鍋を守れ! 城内追走劇
警鐘が鳴り響いた。
魔王城の廊下に兵士たちが駆け出し、松明の炎が揺れる。
「刺客が鍋を狙っている! 厨房を守れ!」
隊長の怒声が響く。
ソラたちまかない部はすでに鍋の前に立ちはだかっていた。
まだ冷めきらぬ残りのスープが、大釜の中で静かに揺れている。
「……ほんまに来よるんか?」
ミナがごくりと唾を飲む。
「来る。あいつは民のために本気だ」
ソラが短く答え、鍋をかき混ぜる手を止める。
その瞬間――
窓を突き破って黒い影が飛び込んだ。
「ッ!」
兵士たちが剣を抜くより早く、刺客は床を滑るように走り、
一直線に鍋へと迫った。
「させるかッ!」
ダグが体当たりで立ちふさがる。
鍛えた体で押し止めたが、刺客の身のこなしは蛇のようにしなやかで、
すぐさま横へ転がり抜け出した。
「ミナ!」
「任せぇ!」
ミナが手近な鍋の蓋を投げつける。
金属音が響き、刺客の視界をわずかに奪った。
その隙にルナが光魔法を展開する。
廊下に眩しい閃光が走り、刺客は一瞬動きを止めた。
「……お前ら、ただの料理人じゃないな」
刺客が低く呟く。
「そりゃそうや! うちは――まかない部や!」
ミナの声が廊下に響いた。
だが刺客は諦めない。
床を蹴って再び跳躍し、今度は天井の梁を蹴って鍋の真上へ。
短剣を逆手に構え、釜へ飛び込もうとする。
「――ッ!」
ソラがとっさに杓文字を掲げた。
金属と木がぶつかる甲高い音。
刺客の短剣と、ソラの杓文字が真っ向からぶつかったのだ。
「……鍋は、渡さない!」
その声と同時に、兵士たちが突入してきた。
数人がかりで刺客を取り押さえ、鎖で縛り上げる。
必死の抵抗も、今度ばかりは叶わなかった。
鍋の前に立ち尽くすソラの手には、折れかけた杓文字が握られていた。
その木の欠片を見つめながら、ルナが小さく呟く。
「……料理人が、杓文字で刺客を止めるなんてね」
ミナが苦笑する。
「せやけど、かっこええやん。――うちの旗、守ったんやで」
まかない部の心臓はまだ激しく打っていた。
だが、鍋は無事だった。
それだけが、何よりの誇りだった。




