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墓穴

 とりあえず、一番重要そうなとこをツッコもう。


「……ゴブ太郎。お前、メスだったのか?」

「ゴブ?」


 ゴブ太郎が指を口元に当て首を傾げる。

 ゴブ太郎の顔をマジマジと見つめるが、見た感じオスとの違いが全然分からんな。

 不細工なのは分かるけど。


「てか、この『信頼度:好きピ』ってのはなんなん? 『好み』のとこにも書いてあるけど、お前恋人でもいるの?」

「ゴブ、ゴブゥ♡」


 ゴブ太郎が両手を顔に添えて、俯きがちに「いや〜ん」って感じに首を振っている。


 不細工な顔が揺れるたびに、強烈な臭いが漂ってくる。

 たまにチラッとこっちを伺ってくるけど、目が合うと恥ずかしそうにして目を逸らしてくる。


「……そうか、俺か」

「ゴブゴブ♡」


 ……まずいな。

 俺は今、非常にまずい状況ではなかろうか。


「ゴブゥ? ゴブゥ♡」

「……おい、離れろ。なんでジリジリ近寄ってくんだよ」

「ゴブゴブゴブ、ゴッブブ!」

「はぁ? なんだって!?」


 なんかいきなり自分の身の上話を語りだしたゴブ太郎。

 どうやら、この『好きピ』ってのは俺のことらしい。

 備考にあるように、あの2体のゴブリンは同じ群れの♂たちで、族長が決めたゴブ太郎の繁殖相手だそうだ。

 族長ゴブリンの指示とはいえ、あの2体のオスは子供の時から何かとちょっかいをかけてきたウザい奴らだったので繁殖を拒否。

 その勢いで群れから逃亡したまでは良かったが、うちの近所まで来たところで疲れて眠ってしまったゴブ太郎。

 そこをあえなく捕まったらしい。


「ゴブ〜♡」

「なるほどね、そこで俺が現れたと。……ん? いや待てよ。お前、俺と組まなくてもあの2体くらい一人で殺れただろ? 強いんだし」

「ゴブ、ゴッブブ!」

「同じ群れの同族殺しは禁忌、ね。ゴブリン族の掟?」


 へぇ、そんなんあるんだな。

 だから俺にあの2体のトドメを譲ったのか。

 自分でトドメを刺さなければセーフって、ガバガバな禁忌だな、おい。


「ゴブゴブ、コブブブっ!」

「は? 今はあなたの群れに入ったからアイツラいくらでも殺せるよ?」


 おい、俺の群れってなんだよ。

 そんなの作った覚えないぞ!


「ゴッブブ♡ ブブッゴブゴ♡」

「乙女のピンチに颯爽と現れる白馬の王子様、熱烈な愛の告白……だと!?」


 ゴブリンに白馬の王子様って概念がある謎。

 告白ってなんぞ?

 あの場面、こいつの中でどんな変換されてんだよ。

 普通に仕事の契約の話しただけだろうが!

 あ、仕事じゃねぇわ。


 くそっ! ダメだ、混乱してツッコミが追いつかない!

 気になることを聞けば、さらに謎が出てくる負のスパイラルだ!


「訳わかんねぇ、頭痛くなってきた……」


 唯一分かることは、俺はこいつに狙われているってことだ! 性的な意味で!


「ゴーブブ?♡」


 ゴブ太郎が顔を少し赤くさせ、恥ずかしそうに俺の袖をクイッと引っ張りニコッと笑う。


「えっ?」キュンっ。


 その仕草は乙女感マシマシで――。

 男なら誰でも心がキュンっと跳ねる可愛らしさがあった。


 ――相手がゴブリンじゃなければ。


 心臓がマジでキュンだわ!

 ゴブリンが不細工な顔でニヤッと顔を歪ませて袖を引っぱってきたら、誰だって恐怖で心臓止まるぞ!

 あと、「まーきの」みたいな感じで言うな!


「ゴブ太郎、落ち着け!」

「ゴブゴブ! ゴブゥ♡」


 俺は恐怖でソファから立ち上がり距離をとる。

 しかし、ゴブ太郎が同じ分だけ近寄ってくる。

 距離が縮まるたびに、例の強烈なゴブリン臭が鼻を突く。

 マジで勘弁してくれ。

 この匂い、慣れるどころか回を重ねるごとにダメージが増してる気がする。


「お前、ちょっと待て! 距離! 距離を取れって!」


 俺は思わず後ずさりながら手を振るが、ゴブ太郎はニヤニヤしながらさらにジリジリ寄ってくる。

 いや、あの不細工な顔でニヤニヤされても、ただただ恐怖しか感じねぇよ!


「ゴブ? ゴブブゥ〜♡」


 ゴブ太郎がまた首を傾げて、目をキラキラさせてこっちを見やがる。

 なんだその乙女チックな仕草!

 ゴブリンのくせにやたら演技派!


「いや、だから俺はお前の『白馬の王子様♡』じゃないっての!」

 

 必死に訴えるが、ゴブ太郎は「ゴブゴブ♡」と嬉しそうに手を叩くだけ。

 話、聞けよ!


