◯ンキ会議 その3
めちゃくちゃダルい。
次の相手はデバフ使いなのが確定した。
しかも、『魅了』とかいう厄介極まりないやつ。
ゲームでよくある精神系の状態異常。
魔物の仕業か、人間が発症してるのか――どっちにしても面倒くせぇ。
「松下さん、その魅了ってのは具体的にはどうなるんですか?」
「ええ。なんでも、魅了状態の者は魅了をかけた者に逆らえなくなるそうです。命令は絶対遵守、逆らうという意思すらなくなる。……実は、先ほど言った尾行していた者も魅了されていましてね」
へぇ、なるほどね。
尾行させたら魅了されて戻ってきた、と。
え、ダメじゃん。
「は……? そ、それって大丈夫なんですか?」
「今はもう大丈夫です。すでに解除しました」
いや、解除したのかよ!
仕事早いな!
「戻ってきた彼が魅了状態なのはすぐに分かりました。私のスキル、『魔眼』は常時発動するタイプですから」
「マジかよ……。ってことは、常に魔力見えてるんですか? 疲れません?」
「慣れました。まぁ、最初は吐きましたが」
淡々と怖いことを言うなこの人。
しかも、それを天気の話するみたいに。
「結論から言うと、魅了状態は解くことができます」
「え、どうやってですか? この避難所にそんなスキル持ってる人なんて……」
「いませんよ。私も含めて、そんな便利なスキルは誰も持っていない。ですから――」
梅野さんの疑問に松下さんは軽く右拳を握り、《《コツっ》》と自分のこめかみを小突いた。
「――殴りました」
「「……は?」」
「頭をガツンと殴るのです。意識を飛ばしてやったら解除されたんですよ」
「えぇ……な、なんでそんなことを……」
梅野さんがドン引きしている。
でも、松下さんの目は真剣だった。
冗談……じゃないらしい。
「ほら……昔から、『悪い子を叱るにはゲンコツ』と相場が決まってるでしょう? だから――」
「ね?」
そう言って、こちらにウィンクする松下さん(60前の渋いおっさん)。
「いや、『ね?』、じゃねぇよ! 昭和のオヤジかよ!」
理屈理屈ぅ!
あんた、知的キャラじゃないのかよ!
思わずツッコんじゃったじゃん!
言った本人もなんか笑ってるし。
「ま、まぁ……効いたならいいですけど」
「ええ。実際、効果はありました。彼は正気に戻り、断片的ながら情報を話してくれましたから。……頭に少し《《たんこぶ》》が出来ましたが」
たんこぶって……結構強めに行ったんか?
松下さんは書類を一枚めくる。
そこにはメモのような走り書きが並んでいた。
「尾行がバレたあと、拘束されたようですが……そのあとの記憶が曖昧だそうです。どうやら、《《眼を見た》》あたりから記憶が途切れているらしい」
「眼ですか……。じゃあ、眼に関係するスキル持ち? いや……」
「あ、あの、相手は人間だったんですか?」
梅野さんの声がわずかに震えていた。
無理もない。
相手が人間かもしれないってのが、一番怖ぇんだ。
「いえ、人間とは限りません。この状況です。魔物が化けている可能性もあるし、人型の魔物という線も十分にある。いまやスキルもステータスも現実にある世界ですからね。常識で測ってはいけません」
「……マジで、面倒くせぇな」
松下は小さく笑い、掛けていた眼鏡をくいっと押し上げた。
「面倒ですが、やるしかありません。避難所の警備体制を見直します。私の『魔眼』、それに梅野くんの『鑑定』による内部の者の再スキャン、避難民の警戒態勢の強化――それと、外の様子を探る必要があります」
言いながら、松下は机の上に視線を落とす。
机には松下の所持品がカチッと綺麗に置いてある。
使い古した手帳、警棒に手錠。
そして、一枚の地図。
一瞬、目を瞑る。
そして、その視線が俺に向いた。
「……それで、ひとつお願いがあります。――あなたに偵察を頼みたい」
「偵察、ですか」
「……正直なところ、驚いていますよ。あなたのレベルが15というのは、ここにいる誰よりも高い。この2日で、どうやってそこまで上げたのか……」
「どうやってって、ただ数を熟しただけですよ。特別なことは……まぁ、《《俺は》》してません。それに単に運が良かっただけです」
そう、運が良かっただけ。
たまたま、ゴブ太郎というレア魔物を仲間にできたから。
たまたま、うまく噛み合ったというだけだ。
……俺の実力じゃない。
「運、ですか。……ふむ。私は運という言葉をあまり信用しません。行動の積み重ねが結果になると、そう思っています」
まっすぐに俺の目を見る。
淡々としたやり取り。
けれど、松下の声には、どこか探るような響きがあった。
なんか、見透かされてる感じがして落ち着かないな。
「……話が逸れましたね。それで、偵察の件ですが……受けていただけますか?」
偵察、か。
やるかやらないかって言ったら、断然1ミリもやりたくねぇ。
しかも、相手は何も考えずに適当にぶん殴ればいい魔物じゃない。
生きた人間だ。
敵の親玉はともかく、人間相手にいらん葛藤とか、メンドイことしたくねぇんだよ、俺は!
