レベル上げは楽しい
二十分も漕ぐうちに、道路の真ん中に転がる車やひしゃげたガードレール、なにかの血溜まりなんかが目立ち始める。
死体を一つも見かけないのはなんでだろね。
「それでも、まだ完全に崩壊したわけじゃないなぁ」
人の姿もちらほらある。
家族連れが荷物を抱えて走っていたり、自転車の前カゴに猫を乗せて避難していたり。
「全然、終末って感じじゃねぇな……」
口の中で呟いた言葉は、少しだけ自嘲っぽかった。
まるでパニック映画でも見ているみたいだ。
映画の冒頭、いつもと変わらない日常にじわじわと危険が忍び寄ってきている、あの感じ。
街の電気は、まだ生きている。
信号も一応は点灯していて、途中で立ち寄ったコンビニもいつも通りの明るさだ。
ただ、中には人影はなく、商品がひどく散乱していて荒らされているようだった。
ちなみに、ネットはまだ繋がる。
スマホで確認すると、いつもの掲示板やSNSが普通に開いた。
情報源としてはまだ使えそうで、ちょっとありがたい。
「#魔物が出た」「#政府の対応」「#レベルって何?」「#当たりジョブ外れジョブ」
そんなスレや投稿が乱れ飛んでいる。
ただし、書き込みの頻度は昨日よりもだいぶ減っていた。
きっと書き込んでた奴らも、もう逃げてるか、死んでるかだろう。
街の中心に近づくにつれ、魔物の姿も増えてきた。
臭いゴブリンの他に、汚ぇ野良犬みたいなコボルトが3〜4匹で群れをなしてたり、キモい豚頭のオークが肩で風を切ってノシノシ歩いてたり。
ゲームでは馴染みのある魔物だけど、実際に見ると違和感がすごい。
それに、どの魔物も揃いも揃ってみんな臭いし汚いしキモいのは、一体なんなんだ?
一応ね、今日も『魔物雇用』やろうとしたんだよ。
でもさ、ありゃ無理だ。
近づいたらビジュアルもスメルも酷すぎて、気付いたら先制斬りしてた。
え、魔物ってみんなこうなの?
基本臭いの?
スメハラがデフォとかコンプラどうなってんの?
そういう話なら、残念ながらうちでの採用の件は見送らせてもらいますよ?
数回戦ってみたけど、ゴブリンやコボルト程度なら数が多くてもかすり傷を一つも負わずに倒せた。
これはマジでスキルの恩恵だ。
ただ、オークは硬くてちょっと手こずった。
ゴブリンとかとは違い、分厚い筋肉と皮下脂肪、もちゃっとした毛皮で、こちらの攻撃が通らない。
なので、ゴキブリン駆除でお馴染みのゴキジェッ◯を噴射したった。
目と鼻を潰されて怯んだ隙に、サクッと目ん玉に果物ナイフをぶっ刺して、そのまま脳味噌をグリっと抉ったらなんとか倒せた。
もう少しレベルアップしてワンパンでぶっ殺せるようになるまで、オークはスルーだな。
面倒臭いし。
昨日までの俺なら間違いなく逃げてたけど、今では見かけたら進んで狩りをするようになった。
ゴブ太郎から横領した……譲り受けたスキルたちは、それほど強力だった。
アパートを出てスキル確認がてら、試しに出くわした魔物と戦おうとした。
最初は1人は怖くてヒーヒー言ってビビって腰が引けてたけど、2体3体と殺ってるうちに……なんかすぐに慣れた。
慣れたというより、たぶんスキルが効いてるんだと思う。
『戦士の心得』の効果だと思うけど……他にも『剣術』『先制斬り』があるけど、コイツラも有能すぎてビビる。
スマホを操作し、スキルの詳細を改めて見てみる。
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・戦士の心得
元部下の『戦士』から承継したスキル。滅公奉私、業務の為なら全てを利用して働け。如何なる困難も押し付け、如何なる理不尽も部下を盾にし、如何なる責任も回避する。成果は我が物。ブラック万歳、リメンバー昭和!
【効果】
こうげき+☆、ぼうぎょ+☆、すばやさ+☆
・先制斬り
相手より先に斬りつける。相手が攻撃してこようとも、こちらが先に動けば勝ち。相手が何を仕掛けようが、先手必勝が鉄則。ただし、格上や経験豊富な者への成功率は低い。失敗した場合はただの斬り。
・剣術
剣の扱いを学び、身体の動きを適応させる。剣も仕事も、流れと間合いを掴み、最小限の動きで最大の成果を出すのが肝心。
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内容は安定のスルー案件だが、この承継したスキルのおかげで俺は戦えている。
今じゃ、魔物はもはや経験値の塊にしか見えない。
「……最初のゴブリン戦のときはあんなに焦ってたのにな」
昨日の初戦を思い出すと酷いものだ。
今じゃ進んで狩りに行ってるってのが笑える。
さらに進むと、街の中心は人でごった返していた。
歩道は避難している人で溢れ、荷物を抱えた人々があっちへこっちへ動いてて忙しない。
車が信号前で詰まって渋滞だし、さっきからクラクションの音が響いてうるさい。
街のあちこちに警察官も立ってて……あれ、ゴブリンを囲んで捕まえようとしてんのか?
「さっさと殺しゃいいのに、何やってんだろ。経験値いらんなら俺にくれないかね」
警察官が拡声器で避難を呼びかけてる。
けど、その目の前をスーツ姿のサラリーマンがスマホを耳に当てたまま駆け抜け、買い物袋を抱えた主婦がその後を追う。
「すげぇな、魔物が出るってのに仕事行くのかよ……まじめか日本人」
そう呟きながら、自転車を押して歩く。
人の多さと騒音で、逆に不安が薄れていくのを感じた。
人間って、群れてると安心する生き物らしい。
駅の近くに来ると、電車の運行が止まっているというアナウンスが聞こえた。
ニュースによれば、線路の途中に“巨大な木”が出現したらしい。
「デカい木……ゲームで言うならトレントか?」
思わず笑ってしまう。
まるで本当に、RPGの世界が現実になったみたいだ。
そう、現実になったんだ。
ラノベと違ってリセットもセーブもない、やり直しのきかない現実が。
その時だった。
ドォン――!
重い衝撃音が響いて、地面が震えた。
人々の悲鳴が一斉に上がる。
車が次々と横転し、血の臭いが風に乗って届く。
子どもを抱えた母親が倒れ、サラリーマンがスーツのまま逃げ出す。
俺はその場に立ち尽くして、それを見ていた。
「あれは……」
駅前のロータリーに現れた巨体。
赤い筋肉隆々の身体。
手にはデカい金棒を持ち、頭には大きな角が生えている。
まるで、地獄の鬼のような姿をした魔物。
「マジか……オーガじゃん」
ゲームやラノベでお馴染み、オーガの登場である。