「ゴブゥ〜♡ ゴブゴブ、ブブッ!」

「え、ちょっと待て。一緒に新しい群れを作ろう!? 誰が! 俺が!? お前と!? 冗談じゃねぇ!」


 俺は慌てて後ろに飛び退くが、ゴブ太郎の動きが予想以上に素早い。

 まるで恋する乙女の情熱に突き動かされてるみたいに、ズンズン迫ってくる。


「お前、マジで落ち着け! 俺は人間だぞ! お前はゴブリンだ! 種族が違うんだよ!」「ゴブ? ゴブブゥ!」


 ゴブ太郎が不思議そうに首を振る。


「種族の違いなんて愛の前では関係ない? くそがっ!」


 ファンタジーものでよく見るセリフを、まさかゴブリンに言われるとは!

 そもそも愛なんてないっての!


 こいつ、ダメだ! 話になんねぇ!

 まさか、『魔物雇用』にこんな大きな落とし穴があるなんてっ!

 誰がスキル使ったら魔物に性的な意味で迫られるなんて想像できる!?


「くそ、かくなる上は契約を破棄して雇用を……」


 いや、待てよ。

 契約を破棄できるかどうかは置いといて、今ゴブ太郎を切るのは果たして賢明か?


 こいつ、こんなんだけど強いんだよなぁ。

 まだ数回しか戦闘してないけど、敵に率先して突っ込んでくれるし俺としてはマジで助かってる。

 それに、初めての仲間だし……。


「よし、ゴブ太郎! 落ち着け! あのな、うちの群れ……いや、俺のチームは、『社内恋愛禁止』なんだよ!」

「ゴブ!?」


 ゴブ太郎がガビーンと雷に打たれたような驚きの顔。

 よし、怯んだな! ここだ、ここで畳み掛けるぞ!


「いいか、ゴブ太郎! 社内恋愛ってのはな、本人たちは気持ちいいだろうが周りが迷惑するんだ! マジで! いや本当に!」

「ゴ、ゴブぅ……!?」


 マジでね、困るのよ。

 いやね、節度ある人達なら良いんだよ。

 ちゃんと仕事してくれてんならね。

 でもさぁ……


「確かに恋愛は個人の自由だ。恋する気持ち、それは誰にも止められない。だが、ここはどこだ? そう、会社だ! お前らが仕事そっちのけでイチャイチャ乳繰り合ってる横で、俺たちは終わらない業務を必死にこなしてんだぞ! ただでさえ人が足りないってのにだ! クソがっ! ふざけんなよ! なに目配せしてんだよ! 本人たちにしか分からないサインですか? 残念、みんな分かってんだよ! 注意したらパワハラ、モラハラ!? どの口が言うんだっつの! つか精液臭いから口開くんじゃねぇよ、会社で何やってんだよ! ナニやってんでしょうね! 死ねよ! あとその男、二股してんぞ! 知らないのはお前だけぇ! ワロス! (実話)」

「ゴ、ゴブゴブぅっ!?」


 はっ!?

 なんだ? 今何か、知らない記憶が頭に……、俺は何を口走ってんだ!?


「っ、ごほん。と、とにかく俺のチームでは恋愛はダメだ! ほら、俺とお前は仲間だろ? ビジネスライクな関係でいいじゃん! 愛とか告白とか、そういうのはナシ! ダメ! 禁止!」

「ゴブ……ゴブゥ……」


 ゴブ太郎がシュンとした顔で俯く。

 うっ、なんか可哀想になってきた……いや、待て!

 これ、このまま信頼度下がったら、不味くないか?


 ゴブ太郎は今にも泣きそうな顔で立ち尽くしている。

 せっかくの『信頼度:好きピ』が下がったら戦力ダウンに繋がるぞ。

 それにゴブ太郎、思い込み激しいタイプだし変な風に拗らせたらこいつの首を切る前に俺の首が飛びそう……物理的に。


「いや、待て待て! 誤解すんなよ、ゴブ太郎! 愛とかはな、今はタイミングが悪いだけだ! えっと、そういうデリケートな問題はな、そう、お前の群れの問題を片付けてからゆっくり話そうぜ!」

「ゴブ?」


 ゴブ太郎が顔を上げる。

 よし、食いついた!


「ほら、お前、群れに嫌気が差して飛び出してきたんだろ? あのオスたちも殺しちゃったし。そうなるとこの先、群れから何か報復されるかもだ。例えば万が一、万が一ね? 俺たちが恋人……になってイチャイチャしようとしても、そいつらが邪魔をしてくるかもしれない。そうなったらお前も嫌だろ? だから、その問題が片付くまで、ちょっと置いとこうぜ? お前とは何の憂いもなく、こう……ロマンチックにだな……な!」


 ゴブ太郎の目がキラッキラに輝く。

「ゴブゴブ♡」と手を叩く。

 うん、めっちゃ乙女感!

 よし、とりあえずうまくいった!

 備考に「処女」ってあったし、こういうトークに弱いんじゃね?

 チョロいぜ、ゴブ太郎!

 所詮ゴブリンだな!



 ……ん? 待てよ。

 なんか、これ、墓穴掘ってねぇか?

「ロマンチックに」とか言っちゃったけど、ゴブ太郎の「好きピ♡」がさらに暴走したらどうすんだ?

 大丈夫か、俺!?

 いや、後のことは後の俺が考える!

 今はとにかくこの乙女ゴブリンをどうにかするんだ!


「ゴブゥ♡ ゴブゴブ!」

「よ、よし! じゃあ、群れの討伐に向けて準備だ! 『魔物教育』でお前を強化できそうだしな!」

「ゴブー!」


 ゴブ太郎がナイフをクルッと回し、気合十分。

 その目はやる気に満ち満ちている。

 まじで大丈夫か、これ?

 やっちまってない?

 ……未来の俺、頑張ってくれ。




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