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今日も魔王城は飯がうまい  作者: 昼の月
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鍋を狙う影、東からの客の夜

その夜、魔王城は静けさに包まれていた。

 宴を終えた冒険者たちは疲労で眠り込み、

 厨房の鍋も火を落とされ、明朝の仕込みに備えていた。


 


 だが、すべてが眠りについていたわけではない。


 


 東の来訪者に与えられた小部屋。

 窓辺の寝台に座り、フードを外さぬまま本を開いていたその人物は、

 ふと、背後に流れる微かな気配に気づいた。


 


 ――ギィ、と扉がわずかに軋む。


 


 影が忍び込む。

 闇に溶けるような黒装束、手には細い短剣。

 狙いは寝台の上……ではなく、卓上に置かれた小さな壺だった。


 


 壺の中には、宴で分けられた鍋の残り汁が保存されている。


 


「……やはり狙いは、これか」


 


 来訪者はすでに立ち上がっていた。

 影が短剣を振り下ろすより早く、その手首を掴む。


 


「っ……!」

「誰に雇われた?」


 


 低い声で問うと、影は呻き声をあげて体をひねる。

 必死に抵抗するが、来訪者の力は強く、短剣が床に転がった。


 


 そこに駆けつけたのはソラたちだった。

 廊下を巡回していたミナが気配に気づき、仲間を呼び寄せたのだ。


 


「なにやっとんねん!」

 ミナが飛び込むと同時に、ルナが手早く松明を掲げる。


 炎に照らされた影の顔――それは、城の兵士でも、ギルド関係者でもなかった。


 


「……東の刺客?」

 ダグが息を呑む。


 


 だが来訪者は小さく首を振った。


「違う。

 ――この者は、砂漠の南方の民だ」


 


「南方……? なんでそんな奴が、鍋を……」

 ソラが問いかけると、影は必死に睨み返し、かすれ声で叫んだ。


「……その味……我らが求めるもの……! 百年、砂漠に失われた……」


 


 そのまま力尽きるように気絶した。


 


 部屋に重い沈黙が落ちた。

 ソラたちは顔を見合わせる。

 東の来訪者はゆっくりと壺を手に取り、低く呟いた。


 


「……なるほど。

 この鍋は、東だけではなく……南にも“失われていた”のか」


 


 鍋をめぐる影は、すでに一国だけの話ではなくなっていた。


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