アリアハン出てすぐくらい
「よいしょお!」
俺は気の抜けた声とともに金属バットを振り下ろす。
目の前に飛びかかってきていた、灰色のやたら汚い毛並みの二足歩行の犬――コボルト。
涎を垂らして牙を剥き、俺の首目掛けて飛びかかってくる。
だが、俺の振るった金属バットのほうが速い。
ドゴっ!
「キャイン!?」
スキルの補正が効いてるのか、レベルアップ前の俺なら有り得ないくらいのスピードとパワーで振り下ろされた一撃。
当たった瞬間、コボルトの首が弾けるように地面に落ちる。
「うえぇ、汚っ! でも、やっぱりスキル、使えるな」
身体の力を抜きフッと一息つく。
頭が大変なことになってるコボルトは、光の粒となって俺のスマホに吸い込まれていく。
「ふぅ……スキルの試しはこのくらいでいいかな」
ソロで数戦こなすうちに、俺は改めて確認した。
ゴブ太郎から奪っ……いや、譲り受けたスキルは、想像以上に安定して使える。
攻撃力の補助、精度、動作の反応速度――すべて問題ない。
「……金属バットにもスキルが乗るのはラッキーだったな」
スキル『剣術』『先制斬り』というくらいだから、刃がついてるものだけと思ってたけど、金属バットでも問題なし。
包丁は餞別にとゴブ太郎にあげちゃったし、家にある刃物は果物ナイフだけだったから助かった。
「コボルトか……ゴブリン以外のも増えてきたな」
二足歩行の汚ぇ犬・コボルト。
強さはゴブリンと同じ、いや、犬だけにやや動きが早い。
まぁ、誤差の範囲だ
「……しっかし、まさか引っ越して一カ月であの部屋を出ることになるとは」
アパートは中心街から少し離れた場所にあり、隣近所ともほとんど会話したことがない。
たまに出勤の時なんかにいくらか見かけたくらいで、特に顔も覚えていない。
「昨日のゴブリン騒ぎのあと、誰かが戻ってくる気配なかったし……みんな死んじゃったのかねぇ……」
建物の影には乾ききっていない赤黒いシミがいくつか残っていた。
住人がゴブリンに襲われた跡だろうけど、死体は一つ残らず消えていた謎。
「夕方までは残ってたんだけど……。ゴブリンどもが食っちまったか、夜の内に他の魔物が持ってったのか、もしくは……」
まぁ、気にしてもしょうがない。
分からないことはスルーだ。
この終末へと向かってる世界で、俺の目的はシンプルだ。
「生き残ること」
そのために必要なのは、強さと安全圏と物資。
この三つが揃えば、死なないで済む。
少なくとも、今日はな。
レベルを上げて、仲間を増やして、強くなる。
無理はしない、欲張らない、慎重に。
モブはモブらしく、堅実に長くしぶとく、生き残るのだ。
「情報収集も必須だな」
俺はアパートを出てから、街の中心部に向かって歩いている。
昨日までとは違う、未知の領域を探索してリアルな情報を集めるためだ。
昨日ゴブ太郎と彷徨った地域は、半日かけて歩き回ってもゴブリンしか出なかった。
だから、今日はもう少し人の多いところ――まずは、この街の“中心”を覗いてみる。
ゴブ太郎たちの気が変わってこっちに戻る可能性もあるし、少しでも距離を取っときたいってのもある。
「でも、歩いてくのだるいんだよなぁ。駅まで割と遠かったし……おっ?」
そんなことをボヤきながらフラフラしてると、通りがかったアパートの陰にいいものを発見した。
住人の誰かが乗っていたママチャリ。
よし、鍵は差しっぱなし。
もう持ち主はいないだろうし、少しの間、
「……借りまーす」
そう呟いて、俺はサドルに跨る。
漕いでみるとペダルは軽く、ギアの油もまだ落ちていない。
これなら大丈夫そうだな。
車やバイクも考えたけど……
「道路の状態や音のことを考えたらな。自転車の方がコスパ良いだろ……おっ! ゴブリン発見! はい、こんにちは、っと!」
――ガツン!
「キャンっ!?」
チャリで爆走して追い抜きざまに挨拶《先制斬り》。
これ、楽でいいわぁ。




