかけられたけど、

魅了はされてないし鑑定も上手くいった。

結果は上々、松下さんに良い報告ができそうだ。


「よし、ならさっさと帰ろう。そんで、梅野おっぱいさんに癒してもらお」


「おい」


 立ち上がった瞬間、背後から低い声。


「ん?」


 ガンッ!


 鋭い衝撃が頭に走る。

 視界がぐらりと揺れ、世界が暗転していく。


 倒れ込む間際、ぼやけた視界の中に見覚えのある顔が浮かんだ。


「……お……まえ……?」


 にやり、と口角を上げた男。


「ははっ、一般人が! 舐めてんじゃねぇぞ!」


 松下さんの部下、梅野さんの幼馴染――警察官の竹原が、俺を見下ろしていた。


 その笑顔は、炎よりも冷たく、どこまでも下卑た笑みだった。


「死ね」


 竹原が、手に持った拳銃を俺に向ける。


 ――意識が、闇に沈む。

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