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正直、巻き込まないでほしい


 ――ドンッ!


 目を潰され、炎に包まれたホブゴブリンが軽トラに突っ込んだ。

 その瞬間、空気が一気に詰まったように静まり返る。


 ……ん? あれ、爆発しない?



 と思った次の瞬間――、



 ――カッ!



 一瞬にして世界が真っ白に弾け飛んだ、


 光。

 閃光。

 太陽を至近距離で直視したみたいな、網膜を焼く光。

 視界が全て、白い光に奪われていく。


 遅れて、轟音。

 腹の底に突き抜ける爆音と、骨の芯を揺さぶるような衝撃がアパートを叩いた。


「ゴブゴブ!?」

「こぶ……!?」

「おい、頭上げんな! 伏せてろ!」


 混乱するゴブリン二人の頭を押さえつけて、俺も必死に柱の陰に隠れるように身を伏せる。


 

 次の瞬間、ゴォウっという音とともに玄関を灼熱の爆風が襲う。

 熱風がドッと押し寄せ、その勢いに背中を叩きつけられたみたいに床に押し倒される。


「っ……、うっ、耳がっ……!」


 鼓膜が破れたみたいにキーンと鳴り、何も聞こえない。

 水中に沈んでいるような耳の圧迫感と、自分の心臓の音だけが妙に頭に響く。


 目を細めながら顔を上げる。

 駐車場の入り口、20メートルほど先にある軽トラは――もう軽トラじゃなかった。


 そこには火柱があった。

 爆炎。

 膨れ上がった火の玉が夜空に突き抜けていく。

 周囲の車が巻き込まれて次々にボンッ、ボンッと二次爆発を起こし、破片の雨がアスファルトに突き刺さる。


「お、おぉ……! マジかよっ……!」


 火炎瓶どころの騒ぎじゃない。

 ポリタンク八個分のガソリンと油、ガスボンベにスプレー缶……俺が荷台に詰め込んだ物、全部まとめて火薬庫みたいなもんだからな……。


 爆風がアパートの壁を叩き、柱の陰にいても衝撃が直に伝わってきた。

 コンクリートの外壁がバリバリと音を立ててひび割れ、窓ガラスが一斉に粉々に砕け散ってる。


 「あっつっ……マジで洒落んなんねぇ……」


 これだけ離れてても肌が焼けるように熱い。

 これ、柱の陰に隠れてなきゃ、たぶん一瞬で炭になってたんじゃね?


 ――ドゴォォォォォンッ!!


「ゴッブ!?」

「こぶぶ……」


 再び、轟音。

 目の前を真っ赤な炎が舐め、煙がドッと押し寄せてくる。

 あんなにガンギマリでホブを攻撃してたゴブリン二人が、その様子に軽く怯えてる。


「こ、今度は何だよ!? うおぉぉっ!?」


 どうやら積んであったガスボンベが爆ぜたらしい。

 鋭い衝撃波が地面を揺らし、柱の陰から顔を出していた俺は後ろのゴブリンたちごと床を転がされる。

 背中を打ちつけ、肺から勝手に息が漏れた。


「がはっ……! あっつ……死ぬ……!」


 炎は駐車場全体を覆い、黒煙が空へと昇っていく。

 焼け焦げたゴムの臭い、ガソリンの刺激臭、肉が焦げる匂いまで入り混じり、吐き気が込み上げてくる。

 

 やべぇ、息、息ができない!

 このままだと死ぬ!


「二人とも、このままここにいるとヤベェ! そこの、そこの部屋に入るぞ!」

「ゴ、ブ!」

「……ごぶぶ」


 俺たちはよろめきながら立ち上がり、すぐ近くの一階の部屋に飛び込んだ。



 ☆



 火の勢いが収まるまで、俺たちは勝手にこの部屋で休むことにした。


 ゴブ太郎は傷だらけでボロボロだったし、姉ゴブも新しい傷はないにしろ痣や打撲だらけだ。


「……よし、っと。とりあえずこんなもんだろ。どうだ、痛むか?」

「ゴブ!」

「あぁ、でも応急処置だからな。無理するなよ」


 部屋から拝借した救急セットで見様見真似で応急処置を済ませ、一息つく。



 外の音も落ち着いてきたようなので、玄関をそっと開けてみる。

 アパートが燃えている、ということもなく、さっきまでのあの肺を燃やすような熱風は収まっていた。


 3人で恐る恐る外に出てみる。

 振り返れば、アパートの外壁はススで真っ黒。

 鉄筋コンクリートだから倒壊はしてないが、駐車場に停めてあった数台の車はほぼ全滅。

 駐車場はまるごと地獄の釜みたいになっていた。


「うわぁ……なんでこうなった? マジで終末じゃん、こわ!」

「……ごぶ」

「ゴッブ?」


 姉ゴブが俺を見上げてなんか言いたそうな顔してる。

 なんだよ、こっち見んな。

 俺のせいって言いたいのか?

