ゴブ太郎
ガレージの周辺を一通り見回してから、シャッターを開けて軽トラのエンジンをかける。
人がいなくなって静まり返った住宅街に、軽トラ特有の乾いたエンジン音がやけに響く。
魔物が音に引き寄せられるかと身構えたが、しばらく待っても何も起きない。
ここに来る途中も魔物――というかゴブリン――に遭遇しなかった。
たぶんこの周辺のゴブリンは、俺たちが片っ端から狩り尽くしたのだろう。
いや、正確にはゴブ太郎が狩り尽くした、か。
スマホを取り出してステータスを確認する。
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名前 : 望月友人
種族 : 人間(♂)
レベル : 10
ジョブ : 魔物使い
能力 : こうげき ☆☆
まもり ☆☆
すばやさ ☆☆
状態 : 健康
スキル :『魔物雇用』+1
『魔物鑑定』
『魔物教育』+1
『魔物通話』
『魔物解雇』
雇用魔物 : ゴブリン
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レベル10。
ゲームならこの辺りでチュートリアル卒業ってやつかな。
新スキルは『魔物通話』と『魔物解雇』、それに『魔物雇用』『魔物教育』が強化されて『+1』になり、『教育メニュー』に『再教育』が追加された。
レベルが10になったおかげか、ステータスに『種族』と『能力』という項目も追加されている。
レベル9のときは無かったから、キリのいい数字で解放される仕様なのだろう。
理由は謎だ。
アプリだし、サイレントアプデかもしれない。
ゴブ太郎たちを鑑定した時と同じく、自分の強さが☆マークで示されるのはモチベ的に悪くない。
けど「☆」が2つだからって、実際どの程度強いのかはさっぱり分からない。
ドラゴンの「☆」ひとつが俺の「☆☆」より弱いわけがないし、種族補正とかもあるだろう。
要は自己満足の指標ってことだ。
まあ、レベルアップのたびに☆が増えて「俺つえー」って実感できるなら、それはそれで価値がある。
スキルの詳細をタップする。
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・魔物雇用+1
『魔物雇用』が強化され、より高度な交渉・勧誘を試みることができる。成功率はお互いのレベル・会話内容・魔物の精神状態に左右される。物理的にある程度ボコってから交渉すると成功率が上がるが、やり過ぎると「ただの脅迫」と判定され、仲間になっても信頼度が最低になる。後ろから刺されないように。
・魔物教育+1
『魔物教育』が強化され、教育メニューに「再教育」が追加される。仲間にした魔物のスキル構成・成長方針を「再教育」し、ジョブ、能力や習得スキルをリセットして振り直す。本人の同意無しでも「再教育」できるが、魔物権は大切に。
・魔物通話
仲間にした魔物とスマホを通して通話ができる。距離は関係なく、どこにいようが何をしていようが相手の脳内に直接繋げる。応答するまで頭の中で黒電話のベルが鳴り止まず、しかも徐々に音量アップ。上司からの電話は絶対逃げられない、あの地獄を体験できる優れもの。
・魔物解雇
雇用中の魔物を契約解除し、仲間リストから外す。再雇用は可能だが、一度クビにした者が雇用に応じる可能性は低い。信頼度は限りなく最低になる。逆恨みに気をつけて……。
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覚えるスキルと説明文が相変わらずおかしいのは、もう仕様として受け入れている。
『魔物雇用』が強化されたことで、雇用しやすくなったらしい。
しやすいもなにも、ゴブリンしかエンカウントしない俺には関係ないのが悲しい。
なお、そいつも発見次第ゴブ太郎に消される模様。
まぁ、現状ゴブ太郎だけでもそこそこやれてる。
将来を考えるなら早めに試したいけど、ゴブ太郎をなんとかしないとな……。
ドラ〇エやポ〇モンのように「物理で交渉すると成功率アップ」機能が追加された。
でも、現実でそれって、どうなんだろ。
ボコってからスカウトってやり過ぎも何もないのでは?
普通、ボコってきた相手に従うか?
あれか? DV彼氏みたいなもんか?
共依存的な。
『魔物通話』はさっき使ったスキルだ。
脳内に直接繋げて話せるから、スマホを渡すよりはコスパは良い気がする。
魔物にあの地獄を味合わせるのは気が引ける。
でも何かあったら嫌がらせに使ってやろう。
次に『魔物解雇』だ。
この先、仲間にした奴をクビにすることなんてあるんだろうか。
言うこと聞かない奴とか出てきたら使うのかも?
まぁ、その前に話し合いは必須だな、逆恨みされたくないし。
そして『再教育』。
要はスキルリセットだ。
「これからは好きなビルドを組めよ」ってアプリ開発した奴の声が聞こえる気がする。
「はいここで選び直しできまーす。後から弱スキル掴んだって言い訳するなよ?」
みたいな。
ゴブ太郎を鍛え直したり、新しい方向に育てたりできる。
本人の同意が必要って注意書きがあるのは、倫理的にギリギリを攻めてるからだろう。
魔物からしたら、勝手に自分の生き方を変えるなって話だ。
ゲームなら「やっぱり初期振りミスったわ」ってプレイヤー救済処置だけど、現実でやるとなると軽くトラブルの元になりそ。
まぁ、ゴブ太郎が「もっと強くなりたいゴブ♡」って言い出したら即やるけど。
本音としては、あまり言うことを聞かない暗殺者ムーブは怖ぇから問答無用で変えてやりたい。
アイツ、チョロいからこっちから誘導してやればすぐできそうだし。
俺はスマホを閉じ、深呼吸した。
ステータス確認を終え、今回の作戦を頭の中でおさらいする。
「ゴブリン殲滅作戦」
1、ゴブ太郎が囮になり、アパートの駐車場にゴブリンを集める。
2、俺特製ゴブリン殲滅爆弾(軽トラ)を突っ込ませて爆発炎上させる。
3、駆除完了。
4、俺たちの戦いはこれからだ!
