東の来訪者、名を明かす
城内会議が終わり、緊張の余韻がまだ残る夜。
大広間の片隅で、東の来訪者が立ち上がった。
長く被っていたフードを、ゆっくりと外す。
現れたのは、年若い男の顔だった。
肌は雪のように白く、目は深い琥珀色。
その身なりは質素だが、言葉よりも先に纏う空気が只者でないことを告げていた。
「……ようやく顔を見せたな」
ソラが腕を組んで言う。
男は微かに笑みを浮かべ、そして名乗った。
「私の名は――ライゼル」
ルナが首を傾げる。
「……ライゼル? 聞いたことない名ね」
だが、魔王様の眉がわずかに動いた。
「……東の王家に、その名を持つ者がいたはず。
ずっと前に、行方不明とされた……」
大広間にざわめきが広がる。
ライゼルはそれを制するように片手を上げた。
「今はただの流浪の者と呼んでほしい。
だが、私がこの鍋を知っていたのは偶然ではない。
――幼いころ、失われた城の記録に触れたのだ」
ソラが問いかける。
「じゃあ、鍋を取り戻して、国に差し出すためにここへ?」
ライゼルは首を横に振った。
「いや。
私が求めるのは“支配の鍋”ではない。
――帰還の鍋をもう一度見たかった。それだけだ」
その瞳には、確かに欲望ではなく、
失われたものを懐かしむ色があった。
だが同時に、魔王様の言葉が重く響いた。
「……名を持つというだけで、あなたは国を背負う。
たとえ本人が望まなくとも」
ライゼルは沈黙した。
琥珀色の瞳に、迷いと決意が入り混じる。
その姿を見て、ソラたちまかない部は胸の奥でざわめきを覚えた。
鍋は人を導く。だが、それがどんな立場の人間をも引き寄せてしまうなら――
この先、どんな運命を煮込むことになるのだろうか。




