東の王国と“失われた鍋”の伝説
宴の熱気が少し落ち着いたころ、
東の来訪者はフードを外すことなく、静かに椅子を立った。
鍋を囲む輪の中から少し離れた隅――
暖炉の炎がわずかに揺らめく場所へ移動する。
ソラは躊躇したが、結局あとを追った。
ルナとダグも無言でついてくる。
「……この鍋、どこで学んだ?」
背中越しに、低い声が投げかけられた。
炎の明かりで、フードの奥にわずかに光る瞳が見える。
「学んだわけじゃない。
まかない部が代々、工夫しながら受け継いできた味だ」
ソラが答える。
「……そうか」
短く返すと、来訪者は小さく息を吐いた。
「東の王国には、今はもう失われた鍋の伝説がある。
“遠く離れた者を呼び戻す鍋”――
匂いは雪原を越え、荒野を越え、迷える者を城門まで導くと」
ダグが息を呑む。
「……それって……」
「この城の鍋と同じだろう?」
来訪者はわずかにスープをすくい、再び口に運んだ。
その目は炎の奥を見つめるように細められる。
「だが、我が国では、その鍋の作り方も、味も……百年近く前に失われた。
鍋を守っていた城が戦で滅び、記録も継承者も消えたからだ」
ルナが眉を寄せる。
「じゃあ……あなたは、その鍋を探してここへ?」
「……ああ。
だが、私は使者ではない。
“持ち帰れ”と命じられたわけでもない」
「じゃあ、あんたは……」
ソラが続きを促そうとした瞬間、来訪者は小さく首を振った。
「――これ以上は、まだ話せぬ。
だが一つ言えるのは……この鍋は、あなたたちだけのものではない、ということだ」
その言葉を残し、来訪者は再び輪の中に戻っていった。
残されたソラたちの胸には、
鍋の香りとは別の、落ち着かぬざわめきが広がっていた。




