松、竹、梅
避難所と化した終末のド◯キに集まる避難民。
そこに、ちょうど数人が新しく到着したところだった。
少し後ろをついていく形で、俺もしれっと列に混ざる。
「はい、次の人! そっちの、君! こっちへ!」
入口の警官が俺に手招きしてるので、いかにも疲れましたって顔で近づく。
「ふぅ……えっと、ここって避難所で合ってます?」
「そうです! 順番に案内しますから、落ち着いて!」
おお、平和な対応。悪くない。
でも、少し不用心すぎない?
ほら、そんな平気で背中を晒して……俺が敵だったら一瞬で――、
いや、何考えてんだ俺は。
あれ、俺ってこんな物騒なこと考えるやつだっけ?
うーん、終末になってナイーブになってんのかな。
今は人間相手に喧嘩売ってる場合じゃない。
そう、今はまだ。
アレが実装されてるか分からない、今は。
俺はそんなしょうもないことを考えながら、列の最後尾につく。
その際、さりげなくあの隠れて覗き見している女の子に背を向ける。
ちょっとした検証だ。
顔が見えてないとダメなのか、ちょっとしたイタズラ心と好奇心で。
すると、目の前の強面の中年警官がちらっとそっちを見て、微妙な顔をした。
「あの、どうしたんです? 中、入っても? ここ、避難所ですよね?」
「ああ、んー、ちょっと待ってね。おっと……」
警官が、おもむろに脇に抱えていたヘルメットを落とした。
拾う拍子に、さりげなく立ち位置を変える。
――俺が、そっちを向くように。
おお! この人、やるなぁ。
つまり、顔を見せないと鑑定できないタイプのスキルか?
それとも俺の方がレベルが上で、あの子の鑑定を弾いた線もある。
いや、もしくはもう見られてて、俺の何かが引っかかったか。
こういう検証、ちょっとワクワクする!
「すみません。ちょっとよろしいですか?」
「はい? なんですか?」
「少しお話を聞くだけですので。どうぞ、こちらへ……」
ヤベ、気づいたら三人の警官に囲まれてた。
うわ、やっちまったか。
ちょっとした観察のつもりだったんだけど。
「すみませんが――あなた、覚醒者ですね?」
「は? 覚醒者? 何言ってんですか?」
ほぉ、どこで気づいたんだろう。
真ん中に立ってる年配の警官が一歩前に出てくる。
声には落ち着きがあって妙な説得力。
場馴れしてる感じでベテラン感がすげぇ。
それに、いぶし銀な渋さがある。
「いきなり現れた化け物、奴らを魔物と呼んでますがね。あれを倒すと、不思議な力に覚醒するんです。その人たちを、――覚醒者、と我々は呼んでます」
「へぇ〜、そんなんになってんですねぇ」
「……えぇ。便宜上勝手に呼んでるだけですがね。それで、あなた……魔物を倒してますよね?」
これは、どう答えたら正解だ?
……まぁ、とぼけても無駄か。
誤魔化す意味もないしな。
「はい、倒しましたよ。襲われてる人を助けたこともあります。レベルも、まぁ少し上がってますね」
「ほぉ……」「おおっ」「ちっ」
警官たちが揃って声を上げる。
おい、一人舌打ちしなかったか?
なんだこのノリ、温度差があるな。
「な、なんですか? やっぱり何か問題でもあります?」
「あぁ、いえ、実はですね……」
年配が口を開く前に、それを遮って横にいた生意気そうな若い警官が手を上げた。
「おい、美鈴! こっち来い!」
「あ、は、はい!」
「っ!? おい!」
影から出てきたのは、さっきのワンピースの女の子。
手にはスマホを握りしめている。
やっぱり、鑑定してたのはお前か。
渋い顔をしてるおっさん警官たちを尻目に、若い警官は得意げな様子だ。
女の子はおずおずとスマホを構え、不思議そうな顔をして俺を見上げた。
「おい美鈴! どういうことだ?」
「あの、慎ちゃん、やっぱり駄目みたい。私じゃレベルが……」
「ちっ、使えねぇ! おい、アンタ! ステータス見せろ!」
おい、なんだこの横柄警官テンプレムーブは。
「はぁ? あの、一応聞きますけど、これ……事情聴取です? 答えなきゃいけない感じですか?」
「当たり前だ! 警察に従うのは一般市民の義務だろ! 早くスマホ出せ!」
「竹原くんっ!」
うぉ、ビックリした。
急に叫ぶじゃん、声でけぇないぶし銀。
まぁ、この若いの態度悪いしな。
教育大変そう。
言うこと聞かない新人って感じだし。
「はぁ……いや、まぁ、確認だけだ。覚醒者の中にも暴走するやつがいてな。すまんが、協力してもらっていいか?」
強面の中年警官が申し訳なさそうに頼んでくる。
「おい、何かやましいことでもあるのか? 美鈴の鑑定でステータスが見えないとか、お前なんか隠してんだろ!」
おい、竹原ぁ。空気読めよ。
コイツ、ナチュラルにこっちを見下してる感じだし、モラハラ気質っぽいな。
もろ体育会系って感じ。
でも、この女の子が鑑定持ってるのは確定だ。
馬鹿のおかげで情報ゲッツ!