以上、シンプルかつ危険なプランだ。
意気揚々と爆弾なんか作ったけど、本当に成功するのか微妙なところだ。
「失敗する未来しか見えない……」
まぁ、ダメで元々だ。
素人が考えたにしてはいい線行ってるだろ。
失敗したらゴブ太郎に頑張ってもらう。
最悪、あいつを犠牲にすればいいし。
……最初の仲間だけど、自分の命には代えられないからな。
そうならないように、できるだけ頑張ってみるけどな。
★
「……ゴブ!」
その頃、ゴブ太郎は愛しの♡ゆうと♡との通話を終えると、意を決してアパートの駐車場へ姿を現した。
手に持ったナイフをクルクルと回し、挑発するようにゆっくり歩く。
ゴブ太郎は昨日までの自分を思い返していた。
ゴブ太郎……愛しの♡ゆうと♡が名付けてくれた新しい自分の名前。
「ゴブブ♡」
ゴブ太郎は自分の身体を見下ろす。
かつて群れの姫として蝶よ花よと育てられ、いずれ女王となるはずだった身体。
兄に王座を奪われ、仲間に虐げられ、屈服を強いられた日々。
恐怖を怒りに変え、隠れて研鑽を積み、力を蓄えて逃げ出した。
しかし、追っ手に追跡され、見知らぬ土地を歩き、さらに襲い来る他種族の魔物。
疲れて休憩したところに追っ手に追いつかれて捕まる。
その果てに出会った、優しくビビりで優柔不断、少し草臥れてるがやる時はやる人間――ゆうと。
ゴブ太郎にとって唯一信じられる相棒であり、脳内では白馬の王子に昇格済みだ。
乙女なので。
「……ごぶ?」
「ご、ごぶぶ!」
「ごぶごぶぅ!」
アパート周辺に屯していたゴブリンたちが、一斉にざわめいた。
先頭に立つのは王族の長兄、ホブゴブリン。
ムキムキの胸板を誇示するように胸を張り、妹を睨み下ろす。
鍛えられた筋肉に埋もれた華美な腰ミノ、それは王の証。
女王を殺し奪い取った、ゴブ太郎が付けるはずだったもの。
「ゴォブ」
ゴブ太郎は簒奪者を前にして、興味無さげにナイフをちらつかせ、あくび混じりの視線をホブへ向ける。
「さっさと帰れ」と言わんばかりの冷ややかな目。
かつての弱々しく可憐な姫とは思えない、堂々たる態度。
「――ゴブ!」
一喝。
ざわめいていた群れが息を呑む。
「……ほぉぶ?」
兄がニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、筋肉がピクピクと躍動する。
だが、ゴブ太郎は冷ややかな目を崩さない。
その奥にあるのは、奪われた居場所への憎悪と、いま自由を得た戦士の誇りだった。
「ほぶ、ほぶぶ」
やがてホブゴブリンが妹を見据え、かすかな執着を滲ませて言葉を投げかける。
その視線は血の繋がった妹へのものとは思えない、歪んだ光を宿していた。
★
「……あいつ、電話でねぇな」
俺は軽トラを住宅街の影に止め、最終確認のためにゴブ太郎に通話した。
だが、いくらかけてもゴブ太郎は電話に出ない。
「おい、上司の電話に出ないっていいの? ……いや、何かあったのか?」
軽トラを降り、物音を立てないようアパート近くまで移動する。
コソコソと物陰から駐車場を覗くと、ゴブ太郎が兄貴ゴブリンたちの間を縦横無尽に駆け回り、次々とゴブリンを光の粒に変えていた。
「はぁ!? 何やってんだ、アイツ! マジか、普通に殲滅してるし」
なんでよ?
話が違うじゃん。
「……俺の努力を返せ」
ガックリと肩を落としてその場に座り込む。
一人で行動して、爆弾まで用意した俺の立場はどうなるんだ。
オタク知識総動員で爆弾作ったんだぞ。
失敗したら俺が吹っ飛ぶ覚悟までしてたのに――!
『魔物通話』をもう一度起動し、首刈り真っ最中のゴブ太郎に通話を繋ぐ。
数回のベルの音、
《ゴブ?》
「あ、やっと繋がった! おい、なんで戦ってんだ! 俺の指示は――」
《ゴブブ!》
「は? なんかコイツラ目の前にしたら殺る気になった? お前、あんなに意気消沈してたくせに急にどうした!」
《コッブー!》
「あーし忙しいから切るね、ヤバくなったらよろー! だと? って、おい!」
ツー、ツー、ツー――。
「……マジか、あいつ切りやがった」
……やる気になったのはいいよ。
でも、軽トラ爆弾どうしよう。