「その前に……本当にいいんですか? 偵察っていう大事な仕事を、ぽっと出の俺なんかに任せて」
「ここには他にも人はいますが……彼らのレベルは低い。相手が人でも魔物でも、戦闘になれば足手まといでしょう。ですが、あなたなら、単独でも生還できる確率が高い。……違いますか?」
「……さあ、どうですかね。俺、そのまま逃げ出す可能性もありますよ?」
あえて冗談っぽく言ってみる。
普通なら、隣の梅野さんみたいに「マジかっ!?」みたいな顔して驚くか、「そんなことは許さん」と怒るところだけど……。
「……でしょうね。ですが、それならそれで、構いません」
でも、松下は口の端を少しだけ上げて笑う。
その笑みは、呆れでも、軽蔑でもない。
「人にはそれぞれの守るものがありますから。それを理由に逃げた者を、私は責められませんよ。……そういう現場を、何度も見てきましたからね」
「……へぇ。ずいぶん寛大ですね」
「そう見えるでしょう。ですが、これは信頼です。私の目は、多少なりとも人を見るには役立つものでしてね。あなたは、自分の利だけで動く人間ではないと、私は思っています。……私の目が節穴でなければ、ですが」
目が笑っていなかった。
それなのに、妙に温かかった。
この人、本気でそう思ってるんだな。
「へぇ。人を見る目には自信があるんですか」
「少しだけ、ですね」
そう言って、ふっと目を細めた。
その言葉には、彼なりの信頼が滲んでいる気がした。
「まあ、こちらとしてはあなたが動いてくれるだけで助かります。正直、尾行や偵察の連中は使えません。戦闘力が低すぎてまた魅了されるのがオチでしょう。私と桐生、竹原だけで回すには、手が足りない。――ですから、お願いするしかないんですよ」
「なるほど。頼られるのは嫌いじゃないですけどね。……ただ、戦闘になったら《《被害》》は出ます。いいんですね?」
戦いの最中に手加減ができるのは、圧倒的に戦力が離れている時だけだ。
確かに俺のレベルはここの連中と比べたら高いが、魔物相手に手加減なんかしてられない。
その魔物が人間を操って自分の駒として使ってるんだ、《《そういう事》》もありえる。
「それは、覚悟の上です。私たちだけでも戦えますが、犠牲は避けられません。でしたら……。あなたほどのレベルを持つ者はここにはいませんからね。これが最善の方法なんです」
「……わかりました。やり方は任せてもらっていいですか」
「もちろん。あなたの判断で動いてください」
松下は立ち上がり、俺の正面に歩み寄る。
差し出された手は、硬く、温かかった。
「――頼みましたよ、友人さん」
「……了解しました。やってみます」
そのとき、ふと感じた。
この人の目は、まるで全部見透かしてるようで、なのに、信じてくれているようでもあった。
……でもな、信用ってのは一方通行なんだよ。
こっちからしたらただの足枷みたいなもんだ。
うーん、逃げるに逃げづらいなぁ……。




