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1話 歯車と朝の始まり

趣味の領域を出ない陳腐なもんですが、よろしくお願いします。

…ガタガタガタガタ


あぁ、もうこんな時間なのか。


「ふわぁ…起きなきゃ…」


口を大きく開けてあくびをする。


ロイドの朝はこの街の朝と一緒にやってくる。


「ビガ」という街で一番大きな歯車が回り始めるとガタガタと音を立ててロイドの朝を告げるのだ。


ビガは鉱山のトンネル内にあるトロッコやエレベータを始め、交通に使うベルトコンベアや工場のかまなど、街全体の動力の中枢を担う。


鉱山を弧の端に抱え込むように綺麗な円を描くギアの街の中心にビガはある。


その大きさと言ったら、この街で生まれ育ったロイドから見てもやっぱり大きいなぁ、と感じざるを得ない大きさだ。


先月15才になったロイドが10人いても歯車のてっぺんには届かないだろう。


ビガは、ロイドの父であるウィントがこの街で生まれた頃にはすでに動いていたという。


街の発展に合わせて、動力源になっているストラの量は父が子供の頃よりも多くなっているらしいが、ビガはその形や仕事を終える事無く動き続けている。


「おはよう」


「おはよう、ロイド。今日はケントのお爺さんの所だったかしら」


「そうだよ、今日はケント爺さんの後はタリアさんの所を回ってくるだけだから昼には終わるかな」


聞いているのかいないのか、洗濯かごを抱えた母・ハルはロイドと同じ明るい茶髪を忙しそうに揺らしながら


「ご飯は食べていくのよ。煙突のてっぺんから落ちるわよ」


いつもの脅し文句を言い残して洗濯物を干しに行った。


ギアの子供は13才になると、各々が職を持つ。


子供だからこそ出来る仕事に就く者、将来的その職に就くために弟子入りをする者…


職業選択の幅は広く、よほど適性が無いと見なされない限りはどんな職にも就くことが出来る。


父と同じ炭鉱夫を選んでも良かったのだが、ロイドは煙突掃除職人になることを選んだ。


同じ歳の子供と比べても身軽で小柄なロイドにはぴったりの職業だと言えた。


煙突掃除職人の数はロイドを含めても12人と少なく、職人の横繋がりが太いという事もロイドに煙突掃除職人を選ばせる要因の一つだった。


この街の人口規模からすれば、住民はほとんど顔の見知った人達なのだが、それぞれが持つテリトリーだったり、所属するコミュニティーで人との付き合い方は変わってくる。


煙突掃除職人達は皆が明るくアットホームな雰囲気で接してくれる。


職人達の中でも年長のヤンは皆から「親父」と呼ばれていて、定期的に他の職人たちを家に呼んでは食事を振る舞ってくれた。


ヤンが開く食事会で職人たちは情報を交換したり、お互いにコミュニケーションを取って絆を深める。


煙突掃除は基本的に個人作業になるが、ギアの煙突掃除職人の結束が固いのはヤンの食事会が築いていると言ってもいいくらいだ。


もちろん他の職には他の職なりに良い所がある。


ただ、ロイドにとって居心地の良い空間にいれることは重要な事だったのだ。


ロイドは煙突の上から眺めるギアの街が気に入っていた。


街の中心にあるビガもそうだが、街の至る所にある歯車のかみ合う音と突き抜ける青い空のアンバランスな組み合わせを煙突の上で楽しむのだ。


もちろん、歯車の音も空の青さも地面の上でだって感じることは出来る。


けれど決定的に違うのはその高さに、その目線の景色を遮るものは何一つないのだ。


煙突の大小はあれど、そこにいるロイドと同じ眺めを見るものは同業者くらいで、その同業者たちもまたこの景色を楽しむのだった。


ギアの街の北から南にまっすぐ伸びるメインストリートの歩道はベルトコンベアの様な動く歩道になっている。


道の中央にストラを動力とした大型の路面電車が走っていて、その道路に沿うように動く歩道が敷かれている。


ロイドは今日最初の仕事であるケント爺の家に向かった。


街の北にあるロイドの家を出て、メインストリートを中ほどまで行ったら通りの中でも特に細い路地へ入る。


3番目の曲がり角を左へ行くとケント爺の家がある。


「爺さん、煙突掃除に来たよー」


コンコン、と木でできたドアを叩くと


しばらくして、ケント爺が出てきた。


