2話 歯車と紙きれ
話の筋は固まっているんですが、どうにも文章の表現力が乏しいもので。
「ご苦労さま、ロイド。またよろしくね」
「うん、こちらこそまたよろしく」
タリアは街の託児所に務めている為、ほとんどに家にいる事が無い。
労働人口が人口全体の9割を占めるこの街では夫婦共働きは当たり前で、小さい子供がいる家庭はギアに唯一ある託児所に預けて仕事へ向かう。
そんなロイドも昔は託児所にお世話になった。
タリアは言うには好奇心旺盛な割に聞きわけがいいので、あまり手が掛からない子供だったらしい。
街に無くてはならない託児所だが務めている人の数は多くないのでなかなか忙しい仕事らしい。
「あまり休みが無いからロイドに煙突掃除を頼むのも久しぶりな気がするわ」
「そっか。なんか休みの日なのに邪魔しちゃって悪いね」
「ううん、そんなことないわ。あなたが赤ちゃんの頃から知ってるし、会う度に大きくなってくのを見ると嬉しいわ。それに煙突掃除をしてもらわないと困っちゃうし」
「ははは、煙突使えなくなったら大変だもんね。じゃあ僕はこれから用事あるから行くね」
「あら、引きとめちゃってごめんなさい。今度ゆっくり話が出来るといいわね」
「大丈夫だよ、急ぎじゃないと思うし。それじゃあまた」
玄関先でタリアに頭を優しく撫でられると、ロイドは仕事道具をまた担いでケント爺の家に向かった。
「うーん、タリアさんと母さんからしたら僕はいつまで経っても子供なんだろうなぁ」
歩きながら苦笑いでそう呟くとまた細い路地へと入っていく。
「今日のケント爺さん、変だったなぁ。なんかすごい発見でもしたのかな。だとしたら僕が一番最初にその発見を教えてもらえるのか」
一体どんなすごいことが自分を待っているのか、ケント爺の事だから難しい話なのかも知れない。
そう思いながらもわくわくする気持ちを抑えられず足取りも少し軽くなっている。
「ケント爺さん、来たよー」
扉をコンコンと叩くとケント爺はすぐに出てきた。
「ロイド、待ちくたびれたぞ。老い先短いもんをあまり待たせるんじゃない」
「しょうがないじゃないか、仕事だったんだ。それにケント爺さんは老い先短いようには見えない」
「そうか?なかなか嬉しい事を言ってくれるな。…いや、わしの寿命なんぞどうでもいいんだ。ささ、早く中に入れ」
子供の様に落ち着かない様子を見せながらどこか焦っているようなケント爺に急かされてロイドは家の中に入った。
ケント爺の家で文字の読み書きや面白い話を聞かせてもらうのは、いつも家の奥にある書斎である。
入組んだ路地の中にある家のさらに奥にある部屋は昼間でも薄暗く、それでいて何故か風通しがいい。
日光と湿気は本の大敵だ、何かにつけてはそう語るケント爺は薄暗い部屋で昼間でもランプを点けて本を読みふけっている。
目が疲れてしまわないだろうかと心配したこともあったが、ケント爺は辛そうな素振りを見せないのでロイドは何も言わなかった。
ケント爺は、何年も経って色が落ち着いた木の椅子にロイドを座らせると机の上のメモをガサガサとまとめて一切れの紙と地図をロイドに渡してきた。
「これだ、これ。ちょっと見てみろ」
差し出された紙きれには覚えたての字が書いてあった。
擦り切れて読みづらい所もあり、紙の端っこをちぎったような形をした紙に書かれた文を読み上げていく。
「えー…と、『私は、目を疑った。ストラを、生み出しているのは、お…おー…おかまの子?」
「…女の子だ。どうやったらおかまに読める。大体、おかまの子ってどういうことだ」
「うーん、まだ字が読めるようになって日が浅いんだからそれくら許してよ。えーと『…女の子、だったのだ。伯爵は、この事実を、我々、街の住民に、隠していた。』あぁーもう無理。僕がこんなに長い文章読むのはまだ早いんじゃない?」
「ちゃんと読めていたじゃないか。お前は飲みこみが早いからすぐにこういうものも読めるようになる」
「え、そう?」
字の読み書きを教え始めてからあまり日が経っていないが、ロイドは頭の回転が早く、教えられたことをすぐに吸収していった。
ケント爺も出来のいい生徒に満足して褒めてやると、ロイドは顔を綻ばせて照れくさそうに笑うのだった。
「それで、だ。この紙に書いてあることが分かったか?」
ケント爺は真剣な顔をロイドの目の前に持ってくると尋問でもするように言った。
「え、うん。ストラを作っているのは女の子だってことでしょ?」
「そうだ。それを伯爵が隠しているとも書いてあった」
「あぁ、そうだね」
「これがどういうことか分かるか?」
ケント爺の話の輪郭をぼんやりとなぞるような聞き方にロイドはんんー…?と首を傾げる。
「ロイド、今までストラがどこで作られてどこから運ばれてくるか知ってたか?」
「あ、知らなかった」
「それだよ、その答えがこの紙に書いてある」
「でも知ってる人は知ってるんじゃないの?ケント爺は今まで知らなかったの?」
「知らん。この街の住人でこの事を知っている者もいないだろう。何せ、伯爵が隠しておったらしいからな」
「そっか。でもなんで隠すんだろう?」
「そこだ、そこ」
ロイドが、あ、と口を開けるとロイドとケント爺は目を合わせた。
ケント爺さんの話し方が老人っぽくないのは、ロイド君の影響です。
若い人と話していると年寄りも影響を受けるもんなんですね。