部下のプライベートには関わらないほうがいい
軽トラをアパートの近くの影に停める。
エンジン音に気づかれないかとヒヤヒヤしたが、どうやら戦いに夢中でそれどころじゃないらしい。
荷台から火炎瓶を両腕に抱え、駐車場をそっと覗き込む。
ゴブ太郎は肩で荒々しく息をして、全身傷だらけでボロボロだ。
俺からパクったTシャツも血塗れになってて、見るからに痛々しい。
対するホブゴブリンは傷らしい傷もなく、顔には歪んだ笑みを浮かべてる。
ゴブ太郎を見下ろす視線がなんか嫌らしい。あと筋肉ヤベェ。さっきより膨れてない?
取り巻きのゴブリンたちは全て光の粒へと還ったらしく、駐車場はやけに静かになってる。
あいつ、この短い時間で全部片付けたのか。
「おぉ、やるなぁ、ゴブ太郎! ……いやいや、感心してる場合じゃねぇわ」
今はホブゴブリンとゴブ太郎が距離を取り睨み合っている。
「このまま火炎瓶ぶん投げたらいけるか……?」
近いとはいえ、俺からホブゴブリンまで20メートルくらいはありそうだ。
レベルアップで身体能力が上がってるけど、この距離を当てられる自信なんてねぇぞ、俺。
「これ、火をつけたら爆発したりしない? 大丈夫か?」
自作の火炎瓶の頼りなさったらない。
中身はガソリン、それに食用油を足してある。
なんでも「粘性が上がって火力増」らしい。
ネットで見た知識を信じたけど、暴発しないか心配だ。
「やっぱもう軽トラごと突っ込むか? ゴブ太郎に通話してタイミング合わせりゃワンチャ――ん?」
ふいに、視界の端でなにかが動いた気がした。
「っ!? ゴブリンっ!? な、なんでここに!?
軽トラの影、そこからぬるっと1体のゴブリンが現れる。
「くそっ、見張りか!? 武器、武器は!? 金属バットどこ!?」
やべぇ、金属バットは運転席に置きっぱなしだ!
手に持ってるのは火炎瓶、でも火をつけてないしこの距離で使えば俺も巻き添え食らう!
「す、素手でやるしかないか!?」
素手……はなんか、触りたくないなぁ。
よし、蹴りだ!
幸いにも俺が履いているのは安全靴!
つま先には、なんと1トンの荷重にも耐えられる鉄板入りだ!
「履いてて良かった! これでおもっくそ蹴飛ばせば……って、あれ? なんだ? 襲ってこない……?」
よく見れば、そいつは身体のあちこちに傷や痣がある。
ゴブ太郎にやられたにしては傷が新しくない?
足を少し引きずって痛みに顔を歪めながら、ただ俺の目をまっすぐ見つめている。
「なんだよ、その目……お前、俺に何か用か?」
昏く濁った丸い瞳。
敵意でもなく怯えでもなく、なにか覚悟を決めたような視線。
「……ごぶ」
「なるほど……?」
……うん。そうか、何言ってるかわからん。
今まで普通にゴブ太郎と意思疎通できてたから忘れてた。
仲間じゃないゴブリンが何言ってっか分かんねぇわ。
「すまん、お前が何を言いたいか俺には分からん。でも、俺の言葉は分かるんだよな?」
「……ごぶ」
なんか、ゴブ太郎の時と似てるな。
こっちの言葉に反応して頷いてるし。
「よし、ちょっと待て。1回俺のスキルで鑑定させてもらっていいか? お前が何を言いたいか分かるかもしれん。いいか、動くなよ! マジで頼むぞ?」
大人しくし従うゴブリンに、スマホを取り出してカメラを向け『魔物鑑定』を発動。
カシャ!
ピロン!
