避難所
俺は駅前のあの地獄を見たあと、ママチャリを一時間ほどキコキコと漕いでいる。
線路沿いの道を進むたび、空気がどんどん重くなってる気がする。
俺のいた街より、ここはずっと《《終末感》》が濃いんだ。
ひしゃげた車、荒らされたコンビニ、火の手が上がる住宅街。
「ネットの話も当てになんねぇ……。荒れ荒れじゃん」
はて、比較的マシとは?
で、だいたいそのどれにも「人間の死体」と「魔物の群れ」がセットで転がってる。
うん、まるでスーパーの抱き合わせ特売コーナーだ。
お買い得ってか。
人の死体には、もう慣れた。
最初の方は近くで見る度に吐きそうになってたけど、二日目にもなると胃袋の方が順応してくる。
もはや、ゲームで見るのと同じ感覚。
ああ、また転がってるな、くらいしか感じない。
魔物の方は倒せそうなら出来るだけ倒してる。
駅前にいたオーガ級の化け物は見なかったけど、コボルトやオークの群れは何度か見かけた。
豚顔の2メートルくらいのデカブツが並んで歩いてる姿は圧巻だった。
もちろん、安定のスルーだ。
他にも、でかい鳥、でかいネズミ、でかいウサギ、でかいトカゲ。
……なんだこの街、動物園でも目指してんの?
逆に、ゴブリンはあまり見ていない。
縄張り的なもんでもあるのかもしれんね。
でも……見慣れた顔がいないのは、少し寂しい。
だってアイツラ、殺すの楽だし。
ゴブリンみたいなファンタジー系より、こういう動物系の方がなんか怖い。
理屈じゃなくて、本能で殺しにくる感じがある。
サバンナにいるライオンとか、そんなやつらと対峙した感じの恐怖だ。
サバンナなんか行ったことねぇけど。
襲われてる途中の人間にも何度か遭遇した。
助けられそうなら助けたし、無理そうならスルー。
スルーするときは「人でなし!」だの「助けてよ!」だの言われたけど、そんなもん知るか。
ヒーローをご所望なら他を当たってくれ。
悪いけど、俺は俺が一番大事なんだ。
誰かのために自分を犠牲にするタイプなんかじゃないよ、俺は。
ただ、助けた人たちにはめちゃくちゃ感謝された。
中にはまだ覚醒してない奴もいた。
そういうのは、ついでにステータスゲットの手伝いをしておいた。
コボルトを一匹捕まえて、サクッと殺る簡単なお仕事。
これで少しは生き延びやすくなるだろう。
嫌がる奴もいたけど、そういう奴には無理強いはしない。
こっちは善意でやってるだけだし、あとで困るのはソイツだからな。
……まぁ、100%善意ってわけじゃない。
これは保険だ。
いつか俺が困ったときの保険。
こいつらが強くなってて、助けてくれたらラッキーってね。
あと単純に――見捨てたときの罪悪感。
これが残ってて、地味にめんどくさい。
それを薄める意味でも、少しくらい手を貸すのは悪くない。
「はぁ……生きるって、けっこうコスパ悪ぃな……」
☆
ソレが見えたのは、漕ぎ出してさらに30分ちょい経った頃だった。
建物の外観はまだ無事。
煙もない。
この終末世界に腹に「ド」と書かれたデカいペンギンが目立ってる。
「よくお世話になったけど、こう見るとシュールだな……」
俺は物陰にチャリを寄せてしゃがみこむ。
広い駐車場の入り口ごとに人が数人立っていて、通行止めの柵がいくつも並べられている。
工事現場とかでよく見るタイプで、ホームセンターとかに売ってそうなやつだ。
制服を着た警察官っぽい人間が数人。
そして、明らかに一般人もいて、ちょっとオラついた近寄りがたい風貌の兄ちゃんたちも多い。
「……見張りか。なるほど、警備体制は一応あるのね」
店舗の入口側は、もっとしっかりしていた。
カート、パレット、木材、鉄パイプ。
いかにもホームセンター製って感じのバリケードが組まれてる。
その前にはでかい布が吊られていて、白いペンキでこう書かれていた。
『緊急避難所』
……ここは避難所ってわけか。
まぁ、なんでもあるしな、ここ。
ドンドンドン。
その駐車場へ、何人かの人影が駆け込んでいく。
荷物を抱えた夫婦、子どもを連れた親、ばらけた若者グループ。
警察官が「こっちです!」と声を張り上げ、彼らを迎え入れている。
「……駅前でも思ったけど、こんな状況でもちゃんと“職務”を続けてるんだな、警察って。俺だったらもう制服脱いで逃げてるわ。すげぇよ、マジで」
しばらくすると、別の一団がやってきた。
制服姿の高校生たちだ。
十人ほどのグループで、ここまで走ってきたのか全員汗だく。
到着した瞬間、泣き出す子もいる。
警察がその子の肩を叩いて、優しく言葉をかけていた。
うん、完全に避難所だな、ここ。
「さてさて……問題は俺が入れるかどうか、だな」
背中のリュックには、水と少しの食料、応急セット、忘れちゃならないゴキジェット数本、あと家にあった使えそうなもの。
正直、長期戦には心もとない。
ここで補給できるならしときたいのが本音だ。
もう少し観察を続ける。
ふむ、人は次々と来てるけど全員が通されるわけじゃない。
中には、入口で警官に何か言われてそのまま引き返していく奴もいる。
「んー、なんでだ? 見たところ別に不審な感じはしなかったけど……」
目を凝らして見てると、理由が分かった。
入り口の影、バリケードに隠れるようにしてスマホを構えた女の子がいた。
制服じゃない。
ふわっとしたのワンピース姿の若い女の子。
来る人たちをチラチラ見ながら、時折手で警察官にサインを出してる。
「……あー、分かった。アレ、鑑定してる」
たぶん、俺と同じように覚醒した奴だ。
『魔物鑑定』の人間版ってやつか。
何か基準で弾いてる感じか?
覚醒者NGとか、犯罪歴持ちとか、そんなとこかな。
俺のと同じで、備考欄に色々書いてあるのかもしれんな。
あの意味分からん仕様。
ソイツの背景とか無駄に詳細に書いてあったりするし。
ま、弾かれた奴らも特に襲われてるわけじゃないし、逆に襲ってきもしない。
どっちも実に平和で穏便なもんだ。
「とはいえ、勝手に情報抜かれるのはちょっとムカつくな。個人情報をなんだと思ってんだ、警察のくせに」
いや、警察だからか?
……でもまぁ、俺も別にやましいスキル持ってるわけじゃないしな。
よし、ちょいと行ってみるか。