「おお、ロイドか。入れ入れ」


「おじゃましまーす」


ケント爺は昔、工場の管理員をしていた。


ロイドには詳しい事は分からなかったが、工場で作られた品を管理するのが仕事だったらしい。


隠居生活に入ってからはこの街では珍しい、本を読み漁っている。


この街で字の読み書きが出来る人間は多くない。


必要がないからだ。


この街では字が書けなくても仕事はあるし、読めなくたって生活には困らない。


そんな街で本という存在はただの紙束と一緒だった。


少数派、というのはどんな時代のどんな土地でも大体奇異の目で見られる。


ケント爺の煙突掃除をし始める前、同業者で同い年のトマスがロイドに話しかけてきた。


「おい、聞いたぜロイド。お前ケント爺さんとこの掃除すんだろ?」


「僕の家からは少し離れてるけど、良い人そうだしね」


「おいおい、知らないのか?あの爺さんはさ、相当変わり者だぜ。何でも家ん中は本で埋まってるらしいからな」


「本?ケント爺さんって字が読めるんだ」


「あぁ、昔やってた仕事のおかげらしいけどな、最近隠居してからずっと家に篭って本とにらめっこらしい。人間嫌いなのかなんなのか知らないけどよ、本なんか読んで何が楽しいんだか。あの爺さん、絶対に頭おかしいぜ」


トマスのどこか引っかかる言い方に、本が読めると頭がおかしくなるのかと問いかけようとしたがやめてた。


同業者の内で波風を立てるのを好ましく思わなかったからだ。


それにトマスが噂を鵜呑みにして「絶対に~だ」と勝手な想像で物を話すのは今に始まったことではない。


多分、誰かが同じ話をトマスから聞いても「また噂に振り回されて…」程度にしか思わないだろう。


「会ってみてから決めるよ。それに本ってのにも少し興味があるし」


「そうか、まぁ気をつけろよ。じゃあな」


実際の所、トマスから聞いた話は半分は正解で半分は間違いだった。


確かにケント爺は変わり者だった。


ロイドが煙突の掃除に来て仕事をしている間、かじり付くように本と茶色い紙を見つめて、何かをメモしているのだ。


ボソボソと言うケント爺の独り言には、最初の方こそ気にはなっていたが、そのうち気にならなくなった。


しかし、ケント爺も人との会話をするの止めた人間ではなく、むしろロイドが煙突掃除をしに来るのを楽しみにしてくれている所があった。


そんなケント爺にロイドもすぐに懐いて、仕事終わりに文字の読み書きを教えてもらったり、昔の話を聞かせてもらったりするのをたのしみにしていた。


ただ、今日のケント爺は少し様子が違っていた。


急かすようにロイドを家の中に招き入れると両手で肩を掴んできた。


「なぁロイド、今日の仕事はどんなもんだ?」


煙突の汚れがすごくて困っているのかとも思ったが、ケント爺の家はこまめに煙突掃除をしているからそんな事はないはずだ。


「どんなもん?んー、この家は定期的に来てるからそんなに時間はかからないはずだよ。煙突の調子でも悪いの?」


「そうじゃなくてだな、今日の仕事はワシのとこで終わりなのか、それともまだ他に仕事が入っているのかを聞いているんだ。」


「あぁそういうこと。この後タリアさんと所に行ったら終わるから午前中には終わるかな」


「うーむ、そうか。お前、タリアの所の掃除が済んだらまたわしの家に来れるか?」


「いいよ。今日は午後から暇だしどっちにしろケント爺さんに字を教えてもらおうと思ってたんだ」


「よし、分かった」


そう言うとケント爺は書斎へと戻って行った。


「やっぱり変な人だなぁ。何か面白いものでも見つかったのかな?」


ぽつりと独り言とつぶやいたロイドは仕事へと取りかかった。


「ケント爺さん。掃除、終わったからね。タリアさんの所に行ってくるよ」


「おぉ、行って来い。さっさと終わらせて戻ってこい」


「はいはい、何があったか知らないけどそんな急かさなくてもすぐだよ」


ケント爺の家からタリアの家はメインストリートを挟んですぐの所にあるのでそう時間はかからない。


話の続きも気になるので、早いとこ仕事を終わらせてしまおうと仕事道具を一式担ぐと、いつもよりも早足でタリアの家へと向かった。

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