 上司になんだ、その態度は。お前新人のくせに。


 ゴブ太郎、俺をそんな目で見るな。

 違う、俺のせいじゃねぇ。

 ……こんなはずじゃなかったんだ。

 もっとこう、ね?

 ゴブリンだけを一掃するくらいの、いい感じの威力になるかなって思ったんだけど……。

 いや、少しは俺のせいもあるかもしれんよ?


「まぁ、なんだ……あれに突っ込んだホブ、死んだよな?」


 二人のドン引きな視線をスルーして、軽トラの方へ歩き出す。


 さすがにこの威力、この惨状だ。

 間近で直撃したホブが生きてるはずないけど、一応確認はしておく。


 ……生きてないよね?

 フラグとか立ってないよな?



 軽トラに近づくと、俺作成軽トラ爆弾の威力がわかる。

 軽トラはその原形をとどめておらず、フレームはひしゃげていて地面のアスファルトがクレーターみたいに凹んでる。ひび割れがやべぇ。


 軽トラ自身もいまだにメラメラと炎を纏ってて、荷台に積んであった物はほとんどが吹き飛んでた。


 すぐ近くの住宅の外壁にガスボンベらしきものが突き刺さってて、シュールな光景にちょっと笑える。


「おぉう、我ながらすげえ威力。……で、あの筋肉バカはどこだ? 原型も留めず吹き飛んだか?」


 ファンタジー生物のホブゴブリンといえど、さすがにコレを食らって生きてるはずないよな?

 俺の安全靴シュートや火炎瓶で多少はダメージ与えられるくらいの硬さだったし。


「……ごぶ!」「ゴブ!」


「うぉ!? ……なんだよ、どうした二人とも。つか、突然声あげんなよ。マジビビるから」 


 ゴブリン姉妹が同時に声を上げる。

 マジやめて?

 ホブかと思ったじゃん。


 どうでもいいけど、コイツら声似てないな。

 ゴブ太郎は高めの声で、姉ゴブは低めだ。

 だからなんだって話だが。


 しょうもないことを考えつつ、二人が指差す先を見る。

 軽トラから少し離れた道路に、なにか黒い塊が転がっている。


「まさか、あれ……ホブ、か?」



 ☆



 黒い塊に近づくと、それはやっぱりホブだった。

 両腕両脚は燃え尽き、残った身体も焼けただれて酷い。

 あの誇示していた筋肉はもう見る影もなく、炭みたいに崩れていた。


 ……それでも、まだ生きている。


「……すげぇな」

「ゴブ……」

「……ごぶ」



 二人のゴブリンは無言でホブ――兄を見下ろす。


 確かにホブは敵だった。

 女王の、母親の仇。

 でも……コイツラの兄でもあるんだよな。

 俺には分からない、知らない何かがあるんだろう。

 だからか、二人の表情は曇っている。


 俺にも多少思うところがある。

 このまま放っておけば、いずれ勝手に死ぬだろう。

 けど、それでいいのか?









「……どうする? トドメ、さしてやるか?」


 腰に差していた包丁を抜いて、ゴブ太郎に渡す。

 ゴブ太郎は一瞬だけ迷った顔をした。

 震える手で受け取って、ゆっくりと、ホブへと歩き出した。


「……ゴブ」


 包丁を振り上げようとして、止まる。

 迷う声。


 その時――。


 

 その手を、姉ゴブがそっと取る。





「……ごぶ」




 短い声。

 でも、確かな意思。


 迷うゴブ太郎から、少しだけ奪い取るようにして包丁を受け取り握る。

 姉ゴブはふらつきながらホブの前に立つ。


 そして、黒焦げの顔にそっと手を添える。


 ホブはもう目が見えていないだろうに、それでも確かに見つめ合っていた。



「……ほぶ……」


 ホブが掠れる声で、何か呟く。

 だが姉ゴブは答えない。







 沈黙。






 そして、ゆっくりと。

 ホブの胸へ。




 ――サクッ。



 包丁が胸を貫く。


 鋼鉄の肉体なんてどこにもなかった。

 ただの肉の塊に、包丁はあっさりと突き刺さった。


 ホブは小さく「……ほぶ」と呟き、光の粒となって消えていく。

 やがて、その粒が集まって、スマホに吸収されていく。


「……ゴブ」

「……っ」


 姉ゴブに寄り添い、抱きしめるゴブ太郎。

 その腕の中で、姉ゴブは静かに涙を流していた。

 それが復讐を果たせた嬉し涙なのか、それとも別の意味なのか……俺にはわからなかった。













 ピロン!


 スマホから通知の音がする。

 たぶん、レベルアップの音だろう。

 それはあまりに無機質に、静かな世界に響き渡った。



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