「はぁ……いきなりなんなんだよ、アンタら。いくらなんでも態度悪すぎだろ」
「ああ、すまん。おい、竹原! お前は何度言ったら分かるんだ! その口をなんとかしろっていつも言ってるだろ!」
「でも、桐生先輩! こいつ、どう見たって怪しいじゃないっすか! どうせアイツラの仲間っすよ!」
「おい、いい加減にしろよ! お前はどうしてこう――」
この強面は桐生っていうのか。
つか、急に何言ってんだ、コイツら。
なんか内輪もめしてるし、そういうのは他所でやれよ。
こっちもチャリンコずっと漕いでて疲れてんだよ、こう見えてさぁ。
はぁ……、メンドイなぁ。
……あ、そうだ。
――さっきのアレ、試してみようかなぁ……。
そんなことを、目の前の茶番を眺めつつ思う。
すると、いぶし銀が俺を見て……驚くように目を見開いた。
「っ! 竹原くん! ここはいいです、中に戻ってくださいっ!」
「でもっ!」
「桐生くん、連れていきなさい!」
「は、はい! ほら、竹原! 行くぞ!」
「ちょ、ちょっと! まだ話は――」
竹原が桐生に腕を引かれてバタバタと去っていく。
連れてかれてる途中でもなんか大きな声で喚いてて、うるせぇ。
それにしても、
「……大変ですね? 馬鹿な部下を持つと」
いぶし銀にそう声をかけるも、ちょっとだけきっと睨まれた。
「っ、あなたが……いえ、すみませんね。あの若いのは口は悪いが根は真面目でして。ちょっと血の気が多いだけなんですよ」
「はぁ……まぁ、分かりますよ。俺も経験ありますし」
いぶし銀が苦い顔をして竹原のフォローする。
ああいうタイプ、どこにでもいるんだな。
「失礼……私は、松下と言います。警察官ですが、もう定年前でしてね。現場にはあまり出ないのですが……今はこんな状況、人手不足でこうして現場にいるんですよ」
「そうなんですね。俺は……まぁ、ただの一般人です。望月といいます」
「……そうですか。どうぞ、よろしく」
松下が軽く会釈して右手を差し出すので、こちらも笑顔で応える。
なんかやり難いな……。
言葉は丁寧だけどそれ以上の圧を感じる。
さっきからメッチャ目が鋭いし。
この人、絶対覚醒者な気がする。
隣の女の子が小さく手を上げた。
「あの、私、梅野美鈴っていいます。二十歳で大学生です。さっきの慎ちゃん、竹原さんとはご近所……というか幼馴染なんです」
「へぇ、そうなんですね。いや……あなたも大変ですね」
「えと、まぁ……はい。でも、普段は優しいんですよ? 今はちょっと……気が立ってるみたいで」
そう言うと彼女は少し自信なさげに微笑んだ。
うん、DV彼氏と依存する彼女っぽい雰囲気だな。
そうかぁ。
いや、そんな事はマジでどうでもいい。
それよりも、
「すみません。それでさっきの、鑑定? ……あれ、どういうことです?」
松下が一瞬渋い顔をする。
「それは――」
「いいですよ、松下さん。話しても」
「……梅野くんがそう言うなら、私はいいんですがね」
美鈴が小声で言う。
「私の、スキルなんです。スキル名は『人物鑑定』。スマホのカメラで撮ると、相手が覚醒者ならステータスが見えるんです」
「なるほど。それで俺が覚醒者だと分かった、と」
「はい。でも、あなたの場合は……何故か弾かれちゃって。こんな事初めてなんです。たぶん、レベル差だと思うんですけど……」
「へぇ……」
俺は腕を組んで少し考えた。
「……まぁ、別に隠してるわけじゃないんで、見せますよ。ただ、できればあまり言いふらさないでもらえます? 特にあの竹原には内緒で」
「ふむ……そうですね。竹原くんに聞かせるとまた迷惑をかけそうですからね」
「あの、私も大丈夫です。誰にも言いません!」
「良かった、助かります」
松下と菅野の二人が頷く。
俺はスマホを取り出し、アプリを開いた。
ステータス画面を二人に見せる。
「ほう……なるほど。君、強いですね」
「まぁ、運がよかっただけですよ」
「魔物が現れて二日。この短時間でこんなにレベルを上げるのは、さぞ苦労されたことでしょう?」
「えぇと、まあ……そうですね、そこそこ」
「そうですか、そうですか。大変でしたね。……ところで望月さん」
「はい? 何ですか?」
「一つだけ、よろしいですか?」
松下が少し間を置き、低く訊いた。
「あなた、――人は、殺しましたか?」
空気が、ピタリと止まった。




