静かな朝、潜む罠
翌朝、旅籠町は一見いつも通りの顔を見せていた。
露店の棚には果物や干し肉が並び、子どもたちの笑い声が通りを駆け抜ける。
パンを焼く香ばしい匂いが、町全体に広がっていた。
ソラたちは広場の片隅で鍋を温め、昨夜の疲れを癒していた。
「……なんや、えらい静かやな。昨日のことが嘘みたいや」
ミナが湯気を見ながら呟く。
「静かすぎるんだ」
ダグの目は、笑顔の人々の奥に潜む影を見ていた。
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潜む罠
その頃、町の北の街道。
茂みに潜む数人の影が、荷馬車を見下ろしていた。
馬車の下には、見えぬよう細工された縄が張られている。
「隊商が通れば、足を止める。混乱が広がれば……旗の話など吹き飛ぶ」
囁きは風に紛れ、誰にも届かなかった。
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南の倉庫
一方、南の倉庫の奥では、火薬樽がひそかに積み上げられていた。
厚布で覆われたその姿は誰にも気づかれず、しかし確実に町を脅かす牙を研いでいた。
「裂け目はもうある。あとは火をつけるだけだ」
低い声が闇に溶けた。
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朝の町の違和感
広場でパンを分け合う母子、荷を担ぐ商人、歌を口ずさむ若者。
――その穏やかな営みが、逆に不気味に見えてきた。
ルナが空を仰ぎ、低く呟く。
「嵐は、晴れた空の下でこそ近づくのよ……」
ソラは湯気の向こうに揺れる町並みを見つめ、胸の奥がざわめくのを止められなかった。
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結び
朝は確かに穏やかだった。
だが、穏やかさの下には、すでに仕掛けられた罠が蠢いていた。
――町はまだ知らない。
その日が、静けさの終わりを告げる朝であることを。