心を映す鍋
僧院の中央堂。
鐘の音が響き続け、巡礼者の祈りが低く重なる。
香の煙と鍋の湯気が絡み合い、堂内は現実と夢の境界のように揺らめいていた。
ソラが杓文字を握り、鍋をかき混ぜる。
その動きに合わせるように、ルナが刻んだ野菜を静かに落とし、
ミナが火を整え、ダグが器を並べる。
――四人の息がひとつに重なった。
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幻想の兆し
やがて、鍋の表面に奇妙な光が走った。
ただの湯気ではない。
揺れる湯面に、まるで影絵のように姿が浮かび上がる。
ミナが思わず声を漏らした。
「……これ、なんや……?」
湯面には、人々の笑顔、涙、そして港で共に守った仲間たちの姿が映っていた。
それは、彼らがこれまで守ろうとした“旗の記憶”だった。
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心の揺らぎ
しかし次の瞬間、光景は揺らぎ、別の影が現れる。
旗を奪おうと迫る傭兵。
密談を交わす黒い外套の者たち。
そして――分かたれた人々の影。
ソラは額に汗をにじませ、杓文字を強く握った。
「……これが、俺たちの心の迷い……」
ルナも唇を噛む。
「偽りを否定しきれない弱さ……それも映ってるのね」
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導師の言葉
導師の声が堂内に響いた。
「鍋は心を映す。
真も偽も、救いも欲も――すべてはひとつの炎に混ざり合う。
その中でなお、汝らは旗を掲げられるか」
祈りの声が高まり、湯気がさらに濃く立ち上る。
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結び
鍋の中には再び光が満ち、人々の笑顔が広がった。
迷いと共に、それでも「帰る場所を守りたい」という願いが浮かび上がっていた。
ソラは震える声で呟く。
「……俺たちは……まだ旗を掲げられる」
幻想は湯気とともに消え、堂内に静けさが戻った。
だが巡礼者たちの瞳には、確かに光が宿っていた。