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・ゴブリン(♀)
能力 : こうげき ☆
まもり ☆
すばやさ ☆
状態 : 衰弱
弱点 : 頭
好み : 妹
性格 : 女傑
《備考》
ゴブリン族の王女。ゴブ太郎の姉。弟であるホブゴブリンの王位簒奪後、捕らえられて慰み者となる。既に繁殖能力はない。慰み者となってもホブゴブリンへの復讐心は折れず、機会を虎視眈々と狙っていた。次期女王であり、唯一の妹であるゴブ太郎を案じている。
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へぇ……。
王女ねぇ。ゴブ太郎の姉さんなんだな、あいつ姉もいたのか。
ふーん。
……あれ? じゃあゴブ太郎って、あいつも王女なん? あの感じで? ないわー。どう見たって王女ってより暗殺者じゃん。それかガンギマリなチンピラ。口調もなぜかギャルだし。なんだよ「あーし」って。ギャルは好きだけどゴブリンのギャルなんて想定してないわ。
そっかー。
あのホブ、クーデター起こしたんか。やるじゃん。てか、ゴブリンって女王制なのね。ラノベでよく見る「ゴブリンキング」とかの♂じゃないんだな。蜂とか蟻みたいなもんか? あ、だからみんな兄弟なのか。
そっかー。
うん。
「って、何かわかるどころじゃねぇ! 情報量! 備考欄有能だな、おい!」
「ごぶ……?」
もしかして、『魔物鑑定』ってチートか?
コイツラの事情なんて知りたくないんだけど!
☆
「なるほど、つまりお前はホブをぶっ殺したいんだな?」
「……ごぶ、ごぶ」
軽トラの影で座ってゴブリンの王女と話をしている。
いや、喋ってるのは俺だけで、こいつは頷くだけだが。
ゴブ太郎のお姉さんは至近距離で俺をじっと見つめてくる。
近い。
そして、臭い。
ゴブ太郎とは違うベクトルの臭さだ。
身体中傷と汚れで塗れていて、ぶっちゃけ汚い。
備考欄通りなら、ろくに風呂にも入れてなさそうだし。
「ぶっ殺すってもなぁ。一応策はあるにはあるけど……お前の方はなんかあんの?」
「……ごぶごぶ」
「いや、何言ってっか分かんねぇし」
さっきから身振り手振りでなんとか伝えようとしてくれるけど、ゴブ太郎の時みたいにスムーズにには届かない。
パラパラ踊ってるゴブリンにしか見えなくて草。
「なんかないかな、言ってることがわかるような方法……」
「ごぶぅ……」
ゴブ太郎みたいにフワッと直接意味を受け取れるほど信頼度が高ければ良かったんだが……。
「……あ」
「……ごぶ?」
「馬鹿か俺は。雇用すりゃいいじゃん」
そうだ、すっかり忘れていた。
ゴブ太郎も仲間にしてから意思疎通ができたんだ。
さっきまでゴブリン見れば即殺だったから失念してたわ。
今ならゴブ太郎もいないし、サクッと雇用しちゃおう。
「よし、じゃあ『魔物雇用』。お前、一旦俺の仲間になれ。雇用条件はお前の願い、ホブの討伐だ。その代わり、俺の指示にはちゃんと従うこと! いいな? ちゃんとだぞ! 勝手に突っ走るなよ!」
「……ご、ごぶ!」
ピロン!
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《魔物雇用に成功しました》
《ゴブリンが仲間になりました》
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「オーケー、オーケー! これで意思疎通できんだろ。なんか喋ってみ?」
「ごっぶ……?」
「分かる分かる! でも、ゴブ太郎ほど明瞭じゃないんだな。なんかカタコトで聞こえる。なんでだろ……信頼度の差か?」
「……ごぶ」
続いて、この姉ゴブのステータスも確認する。
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名前 : なし
種族 : ゴブリン(♀)
レベル : 1
信頼度 : 妹の旦那
ジョブ : なし
能力 : こうげき ☆
まもり ☆
すばやさ ☆
状態 : 衰弱
弱点 : 頭
好み : 妹
性格 : 女傑
《備考》
ゴブ太郎の姉。ホブゴブリンへの復讐、辛くともそれを糧に生きてきた。ホブを殺す為なら人間とも手を組む。愛する妹が認めた人間に興味津々。
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「旦那じゃねぇよ!」
「……ごぶ?」
「違ぇよ! 勝手に旦那認定するな!」
「ご、ごぶ……」
「だから違ぇっての! お前と同じだ! 目的のために一緒に行動してるだけ! 仕事だ! 説明とかメンドイから! ビジネス! ただの職場の部下! それ以上でもそれ以下でもない! オーケー!?」
「……ご、ごぶぅ」
まったく、失礼しちゃうぜ!
職場恋愛なんてするわけねぇだろ!